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【第2巻発売中】引きこもりVTuberは伝えたい  作者: めぐすり
第二章 ーIt takes all the running you can doー 迷走コラボレーション
33/218

第33話 勝利報告生配信⑧ー敗北はどて焼きの味ー

5/6 は計3話更新します。

第2巻2024/7 に発売の告知記念。

本日第3話。


果たしてVTuberモノで孫子の兵法を語るweb小説が他にあっただろうか……?

 孫子の兵法は勝つための戦略ではない。

 成功するための哲学である。


 兵法とついているので戦に勝つための方法とよく誤解されている。

 だが戦いに勝つことは重要ではないとも孫子は説いていた。


『百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり』


 百戦百勝しても損耗するだけ。

 戦わずに勝つことこそが重要である。

 戦いに勝つことで得られるものなど殊の外少ないのだ。

 そしてもう一節も合わせて学びたい。


『彼を知り己を知れば百戦殆からず』


 古代中国の時代から情報戦の大切さを説いている。

 時折『彼を知り』の部分が『敵を知り』とわかりやすく書き換えられることもある。

 けれど孫子の兵法を読むと『敵』ではなく原文のまま『彼』の方が理解が深まりやすい。

 なぜなら情報収集の段階では『彼』は『敵』ではないのだから。


 情報を集めていれば百戦にも勝てる。そんな意味ではないのだ。

 あらゆることを情報収集せよ。さすれば『彼』は『敵』にならず『彼』のままかもしれない。『味方』になるかもしれない。

 百起こる戦いが十に減るかもしれない。

 争わない。戦わない。避けられない戦いのみを行う。勝負時を間違えてはいけない。

 その繰り返しにより起こる可能性のある百戦も危うくはないという教えだ。


 全てに勝つ。

 そんなことに意味はない。戦えば勝っても失うものがある。損耗を考えれば、戦って勝つことが全てではあってはいけない。ゆえに負けも悪いことではない。

 必定の敗戦ならば、いかに損耗を抑えるかが重要だ。


 高校デビューに備えて読み込んだ孫子の兵法。なぜ今になって私は思い返したのだろう。大事な教えはいつも失敗したときに痛感する。

 処刑を待つ罪人の気持ちはこんな感じなのだろうか。


『とりあえずアリス』


「はい!」


『明日の夜、家に行くから。わかっているわよね』


 どうやら配信での公式説教はないらしい。けれど安心してはいけない。回答を間違えたら説教コースに戻る。それだけは避ける。

 マネージャー。あい姉が求めているものは?

 付き合いの長さから算出する。来るのは夜。

 思考が答えを出す前に口は動いていた。


「シーザーサラダ。唐揚げ。だし巻き卵。それに枝豆、いぶりがっこ、自家製イカの塩辛のツマミ三点盛り。とりあえず家呑みセットでいかがでしょう?」


『それだけ?』


「ねこ姉秘蔵のお酒を開けます」


『それは当然でしょ』


:ちょwww

:突然になに始まったwww

【ねこグローブ】:え? ええぇぇぇっ?!

:配信が呑み屋の注文になった

:呑み屋料理マスターのアリス

:ねこグローブ先生哀れ


 コメント欄がざわめいている。ねこ姉も騒いでいる。でも気にしてはいられない。

 明日の献立で私の命運が決まるのだ。

 いのちだいじに。生き残ることが最優先。


 マネージャーは最近忙しくて外食やコンビニが多くなってきたと言っていた。ならばお酒が進むけど、胃に優しいモノがいい。

 家にある食材でできるものを思い浮かべる。昨日自分へのご褒美食材が届いていた。私の好物。お豆腐と豆乳だ。普段よりも少し高価なお取り寄せ品だったが背に腹は代えられない。

 美味しかったらまた買おう。


「お豆腐のコースはいかがでしょう。和洋中。……中ではなく台ですね。洋は罪悪感がないのに美味しいふわふわ豆腐ハンバーグ。和は京風だし生湯葉豆乳鍋。締めにその場でにがりを加えてトロトロのおぼろ豆腐を作ります。デザートは台湾のシェントウジャンのアレンジ。こちらも即席豆腐ですが冷たい豆乳にフルーツビネガーと少量のにがりを加えてお好みでフルーツソースをかけます」


『まさかの新メニュー。お豆腐もいいわね。それも採用で』


:やばい旨そう

:なんで豆腐縛りでこんなメニューがぱっと出てくるんだw

:冷ややっこや湯豆腐じゃないんだな

:豆乳を科学で固めるアレンジレシピ

:呑み屋というか京都の小料理屋や台湾屋体の朝食まで混ざってる

:女性ウケよさそうだな


 反応はいい。献立に間違いはない。ただ『それも』と言われた。

 まだマネージャーが本当に食べたいものが出ていない。

 こういうときは考えるより聞くに限る。食べたいものがあるなら言ってほしい。


「他になにかご注文はございますか?」


『あれが食べたいのよ。くちゃくちゃして嚙み切れないからすじ肉が嫌い。前にそう言ったらアリスが作ってくれたでしょ』


「……あれですか」


 聞いてはいけなかった。

 残念なことに冷凍庫にすじ肉の塊はある。材料を理由にしてでは断れない。


『そうあれ。手間がかかるって言っていたから遠慮していたけど久しぶりに食べたいな。アリス特製どて焼き』


 ただでさえ面倒なすじ肉の下処理。

 それをマネージャー用に固いすじの部分や無駄な油身を徹底的にそぎ落とす。通常なら多少残しても問題ない部分も丹念に落とす。

 必要以上にすじを落とせば全体が脆くなる。煮込むと細切れになって簡単に崩れてしまう。だからとにかく丁寧に煮込むのだ。通常よりも手間も時間もかかる。

 通常はそこまですじを落とさない。市販品に固い筋が残っていることがあるのは間違いではないのだ。

 そんな面倒な逸品である。はっきり言って作りたくはない。


『すじ肉なのに歯がいらない。口の中でホロホロにとろける旨味たっぷりのお肉。そして優しい白みそ仕立ての味付け。あれが恋しくて市販のも買ったけど相変わらず私の嫌いなすじ肉なのよ』


「……あれは予約制でして」


『手間の時間分だけでアリスが反省したと認識するかも』


「ぜひ作らせていただきます!」


:……これVTuberの配信だよな?

:もうアリスに呑み屋を開いてほしい

:言葉だけで作られた飯テロ

:どて焼きって家で作れるのか

:話の内容から察するにすじ肉の塊からの調理だろ

:普通の家ではまず買わないな

:俺もすじ肉苦手だからアリス特製どて焼き食ってみたい

:たぶん市販どころか全国でも一部の美味い呑み屋でしか出てこないメニュー

:アリス劇場で飲食の提供はないの?

:隠れ家居酒屋アリス劇場


『ふふ明日は楽しみね。アリスがついに外出。その打ち合わせもしないといけないし』


 明日の苦行と献立表を思い浮かべていると、聞き逃せない発言が聞こえてきた。


『アリスがハッシュタグ付きでつぶやき便を流した時はさすがに焦ったわ。でもそのあとすぐにあんなつぶやき便が流れるとは。アリス愛されているわね』


 嫌な予感がする。

 ハッシュタグ『真宵アリスの引きこもり計画』を流したあとを追っていない。配信中の失言でそれどころではなかった。

 マネージャーの口ぶりでは、リスナーから反響がなかったわけではなさそうだ。

 もう一つ流れた?

 私の想定していない伏兵がいる。

 慌ててスマートフォンでつぶやき便の流れを調べる。

 答えはすぐに見つかった。


『桜色セツナのつぶやき。ハッシュタグ「真宵アリスさんに会いたい」が勝利してトレンド一位。アリスは数の力に素直に従うのよね? この期に及んで抵抗しないわよね?』


 マネージャーが笑っていたのは怒りからではない。

 勝利を確信していたからだ。

 情報収集を怠り、まだ勝敗を知らない私に笑っていた。笑いながら罰を与えていただけだ。

 私は本当の敵さえ見えていなかった。


「セ……セツにゃん!?」


:俺は両方フォローした

:やっぱ引きこもりと会いたいなら会いたいが勝つだろ

:あの壮絶な激戦をアリスは見てなかったんだな

:つまりセツにゃん参戦はサプライズと

【桜色セツナ】:ごめんなさいアリスさんどうしても直接会いたかったから

:本人キタw

:トレンド一位おめでとう

【桜色セツナ】:アリスさんの話術だと本当に引きこもりを認めさせかねないので

:二位は引きこもり計画だったな

:あのまま放置すると危なかった

【桜色セツナ】:後追いでつぶやきました

:僅差の勝負だった

:アリスが直前でセツにゃんの配信をアフレコしなければ勝てたのでは?

:実質コラボでリスナーのほとんどがセツにゃんの味方

:現在急速に追い上げ中のアリス特製どて焼きw


 完敗だった。数の力に頼り、数の力に負けた。

 叛逆は失敗だ。

 数の力さえ味方になれば、引きこもる大義名分にできるはずだった。けれど一番肝心だった戦場で敗れている。

 正論と常識に対しては勝算があった。足りなかったのは根回し。明らかに事前の準備不足だ。

 私の行動により身内が敵に回る可能性を想定もしていなかったなんて。

 盲点などではない。必然の敗北だ。


『敗軍の将は兵を語らず』


 負けたらなにも言う資格はない。

 けれど負け惜しみぐらい言わせてください。

 

「セツにゃんのバカァァァァ―――――――!」


:負け犬の遠吠え

【桜色セツナ】:がーーーん!!!

:敗北はいつも空しい

:セツにゃんを立てるための仕込みかと思っていたらガチか

:負けた上にすじ肉処理をしないといけないアリス

:アリス通信制らしいけど高校二年生だよな

:俺らその頃なにしてた?

:少なくともすじ肉の処理する人生は送ってないな


「うぐ……すじ肉解凍してきます。今日は冷蔵庫で解凍するだけですが。お仕事モード終了して明日は仕込みモードです。本日は付き合っていただきありがとうございました。世界に叛逆するにはまだまだ未熟を悟った敗戦型駄メイドロボ真宵アリスでした。……今日はふて寝します」





お読みいただきありがとうございます。

明日からは通常通りの毎日一話ずつの投稿に戻ります。

皆様連休は楽しめましたでしょうか?

この作品を読んで楽しんでいただけたのであれば幸いです。


次の話からは動き回ります。

話の構成や展開の仕方なども変わります。

『引きこもりVTuberは伝えたい』という物語の本領発揮です。

この物語は主人公真宵アリスという軸はブレませんが、箱推し可能な作品というわけが分かってきます。

真宵アリス劇場をぜひお楽しみください。


この作品は毎日1話 朝7時頃更新です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 物語の展開上仕方ないけど マネージャーひどい
[一言] セツにゃんのバカァァァァ────! にアリスの年相応な人間味が出てて良いよね(*´ω`*)
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