閑話ー虹色ボイスのハロウィン戦線異常なし前編
皆様ハッピーハロウィン♪
カクヨムでは去年のハロウィンに更新した話です。
全3話の1話目です。
今日から3日間7時に毎日更新となります。
残念ながら四期生は含まれていない時系列ですね。
ハロウィン。
近年になって日本に定着したコスプレの日。
渋谷で暴動が起こる日。
騒いでいるのは一部だけ。
最初はそうやって無関心を決め込んでいた人たちも多かったが、年々拡大する規模に無視することはできなくなっている。
少なくとも認知はしているだろう。
バカ騒ぎのマイナスイメージもあり、ハロウィンを倦厭する人も多いのは事実だ。
けれど大規模な行事として定着したことは認めるべきだろう。
少なくとも集客が見込めるイベントが一つでも欲しい配信業において、ハロウィンを無視する理由はない。
虹色ボイス事務所では期間を設けて、ハロウィン公式配信イベントを準備していた。
この日も会議室にも一期生から三期生まで。
総勢十一名の演者が集まっている。
いつものごとく真宵アリスがハブられているが仕方がない。
そういう運命なのである。
本日の会議を招集したのは三期生の桜色セツナだ。
三期生が一期生二期生の先輩を巻き込んで招集をかける。
実は今までの虹色ボイス事務所ではなかったことだ。
最年少ながら芸歴で考えれば桜色セツナが一番ベテランだ。
業界内では不思議ではないのかもしれない。
けれど虹色ボイス事務所内には一期生を特別視する空気があった。
一期生が威張っていたわけではない。
むしろ一期生はその空気を苦々しく思っていたぐらいだ。
そのために今回三期生が先輩に招集をかけたのは虹色ボイス事務所の変化の証である。
一期生、二期生、三期生。
全員が第一線級。
先輩後輩の上下関係と敬う心は失われていないが、過度に一期生を特別扱いする空気が払拭されたのはとても重要のことだった。
そのため一期生のフットワークは非常に軽い。
真宵アリスがイベントの準備で一人だけ呼び出されている。
そんなときを見計らった桜色セツナの招集。
真宵アリスへの悪意はないのはわかり切っている。
だだなにも知らされていないのに『どうせアリスさん案件だろうな』と予想がついてしまう残念な招集ではある。
それでも一期生はノリノリで参加していた。
テーブル配置はコの字型。
主催者である桜色セツナが中心の席で会議の始まりを告げた。
「一期生二期生の先輩方。リズ姉とミサキさん。急な召集だったにも関わらず、本日はお集まりいただきありがとうございます」
そう言って綺麗に一礼する。
堂の入った開催の挨拶だった。
最年少。
現役女子高生。
そんな肩書きに意味はない。
桜色セツナに緊張している様子はない。
年齢不相応な落ち着きを持って会議を進めようとする。
「さて早速ですが始めましょう。議題はアリスさんのハロウィンコスプレ衣装についてです。私はネコミミに尻尾にコウモリ羽根の欲張り三点セットを推していますが、ありきたり感も否めない。そのため忌憚のない意見をいただければと思います」
……内容は案の定の残念さだったが。
残念すぎて視線が飛び交う。
最初に口を開いたのは面倒見のいいミワちゃんこと一期生の白詰ミワだった。
とても頭が痛そうだ。
「ねえセツナちゃん。ハロウィンの仮装は個人で決めて、当日のサプライズにする話だったわよね? アリスちゃんが自分で決めることであって、私達が口を出すことではないと思うんだけど」
白詰ミワの意見は事前の取り決め通り。
なにも間違っていない。
だから桜色セツナも頷いている。
「そうですね。その通りです。口を出すことではないことはわかっています。けれどアリスさんは特殊な事情を抱えています」
「特殊な事情?」
「メイド服縛りです!」
桜色セツナは言い切った。
真宵アリスのメイド服縛り。
この会議の参加者全員にとって既知の情報である。
だからこそわからない。
そんな当たり前のことで今更なにを会議するのだろう。
今度は二期生の黄楓ヴァニラが口を開く。
「つまりセツナちゃんはアリスちゃんにメイド服以外を着させたいってこと?」
「まさかそんな! アリスさんといえばメイド服。メイド服といえばアリスさんです。もちろんメイド服以外を着ても可愛らしいとは思いますが、メイド服を脱がせようと思ったことはありません」
「えーと……それならばなぜメイド服縛りを問題にしているの?」
「アリスさんのメイド服縛りルールでは、メイド服の上に着ぐるみを着ることが許されるんです。これを有識者の間では、アリスさんコスプレに着ぐるみ選びがち問題と呼びます」
「……有識者って。ただなにを懸念しているかはわかった」
会議参加者全員が納得の表情を浮かべている。
ずんぐりむっくりな着ぐるみ姿の真宵アリスを見たことがあるからだ。
着ぐるみ姿でも顔だけ出して可愛らしくはある。
あるのだが生粋の真宵アリス好きの桜色セツナからすれば、着ぐるみ姿はなにか違うのだろう。
全員が納得したできたところで三期生のリズ姉が言葉を引き継いだ。
「セツナちゃんとしてハロウィン仮装に着ぐるみ禁止のルールを設けたいみたいです。アリスちゃんは真面目です。着ぐるみ禁止ルールを定めれば従うでしょう。けれどすでに着ぐるみの仮装を準備しているメンバーがいるかもしれない。そのために今日は全員に集まってもらったわけでして」
「お願いします! アリスさんをまんまるなカボチャの着ぐるみ姿にしないために力を貸してください!」
「……ハロウィン当日着ぐるみを予定していた人いますか?」
実にくだらない招集だった。
でも可愛い真宵アリスを見たい桜色セツナからすれば切実だ。
真宵アリスにネタコスプレさせないために必死になるのは仕方がない。
全員に確認を取らなければいけない理由も理解できた。
仕方がないな。
と思いつつも、全員が桜色セツナに協力するつもりになっていた。
挙手を促されて手を上げたのは二人。
一期生の花薄雪レナと二期生の紅カレンだ。
先に花薄雪レナが意見を述べた。
「私は別に着ぐるみ禁止でもいい」
「いいんですか? 準備していたのですよね」
「私はハロウィン配信でやるVR脱出ゲームのゲームマスターをやるでしょ」
「虹色ボイスのハロウィンホラーナイトの目玉企画ですね」
「うん。ゲームマスターのアバターと衣装が気合入っているから、実は仮装の方は間に合わせなの。一応シーサーの着ぐるみは準備したんだけどね」
「……シーサー。沖縄出身のレナ様らしい仮装ですね」
「でもよく考えたらシーサーは悪霊祓いの守り神。現世に戻ってきた幽霊と一緒にどんちゃん騒ぎするハロウィンの仮装には、ふさわしくないと思っていたところだったから。別に冒頭からゲームマスターの格好でもいいわけだし。だから着ぐるみ禁止でも私は問題ない」
「ありがとうございます!」
桜色セツナが花薄雪レナに頭を下げた。
こうなるともう一人の着ぐるみ予定者の紅カレンに視線が集まるのだが。
こちらもあっさりしていた。
「私も酒瓶の着ぐるみの予定だったけど別にいいよ」
「そっか。カレンも問題ないらしいわ……ってちょっと待て! 酒瓶の着ぐるみってなんやねん」
「ラベルにはにごり酒かるぴすって書いてる酒瓶の着ぐるみ。呑みやすすぎてホラー」
「完全にアウトやこのバカレン! 酒瓶の着ぐるみだけでも、お前はリサイクル業者のコマーシャルキャラクターか! みたいな感じやのに、そこからさらに攻めたボケを重ねんなや」
「うん。私も攻めすぎたかなと思っていたところだった」
「なら最初から準備すんな。それで着ぐるみやめたとして、カレンは代わりのあてはあるんか?」
「つい先日飲み屋街で目撃したの。凄く奇抜な服装の酔っ払い。あのコスプレをしようかと思う」
「なんやその凄く奇抜な服装の酔っ払いって」
「ネクタイしか身につけていなかった」
「センシティブ! それもアウトやこのバカレン! 配信業界から出禁になるわ!」
「安心してツネちゃん。ネクタイは一つだけじゃないから。大事なところは全て隠れていたから」
「なんやねんそれ。ネクタイ二つ巻いて下半身と上半身の大事なところ隠していたんか? それでも肌色面積が多すぎてアウトやろ」
「それが肌色面積が少ないの。腕とか脛とかが丸見えなぐらいかな」
「どんなでかいネクタイやねんそれ」
「全部普通のネクタイだよ? ネクタイ以外はなしだけど。百個近く巻いていたのたかな? 趣向を凝らしたデザインと華やかな配色のネクタイが無数に連なっていてね。ミノムシスーツみたいでインパクトが凄かった」
「パリコレモデルか!? どんな状況やねん!」
「さあ? 完全に酔っている様子で『俺の服! どこで脱いだか誰か教えてぇ!』って泣きながら飲食店街の狭い道路の真ん中を歩いてた。あれがあの人のランウェイだったんだね」
「……ずいぶんと嫌なランウェイやな。もうええわカレンは好きにし」
「そうする。そんなわけで私も酒瓶の着ぐるみじゃなくても大丈夫だよ」
「あんた達本当にネタの打ち合わせなしなのよね!?」
思わず白詰ミワが叫んだ。
紅カレンと翠仙キツネはきょとんとしている。
本人たちに自覚はないらしい。
なんにせよこれで着ぐるみ禁止にしても問題はなくなったわけで。
「それではハロウィンの仮装は着ぐるみ禁止! で、いいのですよね?」
『了解』
「それでは早速アリスさんに伝えにいきましょう! 確かハロウィンイベントに向けた新作のVRゲームのデモプレイに呼ばれていたはずなので」
お読みいただきありがとうございます。
毎日1話 朝7時頃更新です。




