第199話 デビューから一周年記念生配信④-VTuberになる意味-
「これは誰かの名言ではありません。元になった慣用句では意味がわかりにくいので言い換えています。原文を紹介しますね」
『Story of my life』
「ボクの人生こんなことばっかりだ! と自身の不幸を嘆くスラングです。主にネガティブなときに使われます」
自虐の言葉。
卑下する言葉。
貶めることで自分を慰める。
自分を嘲笑うことでしか気持ちを表現できない。
暗い部屋でディスプレイをつけることすらできなかった日々を思い出す。
声は暗くしない。
揺らすこともしない。
演技なんてしない。
下手に意識すると涙が出るかもしれないから。
平静に優しい声で。
今の私ならば笑い話にできる。
「誰かに嘲笑ってもらうことで自分を慰める言葉。でも私は引きこもりですからね。嘲笑ってくれる相手すらいない。口にしても余計に惨めになるだけです。大仰に言うのは不幸を嘆いて誰かに笑ってもらうため。笑ってもらって自分を慰める。一人で言ってしまうとただ呪いです」
『どうせ私なんて』
「これは自分を否定する言葉です。言えば身体が動かなくなってしまう。心も身体も重くなる。だから口にするまいと決めていました」
一人は楽だった。
でも孤独だった。
だんだんと蝕んでいく。
「暗い部屋で一人でいると、頭の中で繰り返される。どうせ私の人生なんてこんなものだ。諦めなさい。夢を見るな。自分に期待してはダメ。そうすれば傷つかないから。何度も何度も繰り返される。私の人生なんてこんなもの。どれだけ憧れても主人公にはなれない。……呪縛です。自分で自分を呪い続けるんです。私はダメだと」
そうして暗い部屋で一人きり。
言霊が身体にまとわりつく。
心も身体も動かなくなる。
「でも物語の主人公達は違いますよね。挫折することもある。心が折れてしまうこともある。不幸を嘆くこともある。けれど何度も立ち上がります。そしてどんな困難にも打ち勝ちます。最後は笑って終わるんです。私はそんな主人公に憧れた。いつかなりたいと思っていた」
だからだろう。
この言葉を正反対の意味で使える人。
胸を張って言えてしまう人こそが主人公だ。
そんな憧れが私の中に根づいていた。
「もしも物語の主人公がこの言葉を口にしたならばどうでしょうか。自分の人生を嘆くためではない。嘲笑するためでもない。慰めるためでもない」
顔にはもちろん笑みを浮かべている。
失敗も困難も挫折もあった。その全てを乗り越える主人公だから。
「歩んだ道程を振り返って、誇らしげに言うのです」
『This is my life, This is my story.』
「これが私の人生。これが私の物語だ。……この言葉をカッコよく言える人こそが、私の思い描いた主人公でした。いつの間にか私も……胸を張って言えるようになっていたんですね」
:歌枠の前に……アリス劇場が始まってしまった
:憧れか
:アリス劇場から歌に入られると毎回泣くんだが
:私は私の物語の主人公になりたかった
:歌まで持たず泣きそう
:本来はそんな意味なのか
:洋画とかだとたまにある
:俺も言う相手がいないな
:……自分を呪うための言葉
:物語の主人公はそうだよな
:主人公の条件か
:アリス笑顔だ
:満たせているな
:あかん……また泣かされた
:急に本気出して泣かせにくる奴
:スタージャムから流れてきた初見だったけど日常配信でもこれなの?
:たまにある
:また言葉で一刀両断された
言葉を噛みしめる。
これが私の物語。
私は私の人生の主人公だ。
不幸を嘆く意味ではない。
ちゃんと誇らしげに言えた。
「私がこの言葉を胸を張って言える日が来るとは思っていませんでした。普通の生活の中で『自分は主人公だ』と感じることなんかないですからね。たぶん言えるようになったのは、私がVTuberになったから。最近になって気づきました。いえ先日、一期生の先輩方に教えられたのです」
私は憧れてVTuberになったわけではない。
なってから自分の居場所になった。
続けたいと思った。
憧れがなかったからこそ、自分にとってのVTuberとはなにかをずっと考えていた。
「先ほど一期生が個人チャンネルを開設すると告知をしました。個人チャンネル開設について竜胆スズカ先輩と胡蝶ユイ先輩が話していたんです。『これで私達もちゃんとしたVTuberになれるね』って」
笑顔で軽い口調だった。
何気ない会話だったのかもしれない。
でも一期生の三年分の想いが詰まった。
三年も公式チャンネルで活動してきた先輩方が自分達を半端者だと思っていたのだ。
自分達に個人チャンネルがないという理由で。
「その会話を聞いて気づかされたんです。個人チャンネルの重さに。自分の名前を冠するチャンネルの意味に。事務所の力も借りていますが、配信内容もスケジュールも自分で決めます。配信中の責任は全て自分で背負うんです」
一年間活動をしていたのに考えたことがなかった。
個人チャンネルを当たり前だと思っていた。
VTuberとはそういうものだと流してしまっていた。
「個人チャンネルは私の舞台。ゲストは来ても主役は私。チャンネルにあげられている動画は全て私の物語」
近年VTuberになりたい人は多い。
環境が整っているので始めやすいのだろう。
以前の私の認識はその程度で止まっていた。
憧れがなかったから。
でも今ならばわかる。
それだけではない。
この場所には憧れがある。
だから皆がなりたがるのだ。
理想の自分になるために。
ただの配信者ではない。
VTuberに転生する意味をようやく理解した。
「VTuberはアバターで活動します。自分の理想を形にするのです。アバターへの転生は、なりたい自分になることです。個人チャンネルは私だけの舞台。その活動は私の物語になる」
動画によって再生数の違いはある。
人気の違いもある。
ずっと見てくれているリスナーがいる。
オススメの動画しか見ないリスナーもいる。
見るべきものがたくさんある時代だ。
VTuberだけでも万を超える時代。
だから一期一会の縁に感謝する。
見に来てくれてありがとうと笑顔で迎える。
そして見てくれた人を笑顔にする。
その全てが真宵アリスの物語。
私の人生だ。
「ここは私を主人公にしてくれる場所だった。憧れからVTuberになったわけではない。でも憧れは私の中に最初からあった。物語の主人公になりたい。曖昧だった子供の夢。荒唐無稽で無邪気な願い。諦めることができなかった愚かな執着。……それなのに夢が叶っていた。VTuberが夢を叶えてくれた」
つらいこともある。
舞台裏は大変だ。
マネージャーを含め多くの人に支えれている。
私一人で作り上げた舞台ではない。
物語には主人公以外にも多くの人が関わっている。
応援してくれるリスナーさん達がいないと主人公も輝けない。
だから全てに感謝して。
私は夢の舞台に立つ。
私は物語の主人公だから。
「さあショーの幕を上げましょう。いつも会いに来てくれてくれる皆様ありがとうございます。初見の方も会いに来てくれてありがとうございます。この一期一会に感謝して、今日も精いっぱい楽しみましょう!」
物語を詠うように。
想いが伝わるように。
「改めてもう一度宣言させてもらいますね」
『This is my life, This is my story. Let's play my story』
「さあ誰も見たこともないステージ! アリス劇場にようこそ! 私は暴走型ですよ! もう止まりません! ショーマストゴーオンです! いつも私はこの舞台にいます。だから会いに来てください。末永くよろしくお願いします!」
とびっきりの笑顔を振りまいて。
全ての観客を笑顔にするために。
「それでは詠いましょうか」
:一期生……改めて泣く
:ずるくね?
:個人チャンネル開設にそんな意味があるのか
:さっきからずっと画面ぼやけてる
:文句なしに主人公
:真宵アリスの物語か
:急に子供の頃の夢まで語らないで……涙腺が
:叶っていたんだね
:よかった
:よろしく!
:涙でなにも見えないけど盛り上がるぞ!
:次が歌でよかったのかも……画面が見えなくてもいいから
:……VTuberが主人公にしてくれた
・
・
・
:Thank god for the miracle that I met you.
完結!
ではなく、もう一話だけエピローグがあります。
最後までお付き合いください。
物語としてはほぼ完結ですけどね。
もう引きこもりVTuberは伝えましたから。
ただ伝えたならば伝えた相手がいます。その方はなにを思った?
エピローグタイトルは『そして誰かの夢になる』です。
今までのエピソードの中に、伏線は張っていたのでエピローグに持ってきました。
最後の仕掛けでしょうか?
『引きこもりVTuberは伝えたい』
この物語は全てのVTuberと、
全ての夢を抱く人、全て夢を探す人、全ての足掻く人を応援しています。




