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【第2巻発売中】引きこもりVTuberは伝えたい  作者: めぐすり
第六章ーThis is my life, This is my story.ー
199/218

第198話 デビューから一周年記念生配信③-私の目指したモノ-

 コメント欄では虹色ボイスの全国ツアーライブの関心が高い。

 でも私が生で巻き藁斬りをすると思われるのは困る。

 そんな予定はない。


 このような期待を放置してはいけない。

 ネット上ではいつの間にか事実のようにすり替わるからだ。

 そして実現されなければ失望される。

 裏切ったことになってしまう。

 だから早めに否定しないといけない。


 どうしようかとマネージャーに視線を送ると上段斬りの構えをした。

 了解と頷く。

 情報解禁してもいいらしい。


「今日の私の配信のあとに虹色ボイスメンバー全員の集合の決起集会配信があります。詳しい情報はそちらで解説ですね。……ですが、その前に一つ訂正と情報開示しておきます。情けない話ですが、私はまだ有観客で皆様の前に立つ勇気がありません。参加するとしてもアバター姿で別スタジオです」


 すでに多くの人の前に顔を晒した。

 もう表に出てきてもいいだろう。

 そう考える人はいる。

 けれど顔を晒し、多くの人に囲まれることがストレスになる人もいる。

 私はそのタイプだ。


 スタージャムは無観客のライブ会場だから可能だった。

 いつもの配信と同じ、と思い込むことでパフォーマンスができただけ。

 あのスタイルを何度も繰り返し行えば、私はいずれ潰れてしまうだろう。


 魔法が解けてしまうのだ。

 自分は真宵アリスだ。

 本番前にかけたルーティーンが人目にさらされる緊張で解ける。

 バーチャルのアバターなら人前に出ることも喋ることもできる。

 理想の自分に転生しているから強くなれる。


 アバターで活動するVTuberにはそんな魔法がかかっている。

 だから私は今日もショーの幕をあけることができる。

 引きこもり万歳だ。

 私はバーチャルに引きこもっていたい。

 このことは虹色ボイス事務所も了承してくれている。


「けれど生で巻き藁斬りを見たいとの声が多いようですね。そのため少し情報を解禁します。実はスタージャム放送後から『巻き藁斬りは居合切りでするものではない』とのお声が。ごもっともです。私のやり方は我流。真空跳び膝蹴りと同じです。良い子は絶対マネしないでください」

 

 本当に真似してはいけない。

 私もただの脇差では巻き藁斬りは難しい。

 少なくとも成功率は下がるし、失敗すると手首を痛めかねない。

 切れ味特化で振りやすい風切り羽だから可能な荒業だ。

 剣速が違う。

 風切り羽ならば一ターンに二回攻撃も可能だ。


「そのため虹色ボイスでは正しい巻き藁斬りのやり方を動画で解説する予定です。投稿者は私ではありません。脇差ではなく日本刀。居合切りではなく上段構えからの袈裟斬り。虹色ボイスにはちゃんと正規の巻き藁斬りができる人がいる。そう……虹色ボイス二期生の碧衣リン先輩です! 風切り羽での試し切りもお見事でした。師匠ならばライブの冒頭でやるかもしれません」


:このあと特番か

:見よう

:色々変わるからな……どんなふうに変わるのか楽しみ

:一期生の個人チャンネルか

:どうして今までなかったのか

:長年虹色ボイスを追ってきた身からするとついに! って感じだな

:あーやっぱりアリスのライブ出演はないか

:アリスはバーチャルに引きこもる宣言しているからね

:生で見られないのは残念だけど別スタジオで参加してくれるなら十分

:ライブチケット絶対に予約しないと……予約できるか

:VRでの遠隔視聴枠もあるからそっちならなんとか

:こういうのがあるからVTuberのライブは地方にも優しい

:ん?

:確かにw

:巻き藁斬りは居合切りでするものではないな

:やっぱりこういうことをわざわざ言う奴がいるんだな

:真空跳び膝蹴りw

:巻き藁斬りと真空跳び膝蹴りを並べるなwww

:また教頭先生の注意がネタにされてるw

:正しい巻き藁斬りのやり方を動画で解説?

:動画ってことはミサキチできるの?

:そんな一朝一夕でできるものじゃないし危ないだろ

:まさかの碧衣リンwww

:お前できるのかよ!

:残念という概念の擬人化

:そういえば剣道や薙刀にと古武術とかも習っていたな

:残念さで忘れられがちなスペックの高さ

:そっか……虹色ボイス事務所に巻き藁斬りできるVTuberが二人もいるのか

:総勢十二名の中規模事務所なのに二人も刀の扱いに長けているとかヤバい

:もしかしてVTuberの六分の一が巻き藁斬り可能なのか?

:VTuberすげー

:凄まじい風評被害が一般的なVTuberに降りかかる瞬間を見た気がする


 ちゃんと否定したのでリスナーの期待を裏切ることにはならないだろう。

 さて告知の再開だ。


「話を戻しますと、今日の特番で虹色ボイス事務所の体制が変わります。色々と変わっていきます。この変化を受けて明日の三期生のデビュー一周年三期生コラボ配信では、四人で一年を振り返りながら新たな一年の抱負を語ります。公式チャンネルでのレギュラー番組など、新たな未来を掲げる私達を見守ってください。本当に色々新たな一歩に踏み出します」


 リズ姉は公式チャンネルのメインキャスターの一人に選ばれている。

 先輩方とのコラボなど周りとの相性の良さが際立っての抜擢だ。

 自分のチャンネルも維持しながら、緊急時の穴埋めなどもする一番活動に変化があるかもしれない。


 ミサキさんはその万能さと呑み込みの早さを買われて、他のメンバーへのインストラクター要員としての立ち回りが多くなるらしい。

 覚えることとがまた増えると笑っていた。


「告知も終わりました。このあとは何曲か歌う予定ですが、歌の前に私個人としてこの一年を振り返りたいと思います。そのために今日は枠を用意したので」


 瞳を閉じる。

 配信画面の真宵アリスも目をつむっているだろう。

 この一年を振り返る。

 いや振り返っているのは一年どころではない。

 アニメに夢中になった幼い頃まで心が戻っていく。


 たぶん私の始まり。

 セツにゃんとコラボ配信をしたときから自分の始まりを考えるようになっていた。

 最近になってその答えが出た。

 私にはセツにゃんのように突き動かされるような想い出の絵本はない。

 けれど確固たる憧れはあることに気づいた。


 目を見開いて笑いかける。

 少しでも理想に近づけるように。

 私の言葉が伝わるように。


「私は漫画やアニメが大好きでずっと見ていました。アニメの登場人物に憧れた。その台詞を覚えて頭の中でなりきった。ごっこ遊びですね。私のアフレコ芸の始まりです。憧れて、焦がれて、模倣した。そうすれば自分が強くなれる気がしたから」


 引きこもっていたとき自分ならば『そんなものに憧れていない』と否定しただろう。

 認めるには恥ずかしい。具体性もなくて本当に子供のような憧れだ。

 でも今なら認めることができる。

 言葉にできる。

 この一年で曖昧な理想の輪郭がはっきりと見えたから。

 その輪郭は私のアバターの形をしている。


「私はずっと強くなりたかった。強い自分に憧れた。物語の主人公は確固たる自分を持ち、困難に立ち向かっていく。その姿に自分を投影した。主人公であればなんでもよかった。物語の主人公という役割に憧れていただけ。……でもそれではダメだった。曖昧な憧れで理想に近づけるはずがなかった」


 私の理想は真宵アリスのアバターの姿をしている。

 姿形は重要ではない。

 輪郭が定まったのは、私が私の理想を描くことができるようになったからだ。

 真宵アリスとして理想を叶えたい。

 だから理想の自分の姿がはっきりしただけ。

 では叶えたい理想の自分とは?


「この一年で多くの人と出会いました。多くのことを経験しました。多くの決断を自分でしました。皆様にも支えられて、今この場所に私はいる。今の私ならば胸を張ってあの言葉を言える気がします。昔の私ならば惨め過ぎて言えない。座右の銘ではありません。憧れもない。本来は自分が惨めなときに使う言葉なので」


 理想の自分なんてまだハッキリとは描けていない。

 しかしこの言葉を胸を張って、詠うことができるのであれば。

 私は理想に近づけていると断言できる。


『This is my life, This is my story.』


「これが私の人生。これが私の物語だ。――私は私の物語の主人公になりたかった」


 いつの間にか満面の笑みを浮かべていた。

 ちゃんと胸を張れている。

 自分の人生を誇っている。

 今の私は主人公だ。




お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
うん。アリスはデビューした時からずっと圧倒的な主人公だったよ。……本人の認識はさておき
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