第191話 世界に叛逆するネットTV配信⑨-時代が求める守り刀-
主張したいことは主張した。
説明すべきことは説明した。
あとは天命を待つのみ。
視聴者は落ち着いてくれただろうか。
味方になってくれただろうか。
ちゃんと誘導できただろうか。
変に飛び火したりしないだろうか。
先ほどまでネットも視聴者も熱狂状態だったらしい。
回線への接続に制限がかかるほどに注目されていた。
数字が跳ね上がるので朗報……とはならない。
マネージャーが焦って連絡してくるほどに危険だった。
何事も正常な判断力が伴っているから楽しめる。
熱狂状態ではまともに見てくれない。
ただ暴れたいだけの人が増える。
集団で誰かを貶める行為が横行してしまう。
今は同情的でも失言一つで容易に反転する。
いきなりアンチとなって袋叩きにしてくる。
この熱狂状態こそがネット上でお祭りと呼ばれる。
数の力の恐怖だ。
真宵アリスも一度はその餌食になった。
ネット冤罪を晴らすために数の力を味方につけたが、その危険性は経験で理解している。
配信中は常に綱渡り。
ネットの光と闇は表裏一体。
いつどちらに転ぶかはわからない。
本番前は恐怖とプレッシャーで震えている。
見ている人に恐怖を悟られれば不信を生む。
声の震えは不安を生む。
隙を見せればつけこまれる。
一つのミスで炎上する。
本番中も悪いことばかりが頭に浮かぶ。
だから最強の笑顔で武装する。
にっこりと真っすぐにカメラを見つめる。
視線をそらさない。
強い意志を宿した瞳でカメラの向こう側を射貫くのだ。有人観客ライブもネット配信も変わらない。
笑顔で見つめられて悪く思う人はいない。
いたら最初から悪意を持つ人だけだ。
最初から相手にしなくていい。
これはライブパフォーマンスのスペシャリストである一期生の花薄雪レナの教えだった。
真宵アリスは一人ではない。
支えてくれるスタッフがいる。
常に気をかけてくれる仲間がいる。
経験を伝授してくれる先輩がいる。
味方になってくれるリスナーがいる。
なにより自分の言葉を誰かに伝わる喜びを知っている。
舞台に立てる理由としては十分過ぎた。
少ししてマネージャーから『続行して大丈夫』との連絡があった。
ネット上はお祭り騒ぎだが、すでにロリコン検挙祭という笑い話にシフトしようとしているらしい。
問題のコラ画像も、当初の狙い通りネットの世界から駆逐され始めているとのこと。
危機は遠のいた。
任務は達成した。
ショーを続行できる。
ならば次になるステージの構築に移ろう。
舞台の空気を全て入れ替える。
仕切り直す。
プランを再構築する。
大丈夫。
これぐらいいつもやっている。
心を落ち着かせて目の前の配信に集中する。
ここは舞台の上で、今はショーの真っただ中。
立っているのは一人だけ。
目の前に観客は誰もいない。
カメラの向こう側なんてわからない。
いつも通りだ。
慣れ親しんだ自分の部屋と同じ。
そう自分に言い聞かせる。
電波の向こう側の存在する何万もの笑顔を想像した。
『アバター真宵アリスを再インストール』
いつものルーティーンで自分も再構築。
今日の予定でやり残したことはどれだけあるか。まだ暴れ足りない。せっかく実写に顔出ししたのだ。やってみたかったことは全てやる。
実写ならではのことなんてまだ跳び箱しかやってない。
人生で一度やってみたかったことはたくさんある。
このままでは悔いが残る。リアルを出禁できない。今日のために色々と準備していた。歌とは全く関係ない。ただやってみたかった演出を並べただけ。
思い浮かべると悪戯を仕掛ける子供みたいに心がワクワクしてくる。
今の真宵アリスはいつもと装備が異なっている。
実写だからではない。
ショーの開始時はいつものアバターと同じ装備品だった。
今日この舞台のうえで装備品が増えていったのだ。
マントのような大きなケープを羽織っている。
ホワイトブリムの代わりに、頭には白銀のティアラが輝いている。
腰には脇差を佩いて、髪型もショートから編み込みロングに変化している。
究極の装備セットはすでに揃っている。
これで真宵アリスはあと一回の変身可能だ。
この変身だけは絶対にしなければいけない。
そのために更なるクールダウンを設けよう。
熱を冷ますためではない。
足場を固めるため。
力強いリスタートには地ならしが必要だ。
次なる暴走はロリコン検挙祭を超えるものでなければならない。
わずか数秒の思考で配信プランの再構築を終えると、真宵アリスはいつもの配信のように休憩時間を宣言した。
「悪い話はここまでです。ここからは楽しいお歌の時間。……と言いたいところですが、歌に入る前に休憩を挟みますね。嬉しいお知らせとコラボ商品の宣伝もありますよ」
普段通りならばカメラの前から姿を消すだけ。
けれど今は逃げ場のないステージだ。
舞台から降りて、休憩するわけにはいかない。
真宵アリスはトテトテと玉座に歩み寄った。
くつろぎの時間だ。
つまり観客を驚かせる時間でもある。
脇差は鞘ごとひじ掛けの上に置いた。
腰に巻いていた充電コード型のネコ尻尾を解き放ち、玉座の横にあるコンセントに差す。
すると衣装に内蔵されている扇風機機能が起動し、ケープが風になびく。
涼しくて心地よい。
真宵アリスはショーの最中に更なる癒やしを求めた。
手を伸ばしたの玉座横カバー。
カバーを開くと玉座の下はなぜか冷蔵庫だった。
冷えたドラゴンブレイクのショート缶が陳列されている。
真宵アリスはドラゴンブレイクを取り出して、今度こそ玉座に座った。
ずっとひじ掛けの上に立っていたので、座るは初めてだ。
プルタブに指をかけてプシュと開ける。
そしてゴクリと喉を潤した。
「ぷはぁ! 生き返る!」
:まだ画像を隠し持っているロリコンはいないよな?
:大量のロリコン検挙www
:ロリコンに人権はないのかぁーーー!!!
:ねーよwww
:あるけど今日はないな
:ロリコン検挙祭w
:処女帝アリスに光る斬撃にロリコン検挙祭とかパワーワードが多すぎる
:リアルチートでドラゴンの首を狩ってるからな
:人狩行こうぜ!
:マジでロリコンが狩られていっているんだがw
:ロリコン否定しても未成年の少女を貶めるため小学生女児の写真でエロコラを量産した事実は消えないからな
:休憩?
:そりゃあ舞台上を暴れ回って歌に演技に演説に大忙しだったからな
:その玉座そう使うの?
:充電コードネコ尻尾に実用性あったw
:やるき充電中
:冷蔵庫機能付き玉座www
:なにその玉座の謎機能!? 欲しいw
:ここでまさかのドラブレw
:悲報『真宵アリスネットテレビ番組でドラブレをキメてしまう』
:なんかなつい
「皆様お気づきでしょうか。今私は缶のデザインを隠してません。飲んでいるのはご存知のドラゴンブレイクの王道オリジナル味『覇道真龍の咆哮』です」
現実世界でドラブレを飲む。
今日のノルマの一つだ。
歴史的な瞬間である。
「配信中にメーカー飲料を特定できる形で隠さず飲む。これは一部のVTuberにしか許されない特権です。なんと! このたび虹色ボイス所属のVTuberの三期生真宵アリスと一期生花薄雪レナ先輩はドラゴンブレイク公式アンバサダーに就任しました。パチパチパチパチ」
自室に設置されたドラゴンブレイク専用冷蔵庫。
自販機専用のフレーバーを含めたセットが毎月届く。
たぶん真宵アリスは無敵になった。
「そしてこの流れでコラボ商品の宣伝です。宣伝するのはドラゴンブレイクではありません。別のコラボ商品。そう! 今日すでに色々と斬りまくっているこの脇差のことです」
脇差を手に取り、鞘から抜く。
よく見えるように角度を調整して、スポットライトの光を反射させる。刃文は緩やかな波打ち、根元から切っ先までを覆う白銀が光り輝いた。
「銘は風切り羽。よく見てもらえればわかりますが根本は太く、先に行くほど細く薄く伸びていきます。重心が手元に寄るため振りやすい。先端が鋭くなっているため、切れ味は凄まじい。けれど切っ先の当て方次第では簡単に折れてしまう繊細な構造です。まるで本物の羽根のよう」
扱いには本当に注意が必要だ。
虹色ボイス事務所からも専門家からも再三警告を受けている。
切れ味はいいが実用性はあまりない。
折れる危険があるので粗雑に扱ってはいけない。
かなり繊細な造りだ。
なぜなら風切り羽は形あるものを斬る刀ではない。
「風切り羽とは鳥達の翼。どんな逆風にも負けない。向かい風を切り裂き、揚力に変えて空に飛び立つためのモノ」
つい先ほどドラゴンブレイクにはしゃいでいたはずだった。
その変化はギャップどころではない。
わずか数拍の真摯な語りに視聴者が呑まれていく。
「この刀には虹色ボイス事務所の切実な願いが籠められています。ネット上の邪な風説を斬り裂く。どんなデマにも屈しない。向かい風も誹謗中傷も斬り裂いて、空高く飛翔する」
ステージ上が薄暗くなる。
真宵アリスを渦巻く風が強くなり、ケープだけでなく髪まで風になびいている。
ただ衣装に内蔵されている扇風機が強まっただけ。
「過去の出来事への後悔と祈りと未来への祈りを込めてこの刀は製作されました。本物の刀工とコラボレーションして創り出した現代の奉納刀です。神社で正式な儀式による御祈祷も受けてます」
風切り羽の刀身が妖しく桜色に輝き始める。
これも刀の峰に施された発光装置による演出だ。
けれど呑み込む。
「今日がこの刀の初陣。私はネット上の悪霊を斬り裂けたでしょうか? 悪しきものを調伏できましたか? 今日の儀式はいかがでしたか? 供物は十分でしたでしょうか?」
全て演出。
それなのに真に迫る。魅入られる。真宵アリスの表情と語りのせいだ。
現世から幻想の世界に惹きこまれる。
今日行われた一連のショーはどこまでが演出だったのか。
美しい刀剣には魔力が宿る。
風切り羽の刀身が妖艶に笑う。
あなたもこの刃に首を捧げませんか?
問いかけてくるような美しさが放たれる。
刃の光が心の中に巣くう闇を誘い出すように輝きを増していき――。
「――なんちゃって」
真宵アリスは可愛く舌を出して、鞘に納めた。
いつの間にか風が止み、ステージの明かりを元に戻っている。
幻想が霧散する。
真宵アリスがなにごともなかったかのように屈託なく笑ったから。
「改めてこの脇差の銘は風切り羽。本物の刀ですよ。だから非常に高価です。私が持っている脇差タイプでも、完全オーダーメイドの受注生産なので八十万円から。日本刀サイズは百万円から。大太刀は百二十万円から。脇差よりも短い守り刀サイズでも五十万円からです。この値段では本当に買う人がいるのでしょうか?」
一転して始まったセールストーク。
非常に高価格。
ファングッズとしては売る気があるとは思えない値段だ。
先ほどまでの空気は一体なんだったのか。
「しかしその価値はある。実は虹色ボイス事務所にはほとんど利益はありません。ほとんど刀工の方への依頼料と祈禱代です。これでもかなり無理していただいているんですよ。虹色ボイス事務所のホームページが窓口なだけ。風切り羽は一本一本、刀工の方がお造りになられる本物です。新規注文です。あと本物の刀なので所持するための審査が必要です。ちなみに虹色ボイス事務所内には、神棚が設置されて、すでにサイズ別の四段組で祀られています」
虹色ボイスのホームページの案内と神棚の画像が映し出される。
本物のコラボレーション商品である証だ。
「本物はさすがに高価すぎて手を出せない。そんな方のためにもお求めやすいグッズ展開もします。風切り羽のミニチュアストラップや風切り羽アクリルスタンドなどもあるので御守りにどうぞ。こちらも十万円しますが、斬ることのできない精巧な模造刀もありますよ」
にっこりと笑ってコラボ商品の説明を終える。
休憩はできた。
舞台の空気を完全に入れ替えた。
ロリコン検挙祭の熱を欠片も残さず、次なるサプライズの土台はできた。
さてお歌の時間だ。
意気揚々と真宵アリスは玉座から立ち上がった。
この宣伝のせいで注文が殺到して、マネージャーが悲鳴をあげることになるとも知らずに。
:まさか!?
:ドラブレのアンバサダーwww
:つーかノーマル味はそんな名前だったのかw
:アリスはしゃいでるw
:ずっと夢だったからな
:コラボ商品ってそれなの!?
:ちょっと待て刀はないだろwww
:風切り羽か
:アップで見ると余計に綺麗な刀だな
:羽根のように繊細な刀か
:あ……アリスがガチ
:籠められた願いがガチすぎる
:本物の刀工が関わっているのか
:造りも製作意図も本物だな
:祈祷まで受けているとかご利益ありそう
:真剣にほしい
:……真剣だけに?
:ネタ抜きで欲しい……つまらない奴をネット上で斬り裂くためにも
:すみませんでした
:え?
:また光った
:演出だよな
:刃から視線外しているのに吸い寄せられるんだが
:儀式?
:さっきまでの一連の流れが全て霊刀を生み出すため?
:あの刀の力でロリコンもあぶり出されたのか
:ヤバい……怖くなってきた
:……元に戻った
:急にアリス劇場ガチモードに入らないで
:高い
:むしろ安くないか?
:緩急ありすぎてどこからがマジなのかわからない
:虹色ボイスに利益ないのか
:一般的な相場とほぼ変わらないし本当に利益は考えてなさそうだな
:神棚に四段組w
:かっけー
:グッズ販売w
:風切り羽のアクリルスタンドってなんだw
:アリスは買う人がいるのかわからないとか言っていたけど……これ注文殺到するのでは?
:するだろうな
:あの風切り羽はもう本物の霊刀の類だろ
:確かに
:今日だけでネット上の悪霊を何人斬った?
:現代に誕生したヤバい刀
:このご利益で百二十万円なら安い
:絶対に欲しい配信者いるだろ
:現在進行形でご利益が凄いからな
:持っているのも座敷童だし
:座敷童www
:刀を持ったアリスが幸運のお守りセットにしか見えないw
:ネット上の邪な風説を斬り裂く
:今の時代に求められる刀だよな
お読みいただきありがとうございます。
毎日1話 朝7時頃更新です。




