第19話 収益化記念生配信⑧ーThe Show Must Go On前編ー
目的を果たしたならば舞台の幕を降ろすべきか。
物語の幕を下ろさなければいけないのか。
魔王を倒した勇者の後日談。好きな人と恋人になって完結したラブコメのその後の行く末。全国優勝を果たした高校球児の進路。
物語の終わりには語られない続きがあるはずだ。
その続きを見たいか。これ以上続けたいと思うか。私なんかに配信のお仕事をする資格があるのか。ずっと悩んでいた。
私は救いの手を差し伸べてくれた事務所や言葉を聞いてくれるリスナーに感謝している。今この配信を心の底から楽しいと思っている。
ネット冤罪は晴れました。
ネット冤罪を晴らすためにVTuberになりました。
すでに目的を果たしたならばVTuberでいる意味は?
その答えはすでに出ている。
だからあとは覚悟を決めるだけ。
「ねこ姉の家で引きこもり生活を始めます。お世話になるので家事ぐらいしようと思い立ちました。そこで気づきます。服を含めて生活雑貨もなにも持ってきてないと。普通なら買い出しに行くのですが、私には外に出る勇気もありません」
:家事えらい
:着の身着のまま言ってたからな
:メンタルブレイクしているし仕方ない
:大丈夫とわかっていても外に出る勇気はないよな。
「申し訳ない。そう思いながらもねこ姉に相談すると、メイド服を渡されました。その日から私はメイド服以外着ない決意をします。外に出なくていいので。家事はしますが、買い出しは通販かねこ姉にお任せです」
:おいw
:ねこグローブ先生が諸悪の根源
:なぜメイド服を持っているんでしょうね
:服がないならメイド服を着ればいいじゃない
【ねこグローブ】:一応他の服も用意してたよ
:ナース服
:チャイナ服
:ゴスロリ
【ねこグローブ】:……ラインナップは伏せます
「ねこ姉の家での生活に馴染んだ頃、知っている女性が家を訪ねてきました。マネージャーです。ねこ姉の古くからの知り合いで私も面識あります。そこで二人がVTuberの仕事をしていると知りました。ねこ姉がイラストレーターをしているのは知っていましたが、VTuberのモデリングなどもしていることは知らなかったのです」
:マネージャーとも知り合いだったのか
:ねこグローブ先生は虹色ボイスのアバターデザインをアリス以外にもやっているからな
:環境は整っていたと
:普段着メイド服の引きこもり少女とかキャラが立ち過ぎ
「ねこ姉デザインだから私の姉妹になるのでしょうか。一期生の花薄雪レナ先輩。二期生の黄楓ヴァニラ先輩。この二人の活動を中心に虹色ボイスの配信を見るようになります」
:同じママを持つ姉妹
:レナ様も歌うまいよな
:……ヴァニラか
:私以外に起こった事件ってまさか
「見るのは楽しかったです。想像以上の盛り上がり。夢中になる人の多さ。けれど同時に私は冷めてもいました。人間不信にネット不信を拗らせていましたから。私がなっても身バレして笑いものにされるだけ。どうせこの人たちもネットの悪意に晒される。そして私の予想通り事件が発生します。ロリコーン事件です」
:ロリコーン許すまじ
:マジで害悪だな
:……ネット冤罪に加担してしまった俺が言う資格ないけど荒らし誹謗中傷粘着はやめよう
「私はやっぱりとしか思いませんでした。しかもアバターと本人のイメージが違う。そんな理由で粘着です。黄楓ヴァニラ先輩の演者さんは背の高いモデルのような美人さんです。けれど可愛らしいロリボイスと見た目にギャップがありました。本人もコンプレックスにしていました。ねこ姉から聞きましたが声にコンプレックスを持っていたから本人の希望でロリっ子アバターだったそうです。それが黄楓ヴァニラ先輩が誕生した理由。それなのにコンプレックスを攻撃されて活動休止に追い込まれてしまいました」
:……コンプレックスだったのか
:粘着具合も酷かったからな
:犯人が演者の顔出し自体のアンチで黄楓ヴァニラに興味のないただ荒らし
:虹色ボイスは演者が声優やったり顔出しするから荒らしの集中攻撃受けた
:警察案件
「私は再度ネットに失望です。失望しかけたんです。けれどディスプレイに目を向けると黄楓ヴァニラ先輩への再開を望む声と『今は休んでいい』『ずっと待ってるぞ』という声援が溢れていました」
:今も待ってる
:あの甘々ボイスが聞きたくなる
:購入した甘ロリボイスを今も聞いてる
「ネットは善意と悪意が表裏一体です。数が多いから圧倒されますが、悪意だけではない。いえ悪意が目立つだけで善意の方が多いでしょう。私はネット冤罪との戦い方を見つけた気がしました。数は力です。数は権力です。白も黒にしてしまえる暴力です。けれど黒に塗り替えられたモノを白に戻すのも、また数の力ではないか。希望を見出しました」
:ロリコーン事件がきっかけか
:逆転の発想というかよくそう思えたな
:ネット冤罪を晴らすためにVTuberか
:環境があったのもあるだろうけど
:普通はどん底から這い上がるために動き出せない
:俺に社会的な死を与えたアリスの第一声が下剋上だったのが感慨深い
:まさか電車内で下剋上長文兄貴?
:いたのかw
:デビュー配信から追っかけてるヘビーリスナーだからな
「ねこ姉もマネージャーも私のアフレコ趣味とか知っていましたし、能力的には大丈夫だからと後押ししてくれました。縁故ですけどちゃんと審査もありました。アフレコや歌の音声データを提出しました。アフレコはかの新世紀な大作とデイズのアニメ全話の一人全役です」
:……それ送られたら採用だな
:縁故関係ない
:落差が酷い
:歌も上手いけどアフレコが壮絶
:採用担当トラウマ背負わなければいいけど
「そこからは皆さんが配信で知っての通りです。VTuberになった目的も果たしました。私の物語はめでたしめでたしです」
:おー
:……え
:不穏な終わり方しないで
:引退とか言うなよ
:そういう意味なの?
「大丈夫です。辞めません。ただデビュー前は目的を果たしたら辞める。もしくはねこ姉とマネージャーを裏切りたくないから続ける。その程度の浅い考えしかなかった。その先の未来のことなんて考えてなかった。過去しか見ず、後ろ向きでした。利己的な願望でVTuberになった。デビュー配信ですぐに過ちに気づいたんです。ここは楽しむ場所だ。私がいていい場所ではないと」
:仕方ないだろ
:動き出しただけで凄いよ
:ネット冤罪でメンタルブレイクしてたんだから
:辞めないって言ったよな
「目的を果たすだけならデビュー配信のときにできたと思います。同時接続者三万人。数は十分です。全てを話して。泣き喚いて。台無しにして。事務所に迷惑かけて。それでも目的は果たせたと思います。けれどできませんでした」
:確かにあのときでもできたな
:ガチ引きこもりでよく配信できたな
:泣いて喚いてか
:凄い新人出てきたとしか思わなかった
「同期生の配信でVTuberになった理由を聞きました。ちゃんと未来を見ているんです。恥ずかしくて自己嫌悪に陥りました。配信するのは楽しかった。引きこもって人間嫌悪を装っても、誰かと話すのに飢えていました。笑ってもらうのが嬉しい。思いつきで話しているように装いましたが、本番前に必死で考えて流れを作っていたんです。そこまでやったのに自分がVTuberになった理由が話せなかった。中途半端に逃げました。今じゃないと言い訳して逃げたんです」
:デビュー配信の裏側か
:そんな気持ちでやっていたとか
:アリス天才に見えて不器用そうだからな
:デビュー配信のときは最後の方の様子がおかしかったな
:歌で全て流されてた
「今日の冒頭でも筋が通らないから、収益化していないと嘘をつきました。収益化する勇気がなかっただけです。真面目ではなくただヘタレただけです。こんな中途半端なままで収益化してお金をもらえません」
:真面目過ぎる
:責任感強い方が精神的に潰れて病みやすいというけど
:俺なら喜んで即解禁してる……なんか恥ずかしくなってきた
「だから改めて決意表明します。私の少ない会話デッキの中でも一番強いカードです。一番好きな言葉。私の座右の銘。The Show Must Go On。ショーマストゴーオンです。皆さんこの言葉を知っていますか?」
:決意表明
:ショーマストゴーオン?
:聞いた覚えはある
:ショーは続けなければならない
「この言葉は色々な人が口にしています。その人の立場や信条、どんな想いを乗せているかによって意味が異なっています。だからこの言葉の意味を訳そうとすると解釈がブレるんです」
:そうなの?
:そうかも
:とりあえず引退はなさそうで安心した
:座右の銘か




