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【第2巻発売中】引きこもりVTuberは伝えたい  作者: めぐすり
第六章ーThis is my life, This is my story.ー
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第182話 世界に叛逆する暴走型駄メイドロボ胎動編

最終章の終わりの方のお話です。

 会議室の空気は重かった。


 目の前に座っているのは島村専務。

 女装しておらず、神妙な面持ちでビジネススーツを着こなしている。

 普通の姿を初めて見たかもしれない。

 もちろん普段から女装をしているわけではなく、私が見たことなかっただけだが。

 それにしても直接島村専務が出てくるとはよほど重大な事態のようだ。


 急な呼び出しだった。

 保護者同伴で虹色ボイス事務所に来てほしいと。

 今日はねこ姉も一緒だ。

 車の中ではマネージャーはあまり話さなかった。

 私ともねこ姉とも話さない。


 ただ「あとでちゃんと話すから今はついてきて。ごめんなさい……詠」とだけ言われた。

 マネージャーこと、あい姉は普段から私のことを「アリス」と呼ぶように気を付けている。

 名前で呼ばれたのは久しぶりだった。

 つまり今日の案件は真宵アリスだけではなく、結家詠にもかかわる話。

 保護者同伴の理由も結家詠にかかわることだから。

 事態の深刻さを物語っている。


 会議室の中心にいるのは私とねこ姉。

 その向かいに島村専務とマネージャーが座っている。

 でも会議室にいるのは私達だけではない。

 一期生に二期生。それにセツにゃんとリズ姉とミサキさんもいる。

 私を心配して駆けつけてくれたらしい。

 特に二期生の黄楓ヴァニラ先輩がとても怒った顔をしているのが印象的だ。

 やっぱりそういう案件なのだろう。


 島村専務が重い口を開いた。


「来てくれてありがとう。そして今回は本当に申し訳なかった。まずは頭を下げさせてくれ」


 島村専務が立ち上がり深々と頭を下げてくる。

 その横でマネージャーも頭を下げている。

 詳細はわからない。

 しかしなにが起こったのか察せられないほど、情報制限もされていない。

 私は……真宵アリスは悪質な粘着型の誹謗中傷被害を受けていた。

 虹色ボイス事務所が懸命に対応をしてくれていたのは知っている。

 最近エゴサーチしていないからわからない。

 けれど誹謗中傷が良くない事態に発展したのだろう。


 胸がキュッと締め付けられる。

 ありもしないデマ。

 根拠のない誹謗中傷。

 笑い物にするために多くの人が集まりネット上のお祭りに発展する。

 炎上という人の心と尊厳も燃やし尽くすお祭りに。

 私は一度、経験をしている。

 あのときも知らぬ間に燃やされていた。

 気づいたときにも燃え尽きた後だった。

 炎の痕跡はずっと残って、消化も再建も不可能なほどに打ちのめされた。


 だがそれは二年前の話だ。

 今は大丈夫。

 目の前には守ろうとしてくれている人達がいる。

 周りには心配して駆けつけてくれた人達もいる。

 なによりデマに惑わされずに、真宵アリスを応援し続けてくれているリスナーがいる。

 どんなに泣き叫んでも誰にも声が届かない二年前とは違うのだ。

 今の私はどんな敵とも戦える。


「それでなにが起こったのですか? 炎上ですか? 嘘八百をネットニュースでばら撒かれでもしましたか?」


「私が説明するわね」


 私の問いかけにマネージャーが応えた。

 事務所スタッフの方が私とねこ姉の前に資料を置く。

 あまりいい内容ではないのだろう黒い塗りつぶしの多い掲示板などの画像データが多い。


「まず真宵アリスの元恋人を自称して、個人情報や性的関係にあったなどのデマを垂れ流していた人物がいたのよ」


「身に覚えがありません」


「それはわかっているわ。虹色ボイス事務所はもちろん疑いもしてない。ネット上ですらバカにされていたわね。辻褄が合わないことが多すぎて。容疑者は結家詠の顔と名前は知っているだけ。あなたの人物像を全く知らないのよ。話の内容もブレブレで全体的に浅い。電車に乗れない詠の話なのに、行動範囲も広すぎる。すぐに嘘と見抜かれて話題にもならなかった」


「多くの人が私の言葉を信じてくれたのですね」


「ええ。でも容疑者は懲りずに粘着し続けた。ネット上でもヤバい奴認定されていた。悪質過ぎたし事務所としても法的措置を検討した警告を出していたわ。本人にも各まとめサイトの管理人にもね」


 問題の人物の認識から虹色ボイス事務所はかなり早く動いてくれていた。

 黄楓ヴァニラ先輩の身に降りかかったロリコーン事件。

 反省と後悔を教訓として初動が早かったのだ。

 そのことは今回の呼び出しよりも前にマネージャーから説明されていた。

 ネット上でその手の問題人物につきまとわれることはVTuberにはよくあることだから。


「いつもの通り鎮火されるはずだったんだけどね。つい先日事務所としても予想外の出来事が起こったのよ。配った資料の後半を見てもらえばわかる……とも言えないぐらいバカな話だけど。バカ過ぎて未成年の詠にはまともな資料も渡せないのよ」


「これは! ん……んー……これは一体?」


 凄く頭が痛そうなマネージャーに促されて資料を捲る。

 資料の後半に載っているのは大量の画像群。

 全体的に肌色率が多いのだろう。

 全体にモザイクがかかっているからなにもわからない。

 未成年の私に見せることができないのだからアダルトな画像なのだろう。

 内容もアレだが、画像の量が膨大過ぎて困惑しかない。

 なにが起こったのか全くわからない。


「発端は容疑者が投稿した結家詠とのベッドシーン画像だったのよ」


「そんなことしていません!」


「わかってる。一瞬で悪質なコラージュだとわかるぐらい悪質というか低質。あまりに酷いコラージュだったのよ。どこからか拾ってきたアダルト画像に無理やり結家詠の顔を張り付けただけ。おそらく追い詰められた容疑者の最後の自爆攻撃ね。それさえもお粗末なものだったけど。元のアダルト画像は鮮明なのに、結家詠の顔写真は盗撮なのか全体的にぼやけていてね。本物だと信じる人はいなかったわ。でもその画像はネット中にばら撒かれてしまった。盛大にクソコラ祭として」


 急に意味のわからないワードが飛び出してきた。


「クソコラ祭?」


「そうクソコラ祭。あまりにコラージュ画像の質が悪すぎて、頭の悪いネット住人が悪乗りしたのよ。『その子なら俺の横で寝てるぞ』って。そうして次々と低質なクソコラ画像が量産されていった」


「……バカですか?」


「バカでしょうね! 一気よ一気! 事務所が気づいたときには爆発的にクソコラが量産されていたの! 問題は低画質でぼやけていても結家詠の画像が本物だってことよ」


 想定外のバカな話に開いた口がふさがらない。

 自分の顔写真がネット上にばら撒かれる。

 アダルト画像となって誹謗中傷とデマとともに。それは想定される最悪の事態だった。

 誹謗中傷やデマを真に受けた人々が発生したという話ではない。

 あまりに質が低すぎて、ネット上の玩具にされている状態だ。

 バカ過ぎる話だが放置できることではない。

 ネット上には記録が残るのだ。

 時間が経って掘り返した人が流れを知らずに真に受ける事態も想定される。

 誰もデマを信じていなくても、クソコラ画像は消さなくてはいけない。

 自分の顔写真をコラージュの材料として、ネット上にばら撒かれている状態も気持ち悪い。


 ただしネットには『消せば増える』という因習がある。

 一度流出したクソコラ画像撲滅が可能かというと不可能。

 躍起になって消そうとすればするほど増えるのだ。

 インターネット社会の恐ろしいところだ。

 マネージャー含め虹色ボイス事務所全体が頭を抱える事態だろう。

 現状は誹謗中傷や炎上に繋がっていない。

 けれど今後どう転ぶかは誰にもわからない。

 早急に対処しなければいけないが、対処しようとすると面白がって拡散させていく。

 それがネットの住民だ。

 明らかな誹謗中傷を伴っていないからこそ、安全だと玩具にされてしまっている。


「一応、資料の最後に一番ばら撒かれているクソコラ画像が載っているわ。途中からアダルトからも離れて好き勝手やって、最終的にそこに落ち着いたみたいなの。モザイクかかっていないから、コラージュ素材にされた詠の顔写真が見れるはずよ」


「えーと……宇宙ネコ?」


 私が宇宙を背負っていた。

 他にも自分の顔をちぎり、パンを配るヒーローや機関車にもされていたが最後は宇宙ネコだった。

 画像がぼやけていても宇宙に馴染んでいた。

 それにしてもこの遠い目をした私の画像はいつの写真だろ……う?!


 ――ガタッ!


 いつの写真か特定できた瞬間、嫌悪感で怖気立った。

 全身の血が沸騰するほどの怒りが私を支配した。


「ど……どうしたの詠? なんか雰囲気がこわ――」


「――あい姉。月海先生経由の案件。スタージャムの収録がもうすぐあったよね」


「え……ええ。いつもの配信形式で歌を中心に流そうって話になっていたわね」


「それ予定変更で。全て生配信形式にしようと思う」


「え? えーと……詠さんはなにをしようとしているの?」


「掃除」


「端的な回答が怖い! なにがあったかわからないけど落ち着いて!」


 なぜかあい姉が慌てているが私はとても冷静だ。

 一瞬で最良のルート割り出せている。

 勝算はある。

 対応は早いうちがいい。

 早ければ早いほどクソコラ画像を燃やし尽くすことができる。

 そのためにはあい姉も冷静になってもらわないといけない。


「ねえ、あい姉?」


「な……なにかな」


「あい姉は私の邪魔しないよね?」


 会議室が沈黙に包まれた。

 皆が冷静になってくれたみたいだ。


「りょ……了解。今から先方にも月海先生にも話を通して、予定を変更しましょうか」


「うん」


 ♦ ♦ ♦


 真宵アリスとそのマネージャーが去った会議室はまだ凍り付いたままだった。

 放たれたプレッシャーは会議室にいた全員を呑みこんだ。

 真正面から受け止めた島村専務はゲンドウスタイルのまま固まっている。

 額に冷や汗を浮かべて、引きつった表情だ。

 立ち直りが早かったのは誹謗中傷案件の経験者ゆえか二期生の面々だった。


「心配してたけど……無用そうやな」


「さすが呑み屋の料理マスターアリスちゃん。クレーマー耐性強い」


「クレーマー耐性なのかな?」


「……なにするかわからない。ただ掃除される相手が心配になった」


 二期生の会話を聞き、一期生も大きく息を吐く。


「虹色ボイス事務所で一番怒らせてはいけないのがアリスちゃん」


「普段怒らない子が怒るとああなるんだ」


「……そういう次元の問題だったかな?」


「さすがマイシスター。私は絶対にアリスちゃんだけは怒らせない」


 そして同期である三期生の三人はというと。


「立ち上がったアリスさんの髪の毛。一瞬ブワッとなってました。ジブリみたいに」


「それってまさか……真空跳び膝蹴り?」


「……空中戦なら世界を狙える。空中戦って常識のはるか上空での戦いという意味ではなかったわよね」


「アリスさんの名乗りは世界に反逆を目論む暴走型です」


「そっか……ついに世界に反逆しちゃうのか」


 もう誰一人として真宵アリスに対する心配はしていない。

 一体なにをしでかすのか。

 そのドキドキ感でいっぱいだ。

 怖さもあるが期待感の方が大きい。

 その中でただ一人冷静に渡された資料を読み込んでいたマイペースな保護者がいた。


「……なるほど。うたちゃんが怒るわけだ。この画像はダメ」


「ねこグローブ先生はアリスさんがあんなに怒った理由が分かったんですか?」


「うん。だってこの画像は――」


 ねこグローブ先生の言葉に一同沈黙する。

 さすがにそれはないと。


お読みいただきありがとうございます。


毎日1話 朝7時頃更新です。


【創作裏話】

 ちょっとした言い訳です

 この作品を投稿したのは2021年の12月です。

 そのときから今回の最終章はできていました。


 当時はまだ「VTuberはキャラクターだろ。誹謗中傷してなにが悪い」という主張が公然とされていた時代です。

 VTuberの誹謗中傷に対する有罪判決が出る前。

 大手事務所のにじホロ運営が訴訟などを準備した本格的に誹謗中傷対策に乗り出す前です。

 今も問題ありますけれど、当時はもっと酷かったのです。

 時代はいい方向に向かっていますね。


 なにが主張したいかというとこの作品はVTuberへのネットの誹謗中傷が一番酷い時期に想定していたのです。

 今だったもっとスムーズな解決方法があったかもしれないけれど、本作は真宵アリスが力業で解決します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最近はネット上での誹謗中傷への対策も充実してきましたが少し前までは無法地帯でしたもんね。 いよいよ始まるアリスによる蹂躙劇。アリスのクソコラ祭への参加希望者は社会的な死を覚悟せよ。
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