第173話 真宵の桜色配信①-遺書を読み上げます-
真宵アリスと桜色セツナの真面目なオフコラボ配信回が始まりました。
虹色ボイス三期生の連続ペアコラボ配信も第五弾。
この日の配信を多くのリスナーが戦々恐々としていた。
生配信ではなく収録済みの内容。
無事配信されると聞いて胸を撫で下ろしたリスナーも多くいただろう。
スキャンダルは起こらなかったのだと。
真宵アリスと桜色セツナのお泊りオフコラボ。
この発表がなされたとき、両者の身の安全が危惧された。
桜色セツナに対して妙に無防備な真宵アリスは貞操の心配をされた。
真宵アリスに傾倒している桜色セツナは『気をしっかり持て』『理性を保て』『心臓が持つのか』など戦地に赴くかの如く様々な激励をリスナーからもらっていた。
日頃からどのように思われているのか明らかだろう。
そして配信は冒頭からその期待を裏切らないスタートを切った。
桜色セツナ:「皆様おはようございます。桜色に輝く今を大切にしたい桜色セツナです。昨日いつ寝たのか覚えていません。寝てないのかもしれません。記憶がないのでたぶん寝たと思います。なにせ体調は万全ですから」
冒頭の挨拶は桜色セツナ一人だった。
しかもこもった小さな声で捲し立てている。
内容は不穏だがいつものことなので気にしてはいけない。
桜色セツナ:「今日はアリスさん。虹色ボイス三期生真宵アリスさんの家にお泊りですよ。お泊りなんです。この企画が通ると思ってませんでした。でもアリスさんがあっさり『いいよ』と言ってくれたので通った企画です。さすがアリスさんです。虹色ボイス事務所としても予想外だったのか企画内容は一切なし。私たちに丸投げです。もちろん編集はしますよ。でも本当にノープラン。完全にプライベートです。なぜか撮れ高の心配はされませんでした。ただ私にだけ『自分を保て』と念押ししてきましたが」
完全オフのプライベート企画だ。
それなのに事務所もリスナーも波乱が起きると信じて疑わない。
積み重ねた信頼の賜物である。
桜色セツナ:「あっ……ちなみにまだアリスさんの家ではありません。恐れ多くて行けません。アリスさんとの合流もまだです。今はアリスさん家のドアの前です。気を落ち着かせるために遺書を読み上げますね。昨日の深夜に私が書いたモノみたいです。内容はよく覚えていません。ただちゃんと封筒入りで筆ペンで書いてます」
冒頭から遺書を読み上げるプライベートなオフコラボとは一体なにか。
オフコラボなのに合流前から桜色セツナが一人でしゃべり続けている状況に、リスナーは混乱を隠せない。
自分で書いた遺書を自分で読み上げる謎のセツにゃんワールドに呑まれていく。
桜色セツナ:「……ん? まあいいや」
『わが生涯に一片の悔いなし! これが読まれるときには私はもうこの世にいないでしょう』
桜色セツナ:「……遺書の書き方とか知らないですけど、冒頭からダメダメですね。あと自分で読み始めてしまいました。では続きを」
『思えば幸せな一年でした。死んだ場所はアリスさん家でしょうか? それとも幸せ過ぎて事故にでもあったのでしょうか? どんな場合でも私は幸せの絶頂の中で死んだのでしょう。後悔はありません』
桜色セツナ:「嘘を書いてますね。さすがにアリスさんの家にたどり着く前に死ぬのは後悔しま……あっ……ちゃんと続きに書いてあります」
『いいえ嘘です! さすがにアリスさんの家にたどり着くまでは死ねません。ゾンビと化してでもたどり着いているはずです』
桜色セツナ:「凄く迷惑ですね」
『アリスさんにバイオハザードされるならば本望! いざ逝かん! アリスさんの家に! なお私が死んだ場合、全て私の責任です。心臓が爆発したのでしょう。過酷な企画ですが自己責任。虹色ボイス事務所に責任はなく、ましてや真宵アリスさんは完全に被害者であることををここに明記しておきます』
桜色セツナ:「よし。ちゃんと必要なことは書けてました。昨日の私は偉い。ではそろそろインターホンを鳴らしますね。でもその前に手のひらに『アリスさん』と三回書いて――」
――ガチャッ!
真宵アリス「…………なにしているのセツにゃん?」
桜色セツナ:「あっ! アリスさん。本日はお日柄も良く夜分遅くに申し訳ありません」
真宵アリスが小さく開けたドアの隙間から顔を覗かせたイメージアニメーションが流れている。
実際にこんな光景だったのだろう。
真宵アリス「今は夜だけど夜分は遅くないし、謝るところはそこじゃない」
桜色セツナ:「そうですね。私としたことが菓子折りを忘れていました。痛恨のミスです。今から買ってきます」
真宵アリス「それも違う。セツにゃんが菓子折りを持ってきてないのは事前に私が断ったからだし。お菓子とかは私が準備するからって連絡したよね」
桜色セツナ:「……そうでした。お泊りオフコラボに気が動転していて」
真宵アリス「それはよくわかる。私も玄関前で急に遺書を読み上げられると思わなかったから対応が遅れた」
桜色セツナ:「あっ! 待たせてしまいましたか? ごめんなさい」
真宵アリス「とりあえず入って。ずっと玄関前で騒ぐのはマナー違反だし。それにその遺書はシュレッダーにかけるから」
桜色セツナ:「この遺書をシュレッダーにかけるんですか?」
真宵アリス「私も遺書をシュレッダーにかけるのは初めてだけど、その遺書はシュレッダーで処分しないといけない気がした」
桜色セツナ:「……そうですか。私が初めて書いた遺書をですけどアリスさんに処分されるならば本望でしょうね」
真宵アリス「それじゃあセツにゃん我が家にようこそ」
桜色セツナ:「お邪魔します。はい私の遺書です」
真宵アリス「うん」
――ジィーーーーーーーー。
遺書がシュレッダーにかけられる音が配信に流れる。
これで桜色セツナは尊死しない。
死亡フラグを回避するために必要な音色だった。
:…………
:……………………
:………………………………いや冒頭からなにを見せられたんだ?
:腹痛い
:セツにゃんがさすが過ぎてwww
:斜め上に吹っ飛んだな
:冒頭から遺書を読み上げるのは予想してなかった
:予想できるか!
:さすがのアリスも対応が遅れたな
:むしろ着地を成功させたのがおかしい
:玄関前で遺書を読み上げる奴を家に上げる懐の深さよ
:えーと……マジで仕込みなしの完全プライベートでこれ?
:ぶっ飛んでるな
:冒頭からノーカットで撮れ高しかなかった
:本日の二人の初めて『遺書を書く』『遺書を読み上げる』『玄関前で遺書を読み上げられる』『遺書をシュレッダーにかける』
:……なに一つ経験したことねーわ
:それを配信で聞かされる身にもなってくれ
:シュレッダーの音に電車内でずっと笑いが止まらなくなったが隣の奴も似たような感じだったので旧来の親友を装って難局を潜り抜けた……名も知らぬ同胞よそばにいてくれてありがとう
:うっす
:お前ら同じ車両の隣の席で同じ動画見てんの!?
:いい加減名前と連絡先交換しろよ!
:それにしてもアリスはついに遺書までシュレッダーにかけたか
:離婚届が先だと思ってた
:いや……別に真宵アリスはシュレッダー芸で売っているわけじゃないからな
真面目ですよね?
お読みいただきありがとうございます。
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