第156話 思い出作り生配信③-夢に向かって今すぐ走り出せ-
『引きこもりVTuberは伝えたい』第2巻
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明確な夢を抱き、叶えようとする人はそれだけで尊敬できる。
一つの夢をひたむきに追いかけるその姿はいつだって人を感動させる。
フィクション作品の主人公に多い共通点だ。
私が暗い部屋で一人アニメのアフレコを始めたのもそんな主人公が眩しかったから。
突き動かされるような衝動に憧れた。
私もそんな衝動に駆られてみたかった。
結局はそんな衝動は湧かなかったが、演じている最中は夢にひたむきな主人公になれた。
「夢に向かって今すぐに走り出せ!」
……これは主人公の言葉だ。
自分で目標を定めて、そのために努力して、本当に叶えてしまう。
一期生の先輩方のような強い人の言葉だ。
なに一つ間違っていない。
でも私には立派すぎて響かない。羨望を抱くことしかできない理想の言葉。
こんな立派な人になりたいと、ずっと憧れを抱き続けるだろう。
私からはとても遠い。
でも今この配信の主人公は私だ。
だから主人公として、全力でリスナーに届けなければいけない。
自信満々な笑顔を浮かべて。高らかに。
「あなたに確かな夢があるのならば、すぐに行動を始めてください。高校を辞めて専門学校や養成所に行けという極端な話ではありません。むしろ特殊な事情もなく、高校を辞めないでください。まずは今いる環境で全力を尽くしてください。今のあなたを育んだ環境を大切にしてください。あなたの原点。あなただけの経験。あなただけの記憶が詰まってます」
自信なく伝聞形式で語ってしまうと、せっかくの気高い理想が空しく聞こえてしまう。
説得力がなくなる。
頭に思い浮かべるのは一期生の白詰ミワ先輩の姿。
ミワ先輩が噛み砕いて語ってくれたから、私もなりきることができる。
「専門学校や養成所は夢を叶えるための有力な手段の一つです。……でもただの手段でしかありません。背水の陣を敷くために用いないでください。自分の逃げ道を塞いで、決意表明するより、余裕のある環境で準備を調えましょう。最初の第一歩は、高校に通いながらでもできます。ランニングを始める。カラオケで歌いこむ。まず好きなキャラクターを模写する。基礎的なトレーニングはどこでもできるんです。ゲームを作ることも、演技の勉強をすることもできるんです」
高校生は多くの人が体験する貴重な時間だ。
辞めてしまうとその経験を他者と共有できない。そのデメリットは大きい。
私は数か月だけでも高校に通えたことをよかったと思っている。
記憶の中心に女子の制服を着たゴリラがいたとしてもだ。
あの挫折と失敗を経験しなければ今の私はない。
他の人が当たり前のようにできていることが、私には難しかった。
失敗から悟ることができたことを誇りに思う。
なにもせず『自分には向かないから』で諦めなかったから話のネタにもできる。
劣等感さえも糧にして私はVTuberになったのだから。
「夢に向かうための一歩は今の生活の中で始めてください。私の周りにはクリエイターの人が多いです。内容に偏りがあるかもしれません。一期生の先輩方は声優になるために幼いことから習い事をしていました。虹色ボイス事務所のスタッフには高校時代からゲームを作っていた人もいます。イラストを描いていた人もいます。元アニメーターや漫画のアシスタントをしていた人もいます。多くの人が今すぐ自分で始められるところから始めました。卒業などの転機も待ちません。能動的に自分にできることから始めて、結果として今の仕事についたんです」
言い切った。主人公モードはおしまい。
声のトーンを落として、いつものダウナーな自分に戻る。
その落差で理想がより輝くように。あえて自分をさらけ出す。
「……凄いですよね。偉いです。憧れてしまいます。これは一期生の白詰ミワ先輩の言葉です。私の言葉ではない。私には立派すぎて響かなかったですから。私から遠い言葉に聞こえてしまって。でも凄く憧れています。これが理想なのだと信じています。あっ……ちゃんと配信で話すことはミワ先輩の許可をもらってますよ」
:明確に夢を抱けている人向け
:この時点でハードルたけー
:でも大切だよな
:夢に向かって走り出せ!
:今の環境を大切に
:いきなり専門学校に行ってもプロになれるわけじゃないからな
:結局は積み重ね
:自分の逃げ道を塞ぐなはマジ
:余裕ないと育たないし成長できないからな
:本当にできるやつは余裕あるときに自分から始めている
:転機を待つなは大事
:自由な時間があるならできることはマジで多いな
:今はネット社会だし
:アリスも憧れるのか
:ミワちゃんか
:やっぱミワちゃん凄いな
:ガチの努力家だから
:私の言葉ではないと認められるところが好き
:確かに理想だな
「次はまだ夢を抱けていない人に向けて。該当する人は一番多いと思います。私の周りにも該当者がいっぱいいました。過去形も多いですけど」
昔から子役をやっていたセツにゃん。
今ではイラストレータをしているねこ姉。
それにマネージャーも。
明確な夢を抱いていたわけではなかったらしい。
もちろん今は抱けているが明確な将来像はなかった。
でも好きなことには正直だった。
「まずは自分の好きを見つけてください。興味を持ってください。楽しいを実感して『これが私だ』と強く認識してください。自分を認識しなければ夢を抱けません。理想の自分を描くことで一歩を踏み出せます」
これはセツにゃんから教えられたこと。
スランプに陥ったときに救ってくれた光だ。
「自分は将来なにになりたいか。その仕事で暮らしていけるのか。そんな難しいことを考える必要はありません。自分がなにをしたいかが大切です。別に仕事にしなくてもかまいません。ずっと趣味で続けてもいい。自分の好きを主張できることは素晴らしいことです。自分を見失って迷子になる。毎日を惰性で生きることはつらいですよ」
つらかった。
自分がわからないまま迷子になった。追い詰められて引きこもった。そんな日々は本当につらい。
そこまで自分を追い詰められないために言葉を紡ぐ。
「身近な例になりますが、ねこ姉と私のマネージャーが該当します。二人はコスプレイヤーをしてました。将来のことは考えてなかったらしいです。好きだからやっていた。マネージャーは好きな業界を支える裏方に回って今の仕事につきました。少しでも好きに関連する仕事をしたかったから」
好きは生きるための活力だ。
好きを失えばこの世界も自分のことも嫌いになる。
時間に余裕のある安定した仕事について、趣味として続けてもいい。
また趣味が高じて仕事になるケースもある。
「ねこ姉はイラストレーターとして活躍していますが、元々はアパレル系を目指していました。デザイナーです。狭き門ですね。今の仕事に落ち着いたのはコスプレイヤーの経験からです。服を自作する。ねこ姉はパターン。型紙から自分で作れます。でもコスプレはイラストから衣装を起こす。そのため立体縫製が向いていることも多い。そこでイラストが描けたねこ姉は立体縫製を学ぶために3Dモデルを勉強したらしいです。始まりは全てコスプレのため。趣味で技術を磨いた。結果として3Dモデルに強いイラストレーターとして、今の仕事についています」
ねこ姉から直接聞いた話だ。
虹色ボイス事務所の仕事が多いのはマネージャー経由だが、ちょうど虹色ボイス事務所が求める人材だったのが大きい。
ちゃんとイラストがかける。
3Dモデルが作れる。
コスプレイヤーの経験から、実際に起こしたときに姿がわかる。
動かしたときの映える見せ方を知っているから、考慮されたデザインを描ける。
だから売れっ子になれた。
どれだけ絵が上手くても売れるのは厳しい世界だ。
目に留まることが難しい。
元はポーズを決める側。見られる側の経験がある。
コスプレイヤーをやっていた強みが3Dモデルに活きている。強みがある。
イラストのみと向き合っていたら、考え方が平面的になっていたのかもしれない。
実際に動いている姿や見られ方までの想像力は養われなかっただろう。
「好きという気持ちを心に刻み込んでください。衝動に身を任せて、行動してください。趣味を極めようと培った技術は大切にしてください。生きがいにするか、仕事に転用するかは本人次第です。ただ好きを自覚することは生きる活力になります」
:なにをやりたいの? という質問が一番困る
:好きを見つけるか
:VTuber関連?
:自分がやっていて楽しいことね
:それは将来の役に立つのかという考えが未来を潰す
:無個性になるよりマシ
:趣味に熱中している人が一番幸せに見える
:でも金を稼ぐのは大事だろ
:生きがいがないと金持ちでも幸せそうじゃない
:金なくても生きがいがある人は明るい気がする
:趣味に金をつぎ込める金持ちが一番幸せだろうな
:自分の好きを主張できることは素晴らしい
:セツにゃん褒められた!
:セツにゃんwww
:毎日を惰性で生きることはつらいはわかりみ深い
:好きなことの裏方か
:ねこグローブ先生そうだったのか
:立体縫製を学ぶために3Dモデルを勉強
:ぶっ飛んでるけど理にかなっている……のか?
:奥行の感じられる画風だから空間把握能力は高いんだろうな
:まずやってみることが大切
:好きが生きる活力になる
:推しは推せるときに推せと言うからな
:たとえ刹那的でもそのときは幸せでずっと覚えてる
:オンラインゲームとかにも言えるな……ただのデータなのに仲間とレイドボスに挑み勝った感動は一生忘れない
:違うクラスですがとりあえず連絡先交換しました
:今度うちの学校で他にも好きそうな奴を集めて虹色ボイスのイベントに行こうと思います
:おっ! また名前の知らない戦友が増えそうだな
:現地で会えたら歓迎するぞ
「最後は自分を見失い迷子になった人向けです。無為な日常に圧し潰されて息苦しい。なにをすればいいのかわからない。不安と恐怖に襲われて叫びたくなる。なにより自分のことが嫌い。ここまで追い詰められないように、好きなことを見つけてストレス解消しましょうね。……昔の私のことですけど」
お読みいただきありがとうございます。
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