第151話 禊の吞み会前編-宇宙に夢を見る呑んだくれ-
『引きこもりVTuberは伝えたい』第2巻
電撃の新文芸から好評発売中!
まだ内容が明かされていない禊の対象も残すは二人。
翠仙キツネと紅カレンだ。
二期生の間に上下関係はない。
全員が主犯格。
けれど誰が特に禊の必要性があるか問われれば、まとめ役の翠仙キツネと行動力ある呑んだくれの紅カレンの二人だろう。
竜胆スズカ:「よし! 気を取り直して、次の禊を発表しよう。……と言いたいところだけど」
胡蝶ユイ:「キツネちゃんとカレンちゃんの禊は今から開始です」
翠仙キツネ:「今から!?」
竜胆スズカ:「キツネちゃんは前からミワちゃんにお世話になっていたよね」
翠仙キツネ:「まあ……ウチがダメになっていた時期も含めて、色々目をかけてもらっているし」
黄楓ヴァニラ:「キツネは同期にも不愛想な時期があったからね。なにかある度にミワ先輩のお世話になっていたような」
翠仙キツネ:「あの頃のことは謝ったやん」
胡蝶ユイ:「うんうん色々あったよね。ミワちゃんは真面目だから、つい過干渉気味になっちゃったし。キツネちゃんも反抗期に入っちゃって」
竜胆スズカ:「キツネちゃんは露骨にミワちゃんを避けていた時期あったでしょ。あのときミワちゃんも『キツネちゃんに嫌われてる』って落ち込んでいたからね」
翠仙キツネ:「うっ……嫌ってはないですよ。ただ申し訳なさ過ぎて、会わす顔がなかっただけで」
胡蝶ユイ:「それが今では立派になって。実は休憩時間に『二期生はもう大丈夫だね。本当に良かった』ってミワちゃんが嬉しそうに語っていてさ」
翠仙キツネ:「ミワ先輩が嬉しそうに」
竜胆スズカ:「その直後に私達を騙し討ちするようなライブだったでしょ。ミワちゃんがやさぐれちゃったんだよね」
翠仙キツネ:「そ……そうですか」
胡蝶ユイ:「そんなわけでキツネちゃんの禊はミワちゃんを慰めること!」
竜胆スズカ:「ちなみにミワちゃんは割と絡み酒だからね。普段は深酒しないけど、今日は吞むらしいから」
:ミワちゃんとキツネが?
:この二人のコラボ配信とか見た記憶ないな
:委員長と不良的な
:なるほど
:確かにキツネは不愛想だった時期あったな
:初期は一人だけ配信慣れしてない感じ
:ゲーム企画以外では他とコラボもしないし
:そうだったんだ……今のツネちゃんしか知らなかった
:それが今では陽気な二期生のリーダーでツッコミ役だからな
:成長したな
:ミワちゃんが嬉しそうにしていた……直後にあのライブか
:そりゃあやさぐれるwww
:ツネ責任取れ!
:絡み酒www
紅カレン:「私は?」
竜胆スズカ:「カレンちゃんは二週間の断酒」
紅カレン:「………………え?」
胡蝶ユイ:「今日の呑み比べ勝負に負けたらね。さすがに後夜祭から断酒とかしないよ」
紅カレン:「ぐす……よかった……よかったよ」
竜胆スズカ:「泣くほど断酒が嫌なの!?」
紅カレン:「呑み比べの相手は誰なんですか? 勝てば断酒しなくていいんですよね!?」
竜胆スズカ:「蘇るの早いな……いいけど別に。そろそろあっちもウォーミングアップ終わっている時間だね。呑み会の席に着こうか。料理も運ばれているよ」
八人のアバターが移動し、場面が宴会場に切り替わる。
宴会場には並べられた料理と、すでに着席している白詰ミワと花薄雪レナ。
やさぐれている。
その言葉通り、白詰ミワは顔を真っ赤にしてうなだれていた。
対照的に花薄雪レナはいつもと変わらない。
淡々とグラスに入った透明な液体を飲み干していく。
すでにお酒にも料理にも手を付けている。
いつもならば紅カレンが「あーーーっ! 先に始めてる!」などと騒ぎ立てただろう。
呑み会だ。
本能で突撃していく。
実際に紅カレンの足は動いた。口も開きかけた。けれど止まった。
テーブルに置かれた『紅華恋』の空き瓶を見て。
あのライブが行われてから、あまり時間は経ってない。
先ほどの禊の発表も十分ほどだ。
着席しているのもたったの二人。
それなのに未開封だったはずの一升瓶が空になっていた。
『祭』の文字が黄金に輝いているので、紅カレンが自らフィナーレライブに持ち込んだ一升瓶で間違いない。
無意識のうちに紅カレンの足は後ずさる。
翠仙キツネ:「カレン?」
紅カレン:「ツネちゃん……私ダメかも」
翠仙キツネ:「どうしたんや一体!?」
紅カレン:「私はお酒を呑めない人に、無理やり呑ませるのはダメだと思っている。もちろん限界を超えて呑ませることもマナー違反。アルコールハラスメントは絶対にダメ」
翠仙キツネ:「お、おう。せやな」
紅カレン:「アルハラしたくないから私は目を養った。この人は呑める体質か? あとどれだけ呑める? この人は下戸だから呑ませてはダメ。呑み会での戦闘力を数値化できる能力を得たの。私はこの呑んだくれスカウターに絶対の自信を持って生きてきた。今このときまで」
翠仙キツネ:「……相変わらずさらりと人間辞めてるな」
紅カレン:「自惚れだね。昨日まで……ううん、あのライブのときも、私はレナ先輩を下戸だと思い込んでいた。……いや思い込まされていたのかな」
翠仙キツネ:「レナ先輩? 確かに集まりがあってもウーロン茶を飲んでいるイメージあんな。そういう意味では酒を呑んでいるのはレアか」
紅カレン:「ははは……戦闘力に隔絶した差があると、相手の強さを感じ取ることさえできないんだね。私より呑む人に出会ったことはある。自分が一番呑めるなんて傲慢な思い込みをしたことはない。でも呑んだくれとして……ここまで絶望的な格の違いを見せつけられたのは初めてだ」
翠仙キツネ:「えっ!? レナ先輩ってそんなに呑めるん?」
紅カレン:「あの『紅華恋』の一升瓶。呑んだのはほとんどレナ先輩だよ。これから私と呑み比べするのに、一升瓶一つ分のハンデはくれてやる。私に対する露骨な宣戦布告。レナ先輩のグラスを見れば、これぐらいすぐわかるでしょ」
翠仙キツネ:「わからんわ! ミワ先輩の方が酔っているから、あんなに呑んで大丈夫か心配してたのに」
紅カレン:「ミワ先輩は顔に出やすいだけで、まだ一杯しか呑んでないよ。酔っているように見えるだけ。ミワ先輩もなかなかお酒に強いから、あそこからまだまだ呑める。レナ先輩に至ってはほぼ一人で一升瓶を空けたはずなのに、素面と変わらない。ほんの欠片も酔ってない。ザル? ウワバミ? ううん……あれはブラックホールだよ」
胡蝶ユイ:「……カレンちゃんのお酒の分析力は凄いね。大体合ってる。うちの事務所全体で一番お酒に強いのはたぶんレナ様だから。強いというか酔えない体質? 酔ったことがないから、どれだけ呑めるかも知らないらしいし」
:紅カレンが断酒!?
:泣いたwww
:紅カレンと吞み比べ勝負って誰が?
:ようやく呑み会開始か
:ん?
:……えっ?
:ミワちゃんとレナ様がすでに呑んでる
:紅華恋が空いてね?
:一升瓶を二人で空けたのか
:どれだけ呑んでいるんだよ
:紅カレンの様子がおかしい
:アルハラはダメだな
:吞んだくれスカウターwww
:本当に人間やめた吞んだくれだな
:だから飲酒配信でも引き際上手いのか
:割と役に立つ能力で草
:レナ様って飲酒するの?
:イメージない
:はあ? ほぼ一人で一升瓶空けた?
:ブラックホール……ヤバい……理解できない
:まさかの虹色ボイス事務所最強の酒呑みがレナ様か
:そんなレナ様と呑み比べ勝負
:カレンの様子からするとまさかの断酒決定?
紅カレン:「ねえ……ツネちゃん聞いて。ミワ先輩は耐久型。酔ってからが長くて潰れない。でも二時間くらいで唐突に眠くなるタイプだと思う。それまで耐えればツネちゃんは今日を生き残れるよ」
翠仙キツネ:「なんやカレン。急に生き残れるとか」
紅カレン:「私はたぶん……。二週間は長いね。その頃の私は本当に今の私と同じかな?」
翠仙キツネ:「どうしたんや。負ける前提なんてカレンらしくないやろ」
紅カレン:「ふふふ……今は逃げずに立ち向かおうとする勇気を褒めてほしい」
翠仙キツネ:「アホか。褒めるもなにも勝負は呑み比べや。どんだけ不利でも、カレンがお酒から逃げるはずがないやん。ウチの知ってる紅カレンはいつもまっすぐお酒に命をかけている。そんな呑んだくれやからな」
紅カレン:「そうだね……それが私だ。でも見返りは欲しいかな。ツネちゃん二人で行った海外旅行を覚えている? 視界一杯にどこまでも続く葡萄畑。いつか二人でワイナリーを経営するのもいいかもね。そんな夢を語り合ったあの日の約束を」
翠仙キツネ:「カレン……お前……それは」
紅カレン:「私はもう叶えられそうにない。だけどいつかツネちゃんのワイナリーのワインを呑みたいな。呑むために……私は。よし……私はレナ様と勝負してくる。お酒から逃げないために」
翠仙キツネ:「なにを弱気になっとんねん馬鹿野郎! 約束……約束って! ウチら一緒に海外旅行したことないやん!」
竜胆スズカ・胡蝶ユイ:「「えっ!?」」
翠仙キツネ:「海外に行くぐらいなら、その旅費で海外の酒を買い漁るのがカレンやろ。よく行くんのは国内の温泉旅行やし。『いつか熱燗の湧き出る温泉を掘り当てるんだ』みたいな夢は聞いたことある。あの時は言わんかったけど、アルコールは常温でも揮発しやすいから熱燗の温泉は存在せえへんからな!」
紅カレン:「熱燗の温泉は存在するもん! 地球から石油が産出されるように、星々を巡ればきっとあるもん! イスカンダルには源泉かけ流しの熱燗が待っているんだもん!」
翠仙キツネ:「イスカンダル!? まさか海外を飛び越えて、宇宙に夢を見とったんか!」
紅カレン:「当たり前じゃない! この広大な宇宙には絶対にお酒の惑星もある! 私はそう信じてる!」
翠仙キツネ:「カレン……お前そんな純真無垢な瞳で。本気で……本気で信じているやな。はっ! そんな壮大な夢があるんやったら大丈夫や。カレンはカレンのまま変わらへん。ワイナリーはないけど、断酒期間が明けたら一緒にワイン呑もな。前に通販で買ったミステリーボックスの銘柄がわからん奴やけど」
紅カレン:「やった。六個入りのチーズを三段重ねで持っていく」
竜胆スズカ:「あの流れで海外旅行からワイナリーのくだりが全てが妄想だったの!? そのうえ本当に語り合った夢は宇宙戦艦スケール……源泉かけ流しの熱燗ってなに!? 私達はいつからコントが始まってないと錯覚させられていた!?」
胡蝶ユイ:「……なんでキツネちゃんはカレンちゃんのトークについていけるんだろ? 吞んだくれスカウターは本当なのかな?」
碧衣リン:「吞んだくれスカウターは、キツネがツッコミを入れていないから本当。源泉かけ流しの熱燗の夢もツッコミがないから、カレンは本気で信じている。カレンの話はキツネのツッコミで判断すれば大体わかる。カレンがボケで言っているときはキツネのツッコミで訂正されるから」
黄楓ヴァニラ:「私も以前はわからなかったんですよね。リンちゃんのボケがわざとか天然かも判別できなかった。カレンの虚実入り混じるアドリブトークの処理の仕方もわからなかった。仲間を活かすために必要なツッコミの修練が足りない。だから私は二期生のリーダーもツッコミ役も降りたんです。最近はキツネのおかげで、少しわかるようになりましたけど」
七海ミサキ:「カレン先輩の話はキツネ先輩のツッコミで判別するものなんだ……。リズ姉は大丈夫?」
リズ姉:「ぶはは……ごめんミサキさんぷっ……生配信中だし、笑い声漏れしないようにちょっと胸貸して」
七海ミサキ:「はいはい」
竜胆スズカ:「……私もよくネタに走るほうだけど、虹色ボイス事務所はいつからお笑い養成所になったんだろ?」
胡蝶ユイ:「二期生は本当に成長したね……笑いの方向に」
:呑んで二時間くらい経つと唐突に眠くなるあるある
:カレン……まさか生死に関わるのか
:もう断酒を考えてやがる
:それほどレナ様はお酒に強いなのか
:海外でワイナリーか……いいな
:夢を語り合う仲
:死亡フラグを立てやがって
:クソ……たかが呑み比べ勝負と二週間断酒なのに泣かせに来るなよ
:カレン……お前死ぬのか
:海外旅行に行ってないんかーい!
:その旅費で海外の酒を買い漁るwww
:海外旅行に行かない理由に説得力があり過ぎてワロタ
:国内温泉旅行は行くのか
:温泉で呑む酒は格別だからしゃーない
:源泉かけ流しの熱燗www
:星々を巡る宇宙スケールの呑んだくれ
:イスカンダルになにを求めているんだこいつw
:確かに他の惑星ならないとも言い切れない
:たぶん「断酒させられる。明けたらツネちゃん持ちでワイン奢って」「それぐらいならええよ」だけの会話でなぜこの二人はここまで盛り上がれるのか
:ワインとチーズのチョイスに日常感あるな
:百戦錬磨の一期生すら困惑の会話w
:いつの間にか即興コントが始まっていた
:二期生の配信だといつものことだな
:やっぱり紅狐は実在してたんだろ……ネタ合わせなしにこれとか
:本人達が否定したのに毎回蒸し返される紅狐説
:キツネのツッコミが判別方法なのかよw
:ボケ発見器かな?
:ヴァニラは悪くない……ツッコミもまとめ役も頑張ってたよ
:キツネを含め二期生に特殊なメンバーが集まっていただけだな
:リズ姉はいつものごとく腹筋崩壊か
:本当に二期生はお笑いに特化だな
お読みいただきありがとうございます。
毎日1話 朝7時頃更新です。




