第142話 休憩時間の裏話②-胸を張って夢を語れない組-
『引きこもりVTuberは伝えたい』第2巻
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糖分を補給しているにも関わらず、キツネ先輩の疲労感が増した気がする。
解せぬ。
キツネ先輩は一度頭を抱えたあと、盛大にため息をつく。
「はぁ……ウチはなにやっとんのやろ……」
「さっき私に話があるって言ってました」
「せやねん……ウチはアリスちゃんに先輩面しに来たんや」
「先輩面ですか?」
「実は前からアリスちゃんに話したいことがあったんよ。お礼とか謝罪……いや懺悔か? でもヴァニラに『ただの迷惑。自己満行為条例違反だからやめなさい』と怒られたからな」
「迷惑で……自己満行為条例違反?」
「それはおいおいで。ウチには特別アリスちゃんに恩義と負い目があるわけよ。それと仲間意識もな。だから恩返ししたい。でもウチがアリスちゃんにしてやれるんは、一年ほど長いだけの経験談と先輩面だけや」
そんなことはないと思う。
特にツッコミ。
早さはもちろんだが、相手のボケを正確に拾い、解釈を誤らない頭の回転の早さは職人芸だと、常々尊敬させてもらっている。
あのテンポの早い二期生の会話をまとめることはキツネ先輩以外では無理だろう。
一期生にもできない。
習得できるならば習ってみたい。
キツネ先輩はヨシッと気合いを入れて、缶コーヒーをクビッと飲み……甘さに顔しかめた。
「うわっ……まだ半分以上残ってる。……やなかった。さっきFPSゲーム中の映像を皆で見返していてな。配信に流れなかったカメラに、アリスちゃんが困り顔でペンライトのスイッチをカチカチしている映像を発見したんや」
「発見されちゃいましたか」
「されちゃったな。本当ならトラブル発生時は配信中でもゲームを中断しなあかんよ。今回は電池切れやった。けれどセツナちゃんが心配していたように、怪我の可能性もあるわけや。ちゃんと報告しなあかん。結果的に大丈夫やった。配信は成功した。それでは済まんこともあるからな」
「あ……も、申し訳ありませんでした!」
疲れていた。バタバタしていた。そこまで頭が回らなかった。
しかし、それは関係ない。
自分一人では対処できないからこそ報連相だ
それに例え余裕がある状況でも、私が自己申告してゲームを中断したとは思えない。
一人で思い悩んで同じことを繰り返していただろう。
自分のせいで配信が止まってしまわないように。
自分の行動が周りに迷惑をかける。
キツネ先輩に指摘されるまで、そのことに思い至っていなかったのがその証だ。
「心に留めてくれたら謝らんでええよ。一応注意として偉そうなことを言っただけやし。それに今回は全面的ウチらとスタッフが悪い。アリスちゃんは悪ない。ずっと単独行動やったやろ。一人チームやのにハンデまで負わされてな。そりゃあ声を上げにくいわ」
「そんなことは――」
「――あるんよ。不測の事態に備えた安全性の配慮を怠っていた。だからさっきまで皆で反省会もしててん。アリスちゃんにゲーム中に会話するチームメイトが一人でもおればよかった。トラブルにもすぐ気づいたはずや。ゲームに参加せんでもリズ姉をセコンドにつけるべきやった」
反省会まで開いてくれていたらしい。
私の知らないうちに大事になっていた。
「今回はそういう体制を作れてなかった。一人きりの状況に追い込んで無理させた。そやからウチらとスタッフが悪い。ごめんな。そして今後は遠慮なく言ってほしい。あと最後に『だるーん』は良かったで。疲れていることをちゃんと言ってくれて助かった。これからも無理なことは無理って教えてな。……つーことを伝えたかっただけやねん」
報連相を怠ったのは私だ。
キツネ先輩はわざわざ憎まれ役を買って出てくれたのだろう。
そのうえ今もフォローまでさせてしまっている。
自分が情けなくて落ち込む。
他人と上手く協調して活動するための経験値が足りない。
「また自分を責めているやろ。周りに負い目がある。だから自罰的になる。配信でも周りに頼らず一人で成果を出そうと無理してしまう。ウチにも覚えがあるわ。腐ってしまった頃のウチよりも数段マシ。いや比べるのもおこがましい。雲泥の差。月とスッポンや。後輩が優秀過ぎて涙が出てくる」
泣き真似をするキツネ先輩の言葉が引っかかる。
腐ってしまった?
虹色ボイス事務所では希少なゲーム枠がキツネ先輩だ。
ソロ配信や案件はもちろん、ゲーム関連では他のメンバーのフォローも担っていたと聞いている。
私は再始動前の二期生について詳しいわけではない。
ロリコーン事件については調べたが知らないこともあるだろう。
「だけどアリスちゃんはもっと周りに頼ることを覚えた方がええよ。これは似た境遇で、近い心理状態に陥ったことのある先輩からの助言や。一人で対処しようとして、自分で自分を追い込む。するといつか限界が来てしまう。皆一人やと弱いからな。だから普段から周りに助けを呼ぶ訓練が大事や。それができて初めて一人前。仲間に助けを求められへん奴はいつまで経っても半人前や。……よし! やっと先輩らしいことを言えたな」
「……助けを呼べて初めて一人前。助けを呼べない人はいつまでも半人前」
そんなことを考えたことがなかった。
逆だと思い込んでいた。
一人でちゃんとできて初めて認められる。
だから頑張ろうとしていたのだが。
キツネ先輩の言葉に不思議と反発はなかった。
もちろん一人でできることも大切だ。
でも一人で頑張った末に潰れてしまう。
結果として周りに迷惑をかけるのは本末転倒だ。
本当に一人ではダメなときに備えることができなければ、一人前とは言えないのかもしれない。
それにしてもキツネ先輩にずいぶんと見透かされている気がする。
経験の差。
つまりキツネ先輩は実体験として知っているのだ。
だから私のことも理解できる。
「あの……似た境遇って」
「たぶん虹色ボイス事務所やとウチとアリスちゃんだけがない組。他のメンバーはある組やからな。だからウチはアリスちゃんが他のメンバーに負い目を感じる気持ちは理解できるつもりやで」
「キツネ先輩と私がない組で、他の皆がある組?」
「VTuberに憧れた。VTuberだけやないな。声優や芸能界などに憧れた。輝いているエンターテイメント業界に夢を抱いた。自分からこの世界に飛び込んだ連中はある組や。ウチらない組は憧れもなく、流れで今の立場に落ち着いただけ。VTuberなったあとに居場所を見つけたんや。要は胸を張って夢を語れるかどうかや。ある組はVTuberになる前から夢を抱いて努力していたわけやん。ない組からしたら眩しく見えてしゃーない。同じ立場で扱われることに負い目を感じてしまうんよ」
「……胸を張って夢を語れない組だから負い目を感じる」
確かに私は胸を張って夢を語れない。
夢を抱いてVTuberになったわけではないからだ。
VTuberになったあとに居場所を見つけてしがみついている。
私は夢を叶えたんだとは言えないし、今よりも先の活躍を夢に抱けていない。
キツネ先輩はゲーム配信の経験を買われたスカウト枠。
VTuberへの憧れはなかったようだ。
アニバーサリー祭の方針を決める会議でも、一期生の先輩方に「あんなに寡黙だったのに」とネタにされていたことを思い出す。
「ウチのときはもっと酷かったで。アリスちゃんみたいに器用やないからな。まず話し方からダメダメや。一期生の先輩方はプロの声優やし、二期生の仲間も養成所あがり。ウチ一人だけダメダメやった。できない負い目があった。僻みもあった。叩かれもした。なんでウチがこんな目に遭うんやろと事務所に反発もした。一期生の先輩方にも噛みついたな」
そのときのことを思い出したのかキツネ先輩の顔が再び頭を抱えた。
でも呟かれた「……殺される」とは一体?
どうもキツネ先輩は一期生の先輩方に相当な粗相をしでかしていたらしい。
表情に恐怖が見え隠れしている。
「はぁ……なにより疎外感が凄かってん。周り全員がエンターテイメント業界に夢を抱いている。同じ方向に向いている。成功するために必死や。ウチだけ一人向かう先が見えへん。心の置き場が宙ぶらりんやねん。宙ぶらりんいうか宇宙やな。前後左右どころか上下もわからん。虚無になったんよ。ウチは虹色ボイス事務所にいたらあかん。完全にスカウト失敗やろ。事務所のせいや。そう腐ってたなぁ。……本当に一年前の自分をどつきまわしたくなる。今度改めて先輩方に頭下げとこ」
その疎外感は理解できた。
私も本当に自虹色ボイス事務所に所属していいのだろうか、と思い悩んだこともある。
でも周りが受け入れてくれる。
助けてくれる同期がいる。
手を差し伸べてくれる先輩方がいる。
なにより応援してくれるリスナーもいる。
私も今の居場所を守りたいのだ。
私が私らしくあるためにもここにいたい。
だから役立てるようにもっと頑張ろう。
執着している。
そう思っていたのだが。
――ポンポン。
「アリスちゃんは偉いな。昔のウチよりはるかに立派や。皆が認めとる。だから力抜き。周りを頼り。そして今を楽しみ。失敗してもええねん。むしろ失敗しなあかん。なんでもかんでも完璧な仕事をしすぎや。一期生の先輩方も悲しんでんで。あの人らは面倒見がいいからな。後輩の尻ぬぐいができひんと寂しいねん。先輩の楽しみを奪ったらダメやろ。これは後輩が立派過ぎて、昔の自分と比べたら泣けてきた先輩からの助言や。同じない組の先輩の心を救うためにも頼むでホンマ」
優しく頭を撫でられた。周りに頼れ。気負わず失敗しろ。今を楽しめと。
ずっと立派な先輩だと思っていた。
今も立派な先輩だと思う。
自分を卑下しながら、視野の狭い私を諭してくれている。
先輩を強調しているが、キツネ先輩が偉ぶっているところを見たことがない。
配信ではよく喋るイメージがあるが、実は自己主張が少ない人だ。
そういうところは私と似ている。
ない組の特徴かもしれない。キツネ先輩の言う仲間意識も今は理解できた。
「少し昔話をしよか。昔と言っても一年ぐらい前やけどな」
二期生の先輩方はいつも楽しそうで賑やかだ。
仲間の引退の危機すら乗り越えて、
快進撃を続けている。
私はそんな姿しか知らない。
だから次に言われたことが信じられなかった。
「あの頃の二期生は虹色ボイスの失敗作。一期生の金魚の糞とバカにされとった。ウチが腐ってた時期の話や」
「…………え?」
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