第133話 未来ARの体験型FPSゲーム①-七海ミサキのデモプレイ-
『引きこもりVTuberは伝えたい』第2巻
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ライブの疲れを癒す休憩を兼ねた食事会も無事に終了。
配信も休憩時間に入り、配信画面にはショートアニメーションが流れている。
エプロン姿のアバターの実際にはなかったNGシーン集。
ライブ映像のリハーサル映像。
本番では歌わなかった楽曲のデモライブ。
色々とリスナーを飽きさせない工夫が凝らされていた。
そんな楽しい休憩時間も終わりを告げて、配信画面にライブの文字入りのリアルタイム映像が映し出される。
虹色ボイスのメンバーは休憩時間の間に、別の建物にある体育館に移動していた。
キッチンダイニングスタジオやライブ会場よりも広大な空間。
体育館内は全面緑シートで覆われており、相変わらず凹凸が把握しにくい。
しかしその広さは伝わった。
そこにドローンカメラも飛んで俯瞰の映像も流れる。
上空からは大きなブロックが積み重なっているのがわかる。
高さ三メートルに届く障害物や空中歩道、アスレチック用のアトラクションが設置されている。
総合司会のリズ姉と七海ミサキがアスレチックの中を歩きながら解説を始めた。
リズ姉:「なぜか阿鼻叫喚に包まれた食事会。癒しを求めた和やかな休憩時間のはずがなぜ?」
七海ミサキ:「一筋縄では行かないのも生配信の楽しみですね。でも全員が少し食べ過ぎた気がしないでもない」
リズ姉:「あれだけ注意したのに……でも美味しかったから仕方がない」
七海ミサキ:「皆ウナギのかば焼きバーガーを食べてから、色々つまんでいたからね。サイズは小さいけどそれでもバーガー。運動するには少し辛い。でも一期生の先輩方は『食べた分を動けば実質カロリーゼロの精神で頑張る』と意気込んでいたので大丈夫でしょう」
リズ姉:「カレン先輩からも『最高の一杯のためならば私は修羅になる』との発言もありました。完全に深夜の打ち上げのことしか考えていません。意気込みだけは誰よりもあるかもしれない」
七海ミサキ:「さてご覧いただいている通り、本日は体育館を丸ごと貸り切って、このような施設を造りました」
リズ姉:「緑一色ではわかりにくい。そう思うので配信画面にも映像を重ね合わせますね。なぜかっ! ……毎回やってほしいという要望が多数届いたらしいので、今回もあたしが配信カメラにARデバイスをかけます」
リズ姉がカメラに近づき、アップでメガネ型ARデバイスをカメラにかける。
すると世界が切り替わった。
場所は貿易港。
大量のコンテナが所狭しと並んでおり、視界不良のフィールドを展開している。
コンテナの大きさは縦横高さ一メートルの立方体。本物の貿易港とは異なるミニチュア感があった。全体的に縮尺が縮んでいるのだ。
セット設置を容易にするために、この大きさの緑色ブロックを現実と仮想両方の共通単位として、重ね合わせることを可能としている。
シンプルに仕上げることで、リアルとバーチャルの誤差をなくして融合可能なフィールドを構成している。
:再開した
:飯食ってきた
:リズ姉とみさきちだぁ!
:アスレチックエリアかな
:阿鼻叫喚に包まれた食事会w
:だいたい真宵アリスのせい
:コメント欄が荒れる荒れる
:配信にかじりたいリスナーの胃袋を攻撃するメシテロは許さん
:……休憩時間の間にウナギのかば焼き探したけどすでになかった
:せめて事前告知するか土用の丑の日シーズンにしてほしい
:ウナギのかば焼きって食べたいときに食べられないモノだったんだな
:食べた分を動けば実質カロリーゼロはアスリート並みのトレーニングしないと無理
:カレン……修羅になるのか
:誰よ? 要望出したのw
:リズ姉のジト目
:純粋な軽蔑の眼差しというものは心に来るね……目覚めたらどうする
:要望出したのは誰? 怒らないから先生に言いなさい! ……はい
:はい
:はい
:はい!
:先生お前もかw
:乳揺れはいいものだ
:お前ら本当に怒られろwww
:怒られたら悦ぶ人種もいるぞ
:ふ頭
:貿易港のコンテナ倉庫か
:コンテナが小さいけどよくできている
リズ姉:「皆様見えていますか? 私達が歩いていたのは貿易港でした」
七海ミサキ:「銃撃戦と言えば湾岸コンテナ倉庫。今から始まるのはメガネ型ARデバイスを用いたサバイバルゲーム。リアルで動くFPSゲームの方がわかりやすいかもしれませんね。使用するのはこの光線銃です」
七海ミサキが真っ白な拳銃を取り出した。
角ばった武骨なフォルム。金属で作ればヘッドが重すぎて使えないだろう。既存の銃と似せないために、わざと現実離れしたデザインにしている。
色はホワイトメタリックカラー。左右と上部のエネルギーゲージが青の輝きを放つ。
七海ミサキ:「この光線銃はエネルギー満タンの状態で十発の弾丸を放つことができます。現在は青色。エネルギー満タンですね。一発撃てば緑色に変わります。残弾数が半分を切ると黄色。だんだん赤みを帯びてきて残り一発で完全に赤色となります。エネルギーが無くなると光らないので黒です」
リズ姉:「銃を撃っていない状態を三秒保つと一発分の自動チャージです。撃ち尽くすと満タンになるまで三十秒かかる計算ですね。ミサキさんこれは早いの? それとも条件キツイの?」
七海ミサキ:「逃げ回るような散発的な打ち合いならば十分。でも弾幕を張るような銃撃戦ではキツいね。十発撃ったら最低三秒は逃げ回らないといけないし、無駄撃ちできる性能ではないかな」
リズ姉:「物陰に隠れてずっと銃を連発するだけは許されないわけね」
七海ミサキ:「けれど光線銃が使えない状態のときのために、近接武器も用意されています。それがこれ」
リズ姉:「ペンライト?」
取り出されたのはライブでお馴染みのペンライトだった。
使い捨ての折って光るタイプではなく、スイッチ切り替えのLED式だ。
七海ミサキ:「このスイッチを入れるとリアルではただ光るだけ。でも仮想空間だとこうなります」
リズ姉:「わっ! 光の剣が生えた」
七海ミサキ:「名付けてペンライトサーベル。ペンライトセーバーではないのでお気を付けください」
リズ姉:「意味は一緒だけどね」
七海ミサキ:「長さは一メートル。こちらは緊急用近接武器のためエネルギー消費はありません。造形は本当に一般的なペンライトの流用。光線銃は拳銃と区別するためにこのようなデザインになりましたが、ペンライトサーベルは凝った造形を作る方が問題になりそうなのでそのままです」
リズ姉:「この辺りは大人の事情ということで流しててください」
七海ミサキ:「ゲームのデモプレイをお見せしますね。私が見せるのはソロ訓練モードですけど。仮想ターゲットお願いします」
七海ミサキの言葉に赤と青のキューブが仮想空間に出現する。
空中で光り輝くキューブ。
オープニングライブで真宵アリスが粉砕していたモノだ。
リズ姉:「赤はエネミー。青はセーフティ。赤を砕くと二十点を加点。青を砕くと十点を減点。高速で動き回るプリズムターゲットを砕くとなんと百点加点です!」
七海ミサキ:「さて……開始です」
宣言と共に銃を構える七海ミサキ。
画面上に映し出されるスリーカウント。
ゼロの合図と共に光線銃から光の弾丸が飛び出し、赤いキューブを貫く。
制限時間は一分。
次々と撃ち抜かれていく赤いキューブ。開始地点の周りは青ターゲットに囲まれるが問題ない。このゲームは開始地点からプレイヤーが動くことを想定されている。
視界に光り輝くプリズムを捉えた七海ミサキは走り出す。
障害物の裏を逃げ回るプリズムターゲットを追い回す。もちろんその間も赤のエネミーターゲットは撃ち続けている。
一つ目のプリズムターゲットを倒し、二つ目のプリズムターゲットを見つけたところで一分経過。ゲームは終了した。
七海ミサキ:「はぁはぁスコアは?」
リズ姉:「凄いよ二百六十点!」
七海ミサキ:「ダメだったか……やっぱり一分は短いね」
リズ姉:「えっダメなの!? あたしなんて全然当てられないわ。青も砕きまくるわ。光線銃のエネルギー切れも起こして十点だったんだけど」
七海ミサキ:「目指せ四百点だからね。ちなみにアリスちゃんはアベレージで四百点越え。的を外さないし、プリズムターゲットの発見も早いからね」
リズ姉:「……アリスちゃんはフィールドの移動から別次元だから。ぴょんぴょん跳び回るし、あの体勢で撃ってなぜ当たるのかわからないし」
七海ミサキ:「高得点を取るなら、移動しながら当てる技術が必要かもね。内輪の話はこれぐらいにして。AR技術を用いたリアルで動くFPSゲームのデモプレイでした。配信画面には俯瞰映像と私の視点カメラの映像。両方の映像が流れていたと思います。いかがでしたでしょうか?」
:リアルで動くFPSゲーム?
:銃!
:SF光線銃だな
:それにペンライトセーバーwww
:サーベルだろ気をつけろw
:なるほどこういうのもできるわけね
:ついさっきのライブで見たキューブ
:赤青プリズムとシンプルだな
:でもゲーム性はある
:始まった!
:おぉー当てる当てる
:やりてぇ
:画面は完全にVRゲームだな
:動いた!
:あれがプリズムか
:うわ……リアルで激しく動くとこうなるのか
:ヤバいFPSの視点は酔う
:大人しく俯瞰映像を見ていた方がいいな
:瞬く間に一分終了
:かなり当てたんじゃないの?
:ノーミス二百六十点!
:おめ
:おめでとう
:あれ……ダメなの?
:リズ姉十点
:リズ姉うんちだから
:見た感じエイム補正なさそうだから仕方ないだろ
:リコイルなくても素人には難しい
:アリスwww
:得点王真宵アリスw
:七海ミサキのあれで二百六十点ならアベレージ四百点は本当に別次元
:テーマパークの体験型アトラクションとして誕生しそうだな
:マジで実装してほしい
リズ姉:「なおこれから始まるチーム対抗戦に仮想ターゲットやポイントなどは一切出てきません」
七海ミサキ:「ポイント制は平等な条件だけど、実力差が如実にわかってしまう。突出した一人が優勝。仲間にアリスちゃんがいるチームの勝利。勝負する前から結果がわかってしまうのは面白くない。本当はスタッフも皆でポイント争いゲームをするつもりでしたが、急遽仕様を変更することになりました。これから行うのはサバイバルゲームの殲滅戦。実力差を考慮して、人数や条件を整えたハンデ戦です」
リズ姉:「ハンデ戦の内容は……改めて見ても酷い。三期生真宵アリス対一期生二期生連合軍の戦いです。一人対八人ですよ! しかもアリスちゃんは光線銃なし。ペンライトサーベルのみの近接戦仕様。……これはちょっと酷過ぎない?」
七海ミサキ:「そういうお声もあると思うので、解説として『アリスさん専門家』のこの方をお呼びしました」
体育館の講堂袖からかけたメガネをクイッとあげる光らせる少女。
三期生の桜色セツナが真剣な表情でゆっくり歩いて登場してきた。
桜色セツナ:「どうも『アリスさん専門家』の桜色セツナです」
:ターゲットの出番ないのか
:急遽仕様変更で対人ハンデ戦に
:突出した実力者って一人しかいないんだが
:真宵アリスだな
:まあターゲットのポイント争いで一人だけアベレージ四百点行けばわからなくもない
:サバゲー配信もしている七海ミサキですら二百六十点だったからな
:ちょwww
:ハンデえぐい
:一人対八人はイジメだろ
:数の暴力
:アリスさん専門家きたw
:メガネクイッ!
:ネーミングだけで誰かわかるの草
リズ姉:「その『アリスさん専門家』って肩書を気に入ったのね……」
桜色セツナ:「気に入りました。気に入り過ぎてメガネをかけたアバターを用意してもらうほどに」
リズ姉:「そう……楽しそうだからいいわ。それでハンデの内容だけど、専門家の意見としてやっぱり酷いと思うわよね?」
桜色セツナ:「そうですね。酷すぎます。アリスさんを過小評価してます。この程度だと勝負になりません」
リズ姉:「えっ!? そっち?」
七海ミサキ:「やっぱり『アリスさん専門家』のセツナちゃんもそう思うんだ」
リズ姉:「やっぱりってミサキさんもなの!? 一人対八人だよ! 数は力じゃないの!?」
桜色セツナ・七海ミサキ:「「これだから黒猫メイド伝説と対峙してない人は」」
リズ姉:「呆れた口調でハモられた!?」
桜色セツナ:「まず前提としてアリスさんの接近を防ぐのは不可能です。一撃必殺切り捨て御免です。武器が銃でも剣でも結局狩られるだけ。リーチの違いなど小さな問題です」
リズ姉:「リーチの違いは大きいでしょ。先輩方には銃があるんだよ?」
桜色セツナ:「まずそこが問題です。……アリスさんにどう当てるのですか? ミサキさんは当てる自信あります?」
七海ミサキ:「無理。確実に避けられる。撃つ前の段階として、射線上に捉えることさえ難しいんじゃないかな? 八人で一斉掃射して弾幕を張れば運が良ければ当たるかも?」
リズ姉:「え……? 銃弾って避けられるモノなの?」
桜色セツナ:「アリスさんなら避けます。触れることすらできない。それがアリスさんです。あの異常に発達した危機感知能力は射線ぐらい察知します」
リズ姉:「えーと……セツナちゃんとミサキさんが言うならそうなのかも? 理解が及ばないあたしには想像もできないけど」
桜色セツナ:「たぶんこれから始まるのは私達の想像も超えた蹂躙劇。いつもと異なるアリス劇場です。だってアリスさんですから」
:気に入ったのかなら仕方がないw
:え? あのハンデで足りないの?
:剣と銃で一人対八人だぞ?
:黒猫メイド伝説www
:事務所内鬼ごっこか
:アリスが初めて虹色ボイス事務所に行ったときに残した伝説だな
:真宵アリスに近づかれたら最期か
:リーチの長さは大事なはず……だよな?
:専門家が銃弾を避けること前提で話している
:真宵アリスには当てられない……射線にすら捉えることができない
:いやどんだけよ
:……蹂躙劇
:なぜセツにゃんの語るアリスさんはこんなにも説得力あるんだろう
:ハンデが酷いと思ったけどイジメられるのは人数が多い方なのか……
お読みいただきありがとうございます。
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