第12話 収益化記念生配信①ーVTuberにシリアスはいらないー
収益化。
一般に知られている条件はチャンネル登録者数が千人以上、かつ一年以内の動画再生総時間数が四千時間以上であること。その他に動画の内容がセンシティブポリシーではないこと。すなわち性的ではない。暴力的ではない。グロテスクではない。などの条件が知られている。
配信者にとって一つの目標であり、スタートラインである。
ゼロからスタートする個人配信者には高い壁。けれど企業配信者とってはそれほど難しい条件ではない。
収益化することでようやく広告料がもらえる。投げ銭と呼ばれるスーパーチャット機能が解禁される。
大きな節目となることは間違いない。
「やる気充電完了。お仕事モード起動。皆様おはようございます。世界に叛逆を目論む反省型駄メイドロボ真宵アリスです」
口調ゆったりと。けれど真剣な表情で頭を下げながら、カーテシーを決める。開始の挨拶ルーティーンだ。
:おはよう
:反省型?
:待ってた
:また新たな型番が
挨拶をすると、いつもよりぎこちなくコメントが流れていく。見慣れた光景とは少し異なる様子だが気にしない。もう悩みはシャワーで洗い流した。
「今日は収益化記念の生配信です。無事に収益化が通ったことをここに宣言させていただきます。皆様応援ありがとうございます」
:でもスパチャ送れない
:設定変えて
:投げ銭
:なにかあった?
「困惑させて申し訳ありません。けれど事前に告知してあった通り、まだ話すことがあるので収益化は解禁していません。私のVTuberデビューに至る経緯を話していないのに、解禁するのは筋が通らないと思ったからです」
:そっちが先か
:ネット冤罪
:アリスは真面目
「またその話をする前に皆様に一つ追加でお礼と謝罪をさせてください。前回の雑談配信で私の話した言葉を真剣に受け止めてくださり、ありがとうございます。これだけ多くの人が、自分のことのように思い悩んでくださっているところを見ていました。純粋に嬉しかったです」
:おう
:ええんやで
:ネット冤罪は社会問題にもなっているし
「同時に申し訳ありません。皆様に余計なことを気にさせてしまいました。それは私の意図することではありません。配信は楽しむものです。笑顔になってもらうために配信しています。真剣な顔をして暗い話をするためではありません。誰かを責めたいわけじゃない。上から目線で説教するつもりもない。悲劇のヒロインとかありえないです。その点を勘違いさせてしまいました。気楽に笑いながら、見てもらいたい。そう思っています」
:うん
:そうだよな
:楽しみたい
:少し緊張がほぐれた
:いつものアリスの配信だな
「私はネット冤罪により張られた負のレッテルを塗り替えたいだけです。今日は少し長い話になります。一人歩きしてしまっているネット冤罪について、先に結論だけ主張しておきます。本来ならばあまり引っ張る話でもないので」
この一年間ずっと言いたかった言葉。
十万人超えという大衆の前で言い放ち、世界を塗り替える。
それが私がVTuberになった理由、真宵アリスが誕生した理由だ。
だから万感の想い乗せて叫ぶ。
「私は『チンコロ事件』の犯人じゃありません!」
:ん?
:んん?
:チンコロ
:大丈夫なのチンコロ
:待ってなんのことだ
想いは電波に乗って、情報の海に拡散される。
当然のように上滑りした。
コメント欄も困惑一色である。
「これだけ言ったら意味不明ですよね。当たり前です。私が勝手にそう呼んでいる事件ですから。けれど結論はこれです。私は犯人じゃない。現場にもいない。そもそも関わっていないから詳細がわからない。ずっと多くの人にこのことを伝えたかった。もちろん今日はちゃんと説明します。私が人間嫌いの引きこもりコミュ障になった理由。そしてVTuberになった経緯。私の半生について語ります。長いですが聞いてください」
:……半生
:反省型が半生型
:いつものアリス劇場
:相変わらずの言葉遊びだった
【ねこグローブ】:本当に悲劇を喜劇にするつもりなんだ
:身内発見
:悲劇を喜劇?
:もしかしてマジで重い話?
【ねこグローブ】:ネタばれはしないけどかなりシリアス
:……まあアリスだからな
:シリアスか
「ねこ姉。VTuberにシリアスはいりません。ですが確かに笑えない話もあります。変な空気になるのも嫌だし。うーんでは今日は『絶対に笑ってはいけない』方式で。リスナーの皆様は笑ってしまったら収益化解禁後にスパチャください。もちろん自己申告制です。強制するものではありません。そういう軽い気持ちで聞いてください」
:絶対に笑ってはいけない
:それ逆に笑ってしまうやつ
:リスナーに罰金を求める鬼畜企画
:それぐらいの心持ちで聞けと
:すでにチンコロ事件で笑った俺は?
:当然アウト
始まる前に漂っていた緊張感は霧散した。
これから始まるのリスナー参加型のお笑い企画。配信を楽しめなくてはいけないからこれでいい。すでに悲劇を喜劇に塗り替える準備をできた。
あとは過去を明かすだけ。
最初は本当に笑える話がいいだろう。




