第118話 大の男が泣くほど酷い光景
作者の悲しみから生まれた番外編第3話
4話ありますけど今日は読み飛ばしていいですよ。
第五章は明日の更新からスタートです。
「あぁ……しんどい。笑いってツボにハマると長引くよね」
「ねこ姉ねこ姉」
「なにうたちゃん」
『ミサキ君も我々の助けを待っているはずだ。早く安心させてあげなければ』
「ぷっ……やめてうたちゃん……お……お願いだから唐突に島村専務の声真似しないで」
笑いの刺客は油断したときに這い寄ってくる。
一度決壊すると波状攻撃にさらされるので気をつけよう。
再び笑い始めたねこ姉を見てそう決意する。
―――――――――
現在グラウンドではセーラー服のおっさん数人がかりで、セーラー服のおっさんを落とし穴から救い出す作業が行われている。
そのあとはシルエットの見える着替えルームで島村専務のブリーフチェンジだ。
そんな酷い映像を流すわけにはいかない。
編集の判断で場面が山小屋に変わった。
山小屋と言っても数人が泊まれる大きなペンションだ。
キッチン、トイレ、シャワーなど水回りも完備されている。もちろん電気も通っておりネットも繋がる。
その屋内に似つかわしくない檻。
檻の中には中継映像を映し出す大量のモニターと実況兼ナレーション用のマイクが設置されていた。
そこで瞳のハイライトの消えた七海ミサキは人生について考えている。
「……私この企画に要らないですよね?」
「それは絵面の問題だね。ボクとおっさんサバイバー達だけだと絵面が酷過ぎた。企画を投げたら専務主催なのに『絵面が酷い。内輪でやれ。こんなもの配信で流すな』と酷評されてね。どうしてもミサキ君が必要だったんだよ」
「どうして私を加えただけで企画を通した!? 私である必要性は!?」
「君もサバゲー仲間で、サバゲー関連の配信をしている子が他にいないから」
「……ですね」
「それにしても最初の落とし穴で全員ブリーフロストとは行かなかったね。塹壕っぽく横一列に掘ったのに」
「……着ぐるみパジャマ先生は本当にずいぶんとノリノリですね」
「楽しいよ! 殺し合いの道具である銃。そして罠をただただバカをするために用いる。コンピュータゲームのような疑似体験ではない。本物のサバイバルゲームのように訓練めいた模倣でもない。スポーツのように真面目さを求められて役割に徹することもない。純粋にバカになるために利用するなんて! だからボクは日本が好きなんだよ」
「思いの外いい話が返ってきた!? あなたの過去になにが……そして今更ですがなぜ着ぐるみパジャマ。モニター内の服装も酷いし」
「ボクの過去も着ぐるみパジャマを着ている理由もボクには語ることさえ許されていない。でも服装に関してはクラウンだからだね」
「クラウン?」
「皆真剣だよ。見た目でふざけて真面目にバカをやる。まさに道化師。これがクラウンだ。笑いの本質だよ。さてゲームも始まったことだし、ボクも準備に行くよ」
「着ぐるみパジャマ先生も行くんですか?」
「うん。いくら七人で襲いかかってこようとボクが山小屋を拠点に籠城したら完封しちゃうからね。それから七海ミサキ君にこれを渡しておくよ」
差し出されたのはピースメーカー。拳銃を模したエアガンだろう。
「これは?」
「今回のゲームで配られたペイント弾を射出するエアガンだ。ペイントは色付きトウモロコシ粉。銃弾には限りがあって互いに無駄玉の打ち合いはしない。環境に配慮した企画だからね」
「それをどうして私に?」
「ボクが山小屋に籠城できない理由づけかな。ああ大変だ。囚われのお姫様に銃を奪われてしまった。ってね」
「そうですか」
ピースメーカーを受け取り、即座に反転して構える。
そして着ぐるみパジャマ先生を狙撃した。
「おっと危ない。銃を受け取って即座に誘拐犯を撃つ。ブラボー。狙いも正確だし素晴らしい反応だ。理想を言えば二発目が欲しかった」
「……この至近距離で銃弾を避けますか」
「まあペイント弾だから弾速は遅いし。一応聞くけどどうして撃ったのかな?」
「あなたを倒せばゲーム終了で帰れるかと思って」
「残念ながらボクが倒れても終了にならないよ。あそこにあるレバーを引いて牢屋のカギを開けないと。もしくはおっさんサバイバー全員がブリーフをオールロストしノーパン状態として殲滅判定になるか。今回のルールはフラッグ戦と殲滅戦の混合だからね」
「……ブリーフをオールロストにノーパン状態。本当にルールと用語が酷い」
「それじゃあ今度こそボクは行くと……っと」
着ぐるみパジャマ先生が巨大なポリタンクを担いで出て行こうとする。
その背中に七海ミサキが最後の質問を投げる。
「この山小屋に入ったときから思っていましたけど、その大量のポリタンクの中身はなんですか? さっきから何往復もしてますけど」
「ローションさ! 環境に配慮した自然由来の成分のね!」
その回答はとてもいい笑顔だった。
―――――――――
「……ローション」
「ローションだね」
最後に絶対にろくな絵面のならない単語が飛び出した。
どう使われるか明言されていない。
それなのに存在を示唆されただけで酷い展開になる未来しか見えない。
「うん……ローションはあとでどうせ出てくるからいいとして。おっさんサバイバーと山小屋組のテンションの落差が酷くない? 面白いけど。しかもサバイバルゲームを題した企画で最初の発砲がミサキちゃんでいいの?」
「実はミサキさんも山小屋の会話が配信に乗ると思ってなかったらしい。ナレーション部分以外の台本なくてね。モニター見ながらアドリブでツッコミ入れてくださいという無茶振りしかされていなかったらしくて」
「……ミサキちゃん今度うちに呼ぼうかな?」
「もてなしの準備はする」
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山小屋の会話とは打って変わりグラウンドのおっさんサバイバー達。
罠を避けるために打ち出した方法はほふく前進だった。
落とし穴以外にどんな罠があるかわからない。
ブリーフさえ守ればいい。ほふく前進もスカートが捲れてブリーフが見えないように足をあまり広げない。早く進もうとしてお尻を上げないようにしている。
地面を這い進むセーラー服のおっさん達。砂まみれで酷い絵面である。
ちなみに罠ではなくほふく前進の失敗で犠牲者も出ている。スカートが捲れて中野ルーズソックス隊員と田中メタボ腹隊員はブリーフロストしたのだ。
本末転倒である。
そしてまた一人の隊員が泣き出した。桂木シックスパックだ。
「島村専務! オレもう嫌です!」
「桂木シックスパック! ほふく前進が嫌か!」
「嫌です!」
「この中で一番屈強なお前が体力的につらいのか!」
「違います!」
「ではなぜだ!?」
「精神的に無理だからです!」
「どういうことだ? 具体的に」
「カメラには映っていません。けれど後方から遅れてほふく前進しているオレからは完全に見えてます! 顔を上げるとおっさんスカートの中が見えてます! 見たくもないのに見えてます! 男の本能なのかスカートなどの布地が揺れていると見てしまいます! 見たくもないのに見てしまいます! 必死で目をそらします! でも前は向かないといけない! そらした先は足です! エステに行ったばかりの足です! おっさんの足なのに足は綺麗だよなとか考えてしまうんです! もう泣きそうです!」
「大の男が泣くほどつらいか!」
「つらいです! 地獄絵図です!」
「どれくらいつらい!」
「もう泣いてます! 今度は吐きそうです! 自分に吐きそうです! 死にたくなります! だからこれ以上は無理であります!」
「よく言った! 桂木シックスパック! 皆立ち上がれ!」
島村専務の号令で全員が立ち上がった。
桂木シックスパックは本当に泣いていた。谷原ルーズソックスがその肩を出して慰めている。いや褒め称えている。谷原ルーズソックスもほふく前進最後尾組で同じ地獄を味わっていたのだ。
「すまない。桂木シックスパックに谷原ルーズソックス。安全性を考慮したつもりだったが、後続の視界について考えていなかった。私の落ち度だ」
「いえ……オレは自分が情けなくて」
「いや声を上げてくれて助かった。皆もつらいときは声かけをしてほしい。精神的に苦痛ならばすぐに言ってくれ。……俺は労基が怖い」
「「「「「「わかりました!」」」」」」
『労基が怖い!? え? あの私の立場は? 何の説明もなく山小屋に連れてこられて牢屋に入れられた私の立場は!? まあ……いいですけどね。牢屋って言っても内鍵で実はいつでも出られますし、冷蔵庫もトイレもネット環境も完備してますから』
「ではどうする? まずは情報収集をしよう。どんな罠があった?」
「基本は落とし穴のようです。ただし深さはまちまち。深い穴もあれば、足をひっかけて転ばせるだけの浅い穴もあります」
「他にもスネアがいくつか」
「走って渡るのは危険だな」
「……オレが先遣隊としてゆっくり前を歩きます。皆さんはオレの足跡を追ってください」
「前は危険だぞ」
「オレが耐えられなかったせいだから……いえ違いますね。ほふく前進よりマシです。オレは前を歩きたい。この二本の足で皆さんより前を!」
「よく言った桂木シックスパック! ただし先頭はブリーフに余裕がある順番で交代制だ!」
「「「「「「わかりました!」」」」」」
他の六人のおっさんの期待を一身に背負い桂木シックスパックが進んでいく。
足跡一つない前人未到の罠エリアを進んでいく。
歩幅は小さく。
慎重に足で前方をつつくようにして。
いくつかの落とし穴は破壊して進むことができた。
順調に進んでいるように思われた。
それでも悲劇は避けられない。
「なっ! きゃあーーー!」
おっさんとは思えない甲高い悲鳴。
地面から吹き出した強烈な風が容赦なくスカートの中を晒した。
待機していた審判から判定が叫ばれる。
「桂木シックスパックブリーフロストッ! ブリーフチェーーーンジッ!」
「……やはり地雷があったか」
「感知しづらい恐るべき罠ですね」
「走れば転がされ、慎重に歩けば風にやられる」
「けれど強引にでも進まねばならぬ。もう犠牲は覚悟しよう。作戦名『One for all All for one』 一人は皆のために! 皆は一つの目的のために! 次! 谷原ルーズソックス進め!」
「はい!」
こうして多大な犠牲を出しながら、おっさんサバイバーはグラウンドの罠エリアを突破した。
ちなみに罠とは関係ない場所で風にまかれてスカートが捲れた佐伯メタボ腹隊員もいた。
島村専務残りブリーフ二枚。フェイスブリーフ有。
谷原ルーズソックス残りブリーフ二枚。
中野ルーズソックス残りブリーフ二枚。
佐伯メタボ腹残りブリーフ一枚。
田中メタボ腹残りブリーフ二枚。
松村メタボ腹残りブリーフ二枚。
桂木シックスパック残りブリーフ二枚。
―――――――――
「大の男が泣くほどつらい地獄絵図って」
「……きゃあー」
流されるおっさんサバイバー達の死闘に気が遠くなる。
ミサキさんからは酷いと聞いていた。
リズ姉からは大爆笑と返ってきた。
セツにゃんは反応に困ってニコりと黙り込んだ。
あのセツにゃんが黙り込んだのだ。
だから覚悟はしていたけど想像以上に酷い。
「まだミサキさん以外銃を撃ってない」
「えーと一応ほふく前進してたし、罠攻略してたし、ギリギリサバイバルゲーム?」
「そしてこのあとおっさんサバイバー達を待ち受けるのは着ぐるみパジャマ先生とローション!」
「ローション……ぷっ……ちょっとうたちゃん! さっきから私を笑わせにきているよね?」
「うん」




