第117話 最初の一歩 最初の罠 最初の犠牲者
作者の悲しみから生まれた番外編第2話
4話ありますけど今日は読み飛ばしていいですよ。
第五章は明日の更新からスタートです。
「うたちゃん……どうして七人のおっさん初めてのメンズエステ来店映像が流れているんだろうね。店名や場所を隠すためのモザイクばかりだけど、たぶん貴重映像だよ?」
「ミサキさん情報。実はこの下りはもっと長かったんだって。スネのビフォーアフター比較映像や、毛がなくなってスベスベになった足をおっさんが見せ合うシーンとか。でも全部編集で切ったらしい」
「編集にまともな人いた」
「編集は別チーム」
「……撮影チームにまともな人はいなかった」
考えるな。感じるな。現実から逃避しろ。これは異次元だ。気にしてはいけない。
心は凪。
明鏡止水を得るための精神修行のつもりで見るのだ。
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ダダンダンダダン。ダダンダンダダン。
重厚なバックグラウンドミュージック。
真っ暗な部屋。焚かれたスモーク。奥の方から眩いライトが煌めき七人のシルエットが浮かび上がった。
タララーラーラー。
七人のおっさんはゆっくりとフォーメーションを決めながら前に進んでくる。おっさんのはずだ。おっさんなのにシルエットがおかしい。腰回りがどう見てもスカートだ。
そして顔が映し出される距離に近づくとおもむろに手に持っていたブリーフを顔に被り始めるおっさん達。
明らかにタイミングを間違えて素顔が映ったおっさんもいるが、気にせずカメラの横を通り過ぎて行く。
その様子を左上のワイプ窓から七海ミサキがナレーションしている。
『……サバイバルゲームの普及のために立ち上がった七人の戦士達。サバイバルゲームはもっと気楽に楽しめ。ふざけろ。つまらないルールなんか無視してしまえ。皆トリガーハッピーで突撃しようぜ。そして機関銃で一掃されればいい。今日は祭りだ。さあバカになろう。童心に帰って思いっきり遊べ。身にまとうのは女性モノのセーラー服。スカート丈は膝上十五センチ。さすがに顔出しはつらいのでブリーフを被ります。人は彼らをおっさんサバイバーと呼ぶ。……いやいやいやいや色々おかしい! 呼ばない! 聞いたことない! 初めて聞いたし言った! なぜ女性モノのセーラー服を着た!? なぜブリーフを被った!? 説明ないの!? あっ……えーと続きのナレーションですね』
かなり混乱した様子の七海ミサキから怒涛のツッコミが入ったが気にしない。
七人のおっさんが去った真っ暗な部屋に一人の巨漢のシルエットが浮き上がる。
人間かはわからない。
たぶん人間じゃない。
だってシルエットに獣耳が生えているから。
そのケモ耳の巨漢に左右正面からライトが照らされる。
着ぐるみパジャマだった。
着ぐるみパジャマを身にまとう大男がポーズを決めてニカッと笑う。
『七人のおっさんを迎え撃つのは秋葉原生息の珍獣。本名不明、国籍不明、経歴不明。たぶん軍属経験とブロードウェイの舞台経験あり。語ることのできる伝説はかなりある。語ることのできない伝説はめちゃくちゃ多い。警察に職務質問された回数はナイショだよ。虹色ボイス事務所の決戦兵器着ぐるみパジャマ先生。えーと……いつもお世話になってます。次は……え? 私!?』
着ぐるみパジャマ先生を照らすライトが消えて、その横から檻に入った七海ミサキのアバターが映し出された。
ちなみに瞳のハイライトはずっと消えている。
『皆様おはようございます。初めての方は初めまして。虹色ボイス三期生のVTuber七海ミサキです。普段はキャンプや釣りなどのアウトドアレクチャー動画投稿を中心に活動させていただいています。……正直に告白します。私は今日の仕事の内容をよく知りません。説明なしで山中に呼び出されて檻に入れられました。サバゲーの実況とは聞いていたんですけど、色々なナレーションもするみたい……えっ……はい……今聞かされましたがサバゲーのフラッグの代わりみたいですね。七人のへんた……おっさんの救出を待っていればいいみたいです。私……アレに助けられるの……?』
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「……………」
「…………………………」
「………鮮烈な登場だったね。登場シーン演出と音楽がカッコいいのがなんとも」
「ウォーキングの仕方。速さ。フォーメーション。画面からの消え方。ブリーフの被り方に至るまでかなり練習したって」
「そ……そうなんだ……タイミング失敗して完全に顔映ってたけど。それにしてもミサキさん大変だね」
「ミサキさん……この配信のあとから周りが凄く優しく接してくるようになったって。凄く困惑してた」
「そりゃあ優しくなるよね……」
まだ序盤の登場シーン。
オープニングと言ってもいい。
それなのにもう頭の中が大混乱だ。
ちなみにあのセーラー服とブリーフについての説明は最後までなかったと聞いている。
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画面が切り替わり、太陽の光が眩しい外の風景が映し出される。
よく均されたむき出しの黒い土。
左右はロープで区切られている。迂回禁止の看板がある。広々としたその光景は学校のグラウンドのようにも見えた。
グラウンドを越えると今度は鬱蒼と木が生い茂った山がある。
誘拐された七海ミサキがいるのは中腹に見えている小屋だ。
グラウンドではセーラー服を身にまとった七人のおっさんが思い思いのストレッチをしている。
生足むき出し。酷い絵面だ。でもメンズエステの全身脱毛のおかげでつやつやしている。
清潔感はある。
そこだけは救いかもしれない。
二人はルーズソックス。
三人はメタボ腹でへそ出しスタイル。
一人はおっさんがシックスパックを自慢するためにへそ丸出しのミニ丈セーラー服を身にまとっている。
全部無視した方がいいだろう。
アキレス腱を伸ばし終えた島村専務が口を開いた。
「皆聞け。見えるかあの山小屋に七海ミサキ君が捕らえられている。誘拐犯は着ぐるみパジャマ先生だ。力量は知っているだろう。敵が一人だからと侮るな。まともに銃でやり合えば絶対に勝てない」
「「「「「「はい!」」」」」」
「そのためにブリーフ制を導入した。私達には身代わりブリーフがある。身代わりブリーフこそが命だ。今履いているブリーフと予備のブリーフ二枚。一人計三枚ある。銃で撃たれる。もしくはブリーフが白日の元に晒されればブリーフロスト。ブリーフを履き替えなければいけない。履き替えるブリーフがなくなれば退場だ。またリーダーである私のみに適応されるルールだが、顔に装着したフェイスブリーフを用いることで四回目が可能となる。……顔を晒すことになるがな」
「……島村専務」
「サバゲーの象徴たるマスクを外させるなんて専務にさせるわけにはいかない!」
「ふっ……ありがとう。今回のゲームには罠が採用されている。サバイバルとは銃でドンパチやるだけか? 違うだろ。これから始めるのは本当のサバイバルだ。このグラウンドや山には着ぐるみパジャマ先生が大量の罠を仕掛けたと聞いている。グラウンドを地雷原だと思え。山を要塞だと思え。ルール上このグラウンドでは着ぐるみパジャマ先生は襲ってこない。グラウンドは純粋な罠エリア。本番は強襲の山から。……と甘く見ていると罠で全滅しかねないから気をつけろ」
「「「「「「はい!」」」」」」
「ミサキ君も我々の助けを待っているはずだ。早く安心させてあげなければ」
『安心できない! それに待ってない! いえ助けられないと困りますけど、なぜまともな服装にしなかったんですか!? 来られると非常に困る!』
「ではミッションを開始する!」
島村専務が最初の一歩を踏み出し――
――ズボッ
と画面から消えた。
『えっ? 島村専務? え? え?』
「……まさか一歩目から落とし穴とは」
画面の下から声がした。
カメラが下がり地面と島村専務が映される。穴の深さはそれほどでもない。下半身だけが綺麗に穴の中に収まっている。まるで地面から上半身が生えているかのような島村専務の姿が映し出された。
島村専務は自力で脱出しようとし身体を持ちあげるが。
「ぬ……これは!?」
島村専務は静かに手を上げた。脱出を諦めたようだ。
どこからともなくマスクをかぶった野球の審判のような人が島村専務に歩み寄る。
『……審判? どこから出てきたの?』
「確かブリーフロストは申告できたな」
「可能です。ですがこの罠ならばルール上はブリーフロストにはなりませんが」
「これは恐ろしい罠だ。おそらく入浴剤だろう。……落とし穴の中で色付きのお湯が噴き出す構造だ」
「……というと?」
「私のブリーフは黄色く染まってしまった。この歳でさすがにお漏らし疑惑のまま活動することをできん。素直にブリーフロストを申告するよ」
「申告を受理します。島村専務ブリーフロストッ! ブリーフチェーーーンジッ!」
「「「「「「島村せんむーーーーー!」」」」」」
審判の宣言とおっさん達の悲鳴が響き渡った。
恐ろしい罠におっさんサバイバー達が戦慄する。
なんと最初のブリーフロストは島村専務だった。
『この企画に私いらないよね? もう帰りたい……切実に』
島村専務残りブリーフ二枚。フェイスブリーフ有。
谷原ルーズソックス残りブリーフ三枚。
中野ルーズソックス残りブリーフ三枚。
佐伯メタボ腹残りブリーフ三枚。
田中メタボ腹残りブリーフ三枚。
松村メタボ腹残りブリーフ三枚。
桂木シックスパック残りブリーフ三枚。
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「ぷっ……く……ズボッて……これは酷い」
「…………」
ねこ姉がお腹を抱えて悶絶している。
とうとう笑ってしまった。
異次元を笑うモノは異次元に取り込まれる。
そうレナ様から聞いている。
もうねこ姉は取り込まれてしまったのだ。
私は耐えられるだろうか?
この異次元から這い寄る笑い刺客に。
『おっさんサバイバー』
視聴者から『笑ってはいけない異次元配信』の異名を与えられたこの配信。
本当にまだ最初の一歩目だ。




