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【第2巻発売中】引きこもりVTuberは伝えたい  作者: めぐすり
第一章 ーThe Show Must Go Onー
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第1話 ディスプレイの中と外

 2024/4/27『小説家になろう』初投稿

 本日は計6話一挙投稿

 数ある作品から「引きこもりVTuberは伝えたい」を読んでいただき、誠にありがとうございます。

 カクヨムに連載されていた作品のWEB版の転載です。

 完結(200話以上)まで毎日朝7時頃に投稿予定(一日複数話の場合もあります)

 ディスプレイの中はいつも輝いて見えた。


【やる気充電中】


 そんなテロップの下で、三角座りしたメイドがうつらうつらと船を漕いでいる。

 頭にはホワイトブリム。

 優しい空を思わせる勿忘草色の髪は一本一本から丁寧にデザインされている。左右に分けた前髪長めのショートカットで、耳部分からはメタリックな巨大イヤーカフが猫耳シルエットを形作っていた。

 目を細めて、とても眠たげに揺れている。

 身にまとうのはメイド服。黒を基調とし、エプロンからスカートまでふんだんに白のフリルが編み込まれている。ハウスメイドより喫茶店向き。装飾過多でロングタイプだ。三角座りでも中が見えることはない。

 その代わりではないが、お尻部分から猫のしっぽ型の充電ケーブルがうねうね伸びて、壁際のコンセントに刺さっている。

 テロップの文字通りの『充電中』。そんなアニメーションがずっと流れている。


 VTuber事務所虹色ボイス通称『虹ボ』の三期生。

 本日デビューするVTuber真宵アリスの配信前の待機画面だ。いわゆる待機所だ。充電完了までのカウントダウンが表示されている。まだ三十分以上あるにもかかわらず怒涛の勢いでコメントが流れていた。


:かわええ

:これはかわいい

:勝ったな

:我々の勝利だ

:我々って誰だよ

:世界メイドロボ愛護協会から来ました

:国際メイドロボ推進連盟から来ました

:はぁ?

:はぁ?

:国際機関にありがちな似た名前組織の利権争いするなw

:青い猫型ロボットだから勝ちは確定だな

:違う奴だろw


 待機民同士の掛け合い。同じ目的で集まった同志たちがただ楽しむためだけに集まるのだ。賑わいがないわけがない。古くから続くネット媒体の宴の姿がそこにあった。

 チャンネル登録者はすでに万超え。デビューライブ配信はまだ開始予定まで、時間があるにも関わらず待機者の同時接続数は五千を超えている。

 まだ正体のわからないデビュー前からこの人気。個人勢では不可能な箱型企業Vtuberの強みだろう。


 まだ見ぬ推しへの期待で光り輝く。

 そんな光景から結家詠むすびやうたうは逃げるように目を背けた。


(こわい)


 ディスプレイだけが光輝く部屋は真っ暗だ。

 額を膝に押し付ける。


(にげたい)


 防音シートに覆われた床と壁。

 窓は遮光性も強い防音カーテンで閉ざされた配信用の防音室。

 暗い部屋で一人。三角座りして丸くなる。


(おなかいたい)


 パソコンの駆動音しか響かない。

 震える身体を押さえつけるように腕に力を込める。メイド服をまとった小さな身体をより、小さくなるように内に籠る。

 そんな詠の姿はディスプレイに映る真宵アリスに酷似していた。


(あたまいたい)


 当然だ。

 真宵アリスは結家詠をモデルにデザインされたアバターなのだから。


(吐きそう)


 どこまでも対称的だ。光と影。ディスプレイの中と外。今にも潰れてしまいそうな現実の姿など誰も興味はない。

 光に照らされた場所しか誰も見ないし、見ようともしない。


 息は浅く、けれどゆっくりと長く吐く。深呼吸は苦しい。余計なことを考えてしまう。恐怖が迫ってくる。だからゆっくりと浅く繰り返す。心を無にして暗闇に沈める。

 どれくらいそうしていただろう。

 呼吸が落ち着き、顔を上げると部屋の明かりがついていた。


「うたちゃん大丈夫?」


 目の前には見慣れた従姉の手繰寧々子が心配そうにこちらを見ていた。

 白のブラウスにジーンズとラフな服装の長身美人だ。大学を卒業したばかりの社会人。だが大人びた雰囲気とは裏腹に若く見られる童顔は詠との血筋を色濃く残している。

 百五十センチに頑張れば届く詠とは身長以外はよく似ている。

 街を歩けば年の離れた姉妹に見られただろうが、一年近く引きこもっている詠は姉妹扱いされた経験がない。


(どうしてねこ姉が目の前にいるんだろう?)


 ぼんやり浮かんだ疑問に酸素不足でぼーっとした頭が一気に覚醒した。

 焦ってディスプレイの時計に目を向ける。


「時間は!?」


「まだ余裕あるから安心していいよ」


「……良かった」


 開始時刻までまだ二十分以上あった。

 安堵の息を吐くと、頭を優しく撫でられた。


「バズっていたから心配で見に来たら、明かりもつけず蹲っているし。本当に大丈夫?」


「……いつも通り大丈夫じゃない。バズるってなにかあったの?」


 聞き返すと、少し呆れた様子でディスプレイを指さされた。そこには先ほど変わらずディスプレイの中は輝いている。

 いやさっきよりも輝きは増して、コメントが追いきれないほど流れていた。


「えっ……うわぁなんで? 登録者数も同時接続数も倍に増えてる」


「本日デビューの虹ボ三期生VTuber真宵アリスの待機所がかわいい、ってSNSでバズってたから。その様子だと気づいてなかったんだ」


 イカ釣り漁のごとく、光が強まれば集まってくる。拡散性と集合性、そして爆発力。バズるという現象がそこで起きていた。

 今も勢いよく増え続ける待機者のカウンター。恨みがましくジト目でねこ姉を睨みつける。


「人気者ですね。新進気鋭のイラストレーターで3Dデザイナーのねこグローブ先生。それともママ呼びがいいですか?」


 VTuber業界の習慣としてキャラクターデザインをした人物を「ママ」と呼ぶ。この現象を引き起こしたのは真宵アリスの生みの親であるペンネームねこグローブ。

 詠がVTuberの道に足を踏み入れたのもねこ姉のコネに他ならない。


「うたちゃんに呼ばれるならねこ姉も先生もママも捨てがたい。でも人気者なのはうたちゃんの真宵アリスだよ」


「人気者はねこグローブ先生デザインの真宵アリスであって、デビュー前の演者は関係ないでしょ」


 普通なら歓喜するするだろう。虹色ボイス事務所も大騒ぎしているかもしれない。直前でバズって注目を集めるなど、VTuberデビューのスタートダッシュとして完璧だ。


 演者が一年以上引きこもって、まともに人と話したことがないダメ人間でなければ。

 集まる注目に再びプレッシャーが襲いかかってくる。

 そんな弱気を見透かすように問いかけられた。


「逃げたい? 今なら機材トラブルで延期できるし、事務所と揉めたってデビューも辞められるよ」


 ずっと逃げてきたんだから今更でしょ。

 そう続けられたなら反発できた。反発して本当に逃げたかもしれない。

 けれどねこ姉の口調はどこまでも平坦で優しい。ここで逃げたいと告げれば、すぐに事務所に連絡を取って中止の連絡をしてくれる。VTuberデビューは詠のためねこ姉が虹ボ事務所に持ち込んで進めた話だ。

 せっかく待機所がバズった好機を逃すなど事務所は許さない。デビュー辞退となればイラストレーターねこグローブとして積み重ねた信用全てを失うだろう。

 それでも詠を責めない。

 そういう人だからこの一年甘えていた。そういう人だから今は甘えられない。


 これ以上は迷惑をかけられない。自分を変えるなら今だ。

 ……なんて前向きに決意をする主人公思考なら引きこもりにはならない。


(あぁ……これはもう逃げられない。逃げた方が重い。さすがねこ姉)


 後ろ向きに覚悟が決まった。


「あ、うたちゃんの目が本気になった」


「ねこ姉って重い女だよね」


「……うん。その唐突な暴言。うたちゃん暴走モードだね。やる気になったのはいいけど、思考が駄々洩れになるその癖はどうかと思うよ」


 ねこ姉が何か言っているが無視する。

 そもそもが熟慮した結果。他に選択肢がないからVTuberデビューだ。最初から逃げ道なんてない。現実から逃げて、引きこもった。現実からは逃げきれても、恐怖からは逃げきれなかった。

 そう悟ったから挑むのだ。

 基本は逃げる。

 小動物のごとく逃げる。脱兎なんて後ろから抜いてやる。私の逃げ足の方が早い。

 動き出す時は常に背水の陣に追い込まれた後だ。窮鼠猫を噛むだ。

 人生を後ろ向きに全力疾走させたら誰にも負けない自信だけはある。


 この一年、引きこもってから直接会話したのねこ姉とマネージャーの二人だけ。

 コミュ障爆発人間嫌いのダメ人間にとって、同時接続が一万人だろうと、二万人だろうと関係ない。元々十人でもキャパオーバーだ。数の多さなど誤差の問題でしかない。

 コミュ障にとって対人とは常に零と一の世界だ。話すか話さないか。デジタル化万歳である。


「The Show Must Go On。ショーマストゴーオンだよ、ねこ姉」


「……うたちゃんはまだデビュー前だから舞台に上がってないよね」


 外に出ること。人と話すこと。それ以外のやれることは全てやった。もうダメな気しかしない。

 デビューが決まってVTuberについても研究した。段取りは頭に入っている。デビュー配信のノルマもわかっている。

 大事なのは分刻みの予定や時間配分などではない。

 沈黙が続いたり、たどたどしいのはダメ。段取りに手間取りテンポが悪いのも許されない。けれど台本通りの円滑な進行も求められていない。

 必要なのは場を盛り上げること。

 流れるコメントから的確に空気をつかみ、適度にリスナーと対話することだ。


(つまり不可能!)


 そんな繊細かつ高度なコミュニケーションスキルを陰キャな引きこもりが習得できるはずがない。だから最初から全てを支配する。

 リスナーの反応や空気感を想定し、誘導し、勢いだけで押し切る。

 それしかできることはない。


「よし。当たって砕けて爆発してくる。ねこ姉は部屋から出て行って」


「まさかの開始前からデビュー敗北宣言!? 付き合いの長いねこ姉もさすがに予想できないよ。本当に大丈夫なの?」


「私の辞書に大丈夫の文字はない。いいから出て行って!」


「それダメなやつだよ! え? えっ? うたちゃん、まだ開始予定時刻まで十分以上あるよ」


 ねこ姉の背中を押して、部屋から追い出し、鍵をかける。

 恐怖におびえる時間を強制的に終わらせる時が来た。


「やる気充電完了」


 引きこもりの自分は必要ない。髪を整え、普段着にしているメイド服のしわを伸ばし、朗らかな笑顔の仮面を被る。

 ちらりと見た卓上の鏡に写るのは自分という知らない赤の他人だ。


(誰だこのメイド?)


 客観的な第三者に置かれた自我がドン引きする。

 もう真宵アリスというキャラクターを演じるしかない。


「キャラクター真宵アリスをインストール」


 真宵アリスのキャラクターはもちろん頭に入っている。でも真宵アリスのキャラクタだけでは足りない。真宵アリスの演者。その仮想人格まで作り上げて、自分の中に沈めていく。

 結家詠という存在は剥離していき、どこまでも遠ざかる。


「お仕事モード起動」


 もうマウスを動かす指が淀みなく動く。恐れも震えもない。

 そしてショーの幕は上がる。

 変に汗をかいたからお風呂入りたいな、と考えながら。





 お願いします。

 第一章完結の二十話まで読んでほしい!

 電撃の新文芸より発売中の『引きこもりVTuberは伝えたい』第一巻の内容です。

 章別で大切なメッセージが込められた作品です。

 第一章は主人公の一人舞台。

 第二章以降は新キャラがどんどん出てきて賑やかになっていきます。


 VTuberモノですがVTuber好きに向けた作品というわけではありません。

『この作品に出会えてよかった』『また夢を追いかけます』など感想を数多くいただけている作品です。

 作者自身が10代の頃に聞きたかった言葉、理解しておきたかった生き方が作中に書かれています。


 あなたの人生に明るくする物語でありますように。

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