第八話「情報屋」
「以上が報告となる」
「ご苦労だった」
啝式協会第三支部の支部長室で、私は安達に現状を報告した。
コレミアに報告する前に、彼に途中経過を話す方が長期化することを考慮すればよいと判断したのだ。
「そこまで腐ったか、統制会」
表情に変わりはない。だがその声色には静かな怒気が含まれていた。
何十年もの間、忠誠を誓い続けた場所が失墜したとなれば、誰もが落胆するだろう。
「国家間での戦力争いなどどうでも良い。我々には異形を完全に滅ぼすという大きな役目があるというのに、それを忘れ、他国に対抗する力を欲するとはどういうことだ」
「……人形は日本だけのものではなくなった。それが大きな要因だろう」
安達の言葉に私は口を挟む。
「宵闇ノ書をネットワークという広大な海に流した男、【流転綴】。奴さえいなければ」
安達は拳を強く握る。
流転綴。海外では功労者、日本では罪人と呼ばれる人物。人形の製作法をネットワークを通じて広めた張本人。
「流転は今どうなっている?」
「目下捜索中だ。どんなことがあろうと見つけ出して、死なない程度の苦痛を永遠に味わってもらう」
存在意義に固執する安達と、人形のオリジナルとして海外競争に遅れをとりたくはない啝式協会。それぞれ理由は違えど、結局は執念に囚われた同じ穴のムジナだ。
「さて、安達支部長。我々はどうすればいい?研究室はもぬけの殻。探すにも当てがない」
実際のところは無いわけではない。研究室に倒れていた少年が目を覚ませば、何かわかるかもしれないが、この事は安達には黙っていた。
「アテならある」
「……何?」
安達はタバコを取り出し、ライターで火をつける。
「架線アキ。奴のところに行け。情報収集ならそこに行くに限る」
モルフォの諜報班の情報の収集力と信憑性はかなり高い。その中でも自分たちのライバルとなり得る存在となれば尚のこと調べているはずだ。
しかし───。
架線。聞いたことのない姓だ。そのような存在はモルフォの諜報班から伝えられたことはない。
「……何者なんだ、その架線アキというのは」
「情報屋だ。啝式協会にも臆さず、金銭を要求するほど図太い奴でな。そういう意味では信頼がおける」
「……なるほど」
どんなに相手がデカかろうと折れない意志。それは逆を言えば容易に口外はしないという、我々のような影の存在からはありがたいポリシーと言える。
そんな情報屋であれば、研究内容や少年の正体も知れるかも知れない。
「アンタが聞けばいいんじゃないか?なぜ我々がわざわざいかなければならない」
「分かっているはずだ。第三支部がこの依頼をしているのは当然秘匿だ。未だ勘付かれていないのは定期的にくる報告で分かっている。ならば本部との関係を維持したまま、この任務を完了させた方が、今後の為にも良いだろう」
第二、第三の今回のような研究が行われたとしても、同じように潰す。それをするためには安達自身の地位と第三支部の存在を保つことが必要条件になってくるというわけだ。
そのためにはできるだけ不穏な接触を避けた方がいいのも納得がいく。
安達はこちらに向き直り、
「架線アキから情報を受け取り次第、調査を再開してくれ。話は以上だ」
そう言って二人きりの報告会は終わった。
「ここらしいが……」
私はシュレイ、クリアノーツ、ミィナと共に、安達に渡された情報をもとに、架線アキの拠点に来ていた。
─しかしそこに在ったのは大きな屋敷であった。
想像ではもう少しこじんまりとした雑居ビルのような場所だと思っていたため一瞬、情報を見間違えたか、安達の情報が誤っているのかと思ったほどだった。
「にわかには信じがたいな」
「でも表札にはー、架線って書いてあるからここなんじゃないのー?」
「とりあえず呼び鈴を鳴らしましょう?」
クリアノーツの言葉に従うがまま、私は呼び鈴を鳴らした。
ピンポーンという和風のお屋敷の雰囲気を壊す電子音が鳴り響いたかと思うと、間も無くして、群青色の着物を身に纏った赤髪黒目の女が現れた。
「モルフォ部隊の皆さんですね。お待ちしておりました」
「……」
その女性は律儀にお辞儀する。
私たちといえば、まるで予定していたかのようなその対応に驚愕していた。
「なぜ、俺たちが来ると知っている?」
シュレイが質問すると、女性はくつくつと笑う。
「……架線家に知らないことなどありません。今日と明日、そして過去の事については尚更」
微笑みながらそう答える女。その雰囲気から嘘偽りを感じることはない。
情報屋の架線。安達が最後までこの存在を私たちに知らせなかったのは、最終手段であるからだという考えに至るのは容易だった。
そして今その最終手段と私たちは出会っているのだ。
「あなたはー、何者なんですー?」
そうでした、と言いつつ女性は姿勢を正し、
「申し遅れました。私、架線アキの人形【魅奈】と申します。
と言った。
架線家の中は想像通り、日本のお屋敷のイメージをあてがったものだった。シュレイ曰く、数奇屋造りというものらしい。
「それにしても、随分と立派なお屋敷ね」
「えぇ。架線家の歴代当主様たちは皆、序列入りしている実力者の方ばかりですから。おかげでこのような屋敷に居続けられます」
クリアノーツの問いかけに、先導している魅奈はそう返答する。
正門の大きさはもちろんだったが、庭や敷地の面積を考えるに維持費でもかなりの物のはずだ。
そのことから歴代当主の活躍ぶりも窺える。
当主は全員序列入りの経験がある。その序列入りが実力からか、啝式協会の弱みを握っているからなのかは分からないが、どちらにせよ大層なものだ。
「……ということは君の主人も序列入りしているのか?」
「はい、勿論です。アキ様は序列八位です」
「序列三位の詩ノ原と会ったことはないの?」
「勿論ございますが、主人は序列入りの方々はお堅い方ばかりで話にならないと、あまり良い印象は持っていないようです」
長い廊下を渡り、一室で魅奈は足を止めた。
「失礼します。アキ様、モルフォ部隊の皆さんを連れてまいりました」
「はいよー、ささっと入れてくれ」
魅奈の声に対し、凛とした女性の声が返ってきた。
その言葉を聞いた魅奈はゆっくりと扉を開けた。
扉の先には大きな道場があった。木の床は黒く変色しており、時代の流れを感じさせるものとなっている。
道場の正面には掛軸がかけられており、そこに書いてある言葉は『唯我独尊』の四文字。
そしてそんな道場に胡座になっている女性が一人。
「はじめまして、モルフォ部隊の皆さん。ようこそ我が城へ」
金髪に染めた髪の毛を後ろで束ね、道着とも着物ともいえない奇妙な和装を身に纏った女性はそう言った。
「アンタが架線アキか?」
「いかにも。私がここの当主にして序列八位の架線アキだ。さぁ、立っているのもなんだ、そこに座るといい」
私たちは架線アキの手を差した座布団にそれぞれ座る。
これが安達の最終手段。情報屋というのは、今までの経験からして陰気な者の集まりだと思っていたのだが、どうやら今回は違うらしい。
「私たちがきた理由は分かっているのか?」
その言葉に架線アキはハッハーと笑い、
「勿論さ。啝式協会第一支部での研究内容についてだろう?序列三位と正面突破したら、あら不思議。人間と人形と子供たちの死体の山。そして一人の生存者」
その語り口はまるで全てを見てきたようだ。
「なら話は早いわね。その啝式協会第一支部の研究内容を教えて」
「その前に、ね」
手で制し、架線アキはこちらの表情を窺う。
「どっからの差し金なんだい、アンタたち」
ニヤつきながら架線はそう投げかける。
「……てっきり知っていると思ったんだが」
「モルフォ部隊の諜報班は結構優秀でね。私でも情報を引っ張ってこれないんだよ」
「……」
情報屋に知らない情報を渡すというのが、どれほどリスクが高いかなど想像にするに難くない。
「言わなかったら?」
「……そんなの聞くまでもないだろうさ。情報のトレード。もしくは情報に対する相応の金額を容易してくれなきゃ、当然こちらだって動かない」
「いくらだ」
私の問いかけに対し、架線アキは指を一本立てる。そして一言、
「一億」
と告げた。
「本気で言ってるのかしら?」
「本気も本気、マジだとも。この情報がどれだけ君たちにとって有益で、私たち架線家が危険な状況に陥るかを想像すれば、これくらいが妥当さ」
啝式協会にすら情報提供とあれば金銭を要求する架線家でも、今回の問題は多くのリスクを伴うもの。啝式協会の技術のトップの八咫烏が動くことも想定するという言うことなのだろう。
だが当然、そんな大金をポンと出せる訳がない。
情報をもらうには、差し金がどこかを話す以外に選択肢はない。
「それほどまでに危険な情報だと?」
「そりゃそうさ。啝式協会のイメージをひっくり返すようなもんだ。見かける犬が実は狼だったなんてもんじゃない。天使だと思っていた存在が実は悪魔だったってレベルさ」
「……どうするジェネスタ」
安達とアメリカ。どちらも依頼主であり、重要性という天秤を用いても重さは全く一緒だ。
比較する方法がないとなると完全に八方塞がりだ。
だが今は日本に居なければならない。でなければ日本の任務以前にアメリカの任務までもが失敗という形で終わってしまう。
研究内容とアメリカへの情報提供。
───そうなると。
私が口を開こうとした瞬間、
「……アメリカだよー」
とバラしたのは意外にもミィナだった。
「ミィナ!」
「だってさ、クリアノーツ。これじゃ埒があかないよー。私たちはお金だってないんだしー。確かに依頼主の素性を出さないのは傭兵として必要なことだけど、それ以前に依頼を完遂させることが大事でしょー?」
「確かに、ミィナの言う通りかもしれないな」
シュレイは頷きつつ、そう呟く。
「ほーアメリカか。ま、最近の動向から考えるに商業スパイみたいな感じか。周りがどれくらい人形の研究が進んでるか探ってるのね」
その言葉は完全に的を得ていた。
アメリカの進捗が遅れているということは架線アキの耳にも入っていたのだろう。
「そんなところだ。……次はそっちの番だ」
「オーケー、ちょっと待ちたまえ」
架線アキは自分の座っていた座布団の下から端末を取り出した。
そしてふむふむと彼女は頷きながら、
「啝式協会第一支部で行われていた研究は、【純粋な霊魂】の研究だ」
架線アキは続ける。
「君たちのような海外勢にはそもそも無いけど、啝式の人形には絶対に必要になってくるエンジンとも言える【霊魂】。実のところ、霊魂は混じり合っているモノというのはご存知かな?」
「混じり合っている?」
「そう。霊魂の材料は霊子。霊子は大気中のマナや霊的残滓の総称で、これらを必死に集めて一つに固めているのが霊魂なんだ。それで最近、材料である霊子の種類と分量で、ある法則性があることがわかったんだ」
啝式は武器を体の中に仕込んではいけない、人型にしなければいけないというルールがある。
そして啝式の最大の特徴の特異と身体能力のステータスは全て霊魂によって決まるらしい。
そのため霊魂の研究を日々されていたという情報は随分前から存在していた。
「その法則性というのは?」
架線アキは不敵な笑みを浮かべる。
「さっき霊魂は混じり合っているという話をしただろう?その混じり具合が少なければ少ないほど強力な霊魂が作ることができるってことが分かったんだ」
混じり合いが少ない、つまり純粋。
「ある人形使いが、人形を作る際にどうやってかは知らないが一種類の霊子だけで霊魂を作ることができたんだ。霊子は空気中に散在しているから、どうやってもいくつかの霊子が混ざり込むものなんだけどね」
「その人形使いの名前は?」
その正体が分かれば、どういった実験がなされているか分かる筈だ。
私の問いに対し、架線アキは視線を僅かにずらす。
「申し訳ないけど、これはまた別途料金だ。本人から口止めされているしね。……研究内容はそんな成功例が現れたことによる、霊魂の質の向上というわけだ」
「だが、それだけではなぜ子供が使われているかが分からない」
シュレイの意見に対し、
「ハッハー、少しは頭を使いたまえ人形たち。それでも分からなければ序列一位に聞くといい。何か分かるかもしれないよ?」
と顎をさすりながら架線アキは言った。
「情報は以上だ。他に何か聞きたいことは?」
「特にないわ」
「……そうかい。なら最後に一つ忠告だ。今回の件は啝式協会にかなり首を突っ込むことになる。それは八咫烏を相手にするってことだ。くれぐれも気を抜かないようにね」
架線アキの表情は、先ほどまでとは打って変わって、真剣そのものだった。
統蓮路の口からも出た単語、八咫烏。どれほどの実力の持ち主なのだろうか。
「忠告感謝する。それでは私たちはお暇するとしよう」
「あぁ。魅奈、あとは頼むよ」
「はい、アキ様」
私たちの後ろにいた魅奈が反応する。
こうして私たちと架線アキの、最初で最後の会話は終わりを告げた。