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Rusty Chain  作者: 接木ねこ
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第五話「想起」

「ねぇジェネスタ。貴方は私をどう思っているの?」


「どうも思ってはいない。私が従わなければならない存在、必要不可欠なパートナー。それだけだ」


「ふふっ、貴方は本当に冷たいのね」


 森の中の小さな家の中で私の主人はそう言って、日差しが当たるベットの上で本を開く。


「ジェネスタ、私はね。人形と主人の関係は、初心な恋人達に近いって思っているの」


 本を読みながら話すことが得意だと、謎の自負をしている主人は金色の髪を風で揺らしながら続ける。


「ずっと離れられない。いつもベッタリしているけれど、相手のことをまだ理解しきれていない。別の側面を持っているんじゃないかっていう不安と好奇心の織り交じる関係。それが私たち」


「……そんなわけがないだろう。アンタに私の知らない事はないはずだ」


 その言葉に主人はゆっくりと首を振る。


「いいえ、あるわ。だって貴方は成長しているもの。私の知らないところで何かに触れて変わっている。だから私の知っている貴方はきっと随分前の貴方よ」


 私の主人は、私をたった一人で作り上げた。

 

 国から支援されたわけでもなく、日本人が流出させた宵闇ノ書を深層Webから引っ張り出して、自力で組み上げた。


「貴方が羨ましいわ、ジェネスタ。人間とは違う感性を持っている貴方が」


「……何が言いたい」


「人間はね、みんな平等を求めるの。みんなで手を繋いで、みんなが幸せになるように苦労を分配しようって。でもね、そんなのは同調圧力でしかない。互いが互いを監視して、何かやらかさないかジッと見合っているの。それで一回でも価値観のずれた事を言うと、その人は袋叩きされて社会から見捨てられるの。すごいよね、みんな違ってみんな良いなんて言葉があるのに平等を求める。その行為自体がアンバランス」


「だがその手つなぎによって、人類は今まで存在し続けていられるんだろう?」


 私の質問に対し、また主人はゆっくりと首を振る。


「いいえ、昔だったら人間は一人でも生きていけたの。それが今は無理になっただけ。他者を認識して、その人の顔を知ったから。声を知ったから。……体温を知ったから」


「……だからアンタはこんな森の中で生きているのか」


 名無しの森。主人と私の住んでいるところは、地図にも一番近い町の者にもなんとも呼ばれていない空白の領域だ。


 誰からも見られることはない。誰と接することもない。そんな他者との触れ合いが一切ない場所に私は主人と暮らしている。


「そうよ、他人に価値観を歪められたくないの。矯正されたくないって言った方が正しいかしら。社会が構成した世界じゃなくて私の世界で生きたい。……だからねジェネスタ」


 主人は私をその青と琥珀の双眼で見つめてくる。


「貴方も、貴方らしく生きて。そして、いつか【家族】を作ってほしいな。家族のいる人形なんて居ないでしょうし」


 主人はそう笑顔で言った。





「さて、拠点と言われて来てみたが……」


 指定されたポイントに到着してみると、そこにはいつ建設が止められたか分からない、大きな廃ビルが建っていた。


 塗装もされていないその廃ビルは、電気も通っていないからか、夜である今は小さな光が三階からのみ灯っている。


 そんなビルを眺めていると、

「私には廃ビルにしか見えませんが、これが拠点ですか?」

 凛とした声が、私の後ろから飛んでくる。


「そうだ。ここが我々の拠点になる場所だ。……何か不満かな、無縁殿?」


 私は振り向き、質問の当事者を見ながら、そう回答した。


 透き通る白い肌。


 墨で塗りつぶされたかのような黒い髪。


 深淵を見る光なき黒い瞳。


 そして喪服を連想される黒を主とした着物。


 モノクロの住人のような序列三位の人形がそこにはあった。


「……いえ、別に不満があると言うわけではないのです。ただあなた方は、この程度の拠点に収まるのだなと思いまして」


「……褒めているということにしておこう」


 私はそう言いつつ、詩ノ原と無縁と共に廃ビルの中に入っていく。


 廃ビルの中も外壁と同様塗装は一切されてなく、剥き出しの鉄筋やコンクリートの素組となっていた。蛍光灯すらついてなく、月の灯りのみが頼りとなっている。


 ほどなくして、三階まで上りきると、そこには六つのパイプ椅子と、一つのデスクが置いてあった。


「遅かったねー」


 間延びした口調でミィナは俺たちを出迎えた。


「初めまして、序列三位。噂はかねがね、国境を越えて聞き及んでいる」


「これが序列三位。なんだかパッとしないわね」


 シュレイとクリアノーツも、それぞれ相応の反応を示す。


「お初にお目にかかる。私が序列三位の主人、詩ノ原創元。こっちが人形の無縁だ」


 無縁が小さくお辞儀したところで、私は席に座るように促す。


 モルフォ部隊四人と啝式協会序列三位。改めてみるとなんとも奇妙なメンツだ。普段は交わらない点と点が繋がったような感覚に陥る。


「さて作戦会議といこう。まずはそれぞれの目的の確認からだ」


 作戦を組み上げることに長けているシュレイは、そう言って司会を始める。


「まず我々モルフォ部隊はある所の依頼で、世界各国の人形の情報収集をしている。私たちはその中の日本を担当している。そして日本からもタイミングよく依頼が来ており、その依頼内容が啝式第一支部を探ってほしいというものだった」


 アメリカの依頼内容の開示は、詩ノ原ほどの実力者であれば、いずれバレるのも時間の問題と思ったからだ。


 わざわざ隠してまで、啝式第一支部以外の情報を収集するのも骨が折れるというものだし、詩ノ原が現状、啝式協会に不信感を募らせているため、我々の邪魔をしてくる可能性も低い。


 詩ノ原も私の話を聞きそれに続く。


「我々の目的は、第一支部で行なっている研究が何なのかを解明することだ。啝式協会の今後の意向は正直、私を含む【序列入り】している全メンバーが反対している。そんな状況で極秘裏に行なっている研究があるとなると、我々も知る必要があると思ったわけだ」


 啝式序列入り全員の総意。啝式の今後を背負う十人が反対しているにも関わらず、啝式協会は意向を変えないというのは些か不思議に感じた。


 私の考えを見抜いたのか、詩ノ原は一つため息を吐いた。


「我々、序列入りはあくまで称号のようなものだ。決定権や執行権は【統制会】という連中にある。序列一位が代表的な会議に出席することはあるがね」


「つまり暗躍しているのは統制会だと言うことね」


「恐らくは。それに研究がどれほど進んでいるかも一切把握できていませんから、行動するなら早めがいいかと」


 無縁の意見は最もだった。相手がどれほど進んでいるかわからない状況ほど、緊迫しなければならないのは当然だ。もしかしたら研究は完成している可能性だってゼロではないのだ。


「しかし、どうやって第一支部に侵入する?容易ではないという事は、アンタ達の方がよく分かっているはずだ」


「そんなのは簡単だ」


 そう言って詩ノ原は続けて淡々と、

「正面突破だ」


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