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Rusty Chain  作者: 接木ねこ
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第四話「贖罪」

 雨が降り桜を濡らす中、詩ノ原は墓の前に立っていた。傘も差さず、体を濡らしながら、雨水に一切の嫌悪感を見せずに、一つの墓をじっと見つめている。


 近くに人形の姿はない。ましてや人など一切存在せず、雨音だけがここにある唯一の変化する物と言えた。


「何か用かね?」


 私の存在に気づいたのか、そう口を開く。


「さすがは、序列三位といったところか。気配察知もお手の物だな」


 私はステルス迷彩を外し、詩ノ原の後方に立った。


 いつ襲われてもおかしくない状況でも人形は現れない。よってここには無縁が居ないということも確定的と言えた。


「闘争の臭い。戦場を駆ける者はそれが濃い。特に貴殿ら傭兵はな」


 詩ノ原創元。啝式序列三位がそこには居た。年齢は五十後半。普通であれば衰えを感じさせるはずであろう世代となっていても、安達と同様その顔つきは戦士のままだ。


「なるほど、同じ獣の臭いはすぐ分かるというわけか。アンタだって私たちと同等かそれ以上、殺し壊しているだろうからな」


 はぁ、と詩ノ原はため息を吐き、こちらに身体を向ける。


「……そうだろうな。私は多くの同胞を殺した。謀反を起こす者、本来の啝式の意義を忘れた者。狂気に堕ちた者たちをたくさん殺した。それが今後の啝式のためになるだろうと思い、願ってだ。……だが、実際は違った」


 詩ノ原は後悔と罪悪感をその表情に滲ませた。


「ドールヒートライン。人形の研究競争により国同士の関係は悪化している。本来ネットワークの網により一層強固な繋がりが出来ているにも関わらず、それぞれがその網にかからないように水面下で研究が進んでいる。力ではなく調和。それこそが私の願う世界の在り方だった。……しかし」


「しかし、啝式協会の考えは違った?」


 詩ノ原はゆっくりと頷く。


「啝式協会の考えは、より性能を高めた啝式を製作するというものだった。その行動理念は私とは真反対の、私の望まぬ【力による抑止】そのものだ」


「その計画がE計画というわけか」


 詩ノ原は驚きの表情をする。


「……ふむ、そこまで知っているとはな。少々モルフォ部隊を侮っていたようだ」


 この情報が安達からの提供である事を話そうか迷ったが、詩ノ原がそれにどういう感情を抱くか計り知れないため、私は話を続けるように相槌をするだけに留めた。


「ただ肝心の計画の内容が掴めていない。霊魂に関する研究だということくらいだ」


「残念だが、それは私も同じだ。まだ研究については何も掴めていない」


 その言葉を聞き、私は好都合と考えつつ、

「……そこでだ。我々と協力しないか序列三位」

 と提案をした。


 その言葉を聞いて、詩ノ原は一度目を見開き、くつくつと笑う。


「まさか傭兵から雇われるとはな。モルフォ部隊も人手不足というわけか」


「こちらも色々訳アリでな。さっきアンタが言ったドールヒートラインのこともある。……イギリスの女帝は大規模な人形の戦争が起きるなどと言ってたな」


「……コールフィールド嬢か。あの者の先見の明は確かなものがある。この界隈がどうすれば正しくなるか、どうすれば壊せるか。彼女には全て見えている」


 コールフィールド家はただ単に人形の力だけで生きている一族ではない。経済学、帝王学、心理学など多くの勉学を通し、一族の発展と人形界隈の運営の一端を担っている。


 その中でも現当主である【エリザヴェータ・ドミートリエヴナ・コールフィールド】は歴代当主の中で一番のキレ者と言われている。


 予言かのような的中率と対策は、今後どうすればいいか、企業主が尋ねるほどだという。

 創元は顎を触りながら、

「……よかろう。貴殿らの仲間に加わろうじゃないか」

 と即答した。


「随分とあっさりだな。もっと悩むと思ったが」


「こちらも単独では人手不足が否めなかったところ。利害が一致したまでの話だ」


「それでは私たちの拠点へ案内しよう。仲間が見つけてくれたようだ」


 詩ノ原と話している間も私はミィナと連絡を取り合っていた。どうやら良い拠点となりそうなところを見つけたようだ。


「ところでこの墓は?」


 私の問いかけに一度、詩ノ原は墓に目をやり、

「孫の墓だ。……良い子だった、最後も湖で溺れた弟を救おうとして死んでいった」


 懐かしがりながらも、憂いを含む声でそう言った。


「毎日来ているようだが、一体何故だ?」


 話を聞くに、詩ノ原本人が直接関わっているようには思えない。それでも、毎日訪れるということが私には不可解だった。


「……贖罪(しょくざい)だ。何も出来なかった無力な大人の一人としてな」


「誰が許す?いつまでそうやっているつもりだ」


「……許す許さないの問題ではないんだよ人形。所詮、これは私のエゴに過ぎん。そこには強制も義務も必要性も関係ないのだよ。人間は何のこともないことに労力を掛け、変えなければならない事は平行線を辿る」


 そう言って踵を返し、詩ノ原は墓地の入り口へ歩を刻み始める。水溜まりも何も関係ないというようにただ真っ直ぐに。


「……いや」


 後ろを付いていこうとすると、詩ノ原は歩みを止め、さっきまで佇んでいた孫の墓を細目で眺め、

「もしかしたら、あの()に認められたいのかもしれんな」

 と呟いた。


 その呟きは雨音にも消される、小さな願いの言葉に私には聞こえた。




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