第三話「仕込」
再び歩き始めて数分。一つの扉の前で日本人は歩みを止めた。
扉には【支部長室】の四文字。
日本人が扉をノックすると、
「入りたまえ」
という短い返答が届き、それに合わせて扉を開く。
「それではごゆっくり」
まるで喫茶店の店員かのような挨拶と共に、日本人は部屋に入ることなく扉を閉じた。
部屋の中はアンティークな絵画や調度品が並べられており、大きなシャンデリアが天井から吊るされ部屋を明るくしている。
「単刀直入に行こう」
先程の日本人たちとは変わって軍服のような衣装を身につけた啝式協会第三支部長【安達元隆】はそう口を開いた。
険しい表情と顔に描かれた傷跡が、歴戦の勇士であることを物語っている。
「各国の人形の軋轢は悪化の一途を辿っている。特にロシア、アメリカ、イギリスに関しては公にされてはいないものの、何度か衝突しているという情報も入っているほどだ」
ドールヒートライン。日本の人形設計図の宵闇ノ書が漏洩してからというもの、人形同士の争いは激化している。
存在意義や仕様による人形の定義の曖昧化が大きな要因と言われているが、それよりも政治的な策略の方が大きいのは、誰もが分かることだ。
「その中にアンタらの啝式だって入っているんだろう?」
日本の人形である啝式とて、それは例外ではない。海外には赴かないものの、日本の中となれば海外の人形など塵も残さないように消滅させているらしい。
しかしそんな協会のやり方に異議を唱える者もおり、内部分裂も時間の問題ではないかとまことしやかに噂されていたりする。
私の問いに対し、安達は表情を変えず、
「私たちが善であり起源だ。我々がこの出来事に裁きを与えずして誰が与えるというのだ」
【オリジナル】【人形の原点】。日本の人形はそう呼ばれることが多く、そしてその実力もその異名に恥じない。生産のスピードでは各国に明らかに遅れを取っているものの、未だに大敗したことはないのが彼らの人形たちだ。
「しかし、その前にだ」
窓の外を見て、安達は続ける。窓の外では桜が舞い散っており、日本の四季の強さを物語っている。
「少し前からある噂が流れていてな」
「噂?」
「あぁ、啝式協会第一支部についてだ」
啝式協会第一支部は啝式協会本部の直属。
そんなところからでる噂となると、これからのことは安達の独断の行動であることが伺えた。
「【E計画】。彼らはそんな風に呼んでいる」
「E計画……」
「私の部下が第一支部に行ったとき、同志たちが研究員と話していたらしい。あくまで小耳に挟んだ程度のものだったらしいんだが『霊魂の質向上の進行具合は七割程度』『まだ外部には漏れていない』とのワードが聞こえてきたらしい」
【霊魂】は人形にとって、特に啝式には必要不可欠な人間でいう心臓のようなものだ。
消えない炎と例えられることもあり、破壊することは不可能。よって啝式は身体を完全に破壊するか、意識の断絶以外に殺すことはできない。
「今の啝式協会本部には何かある、それは確かだ。ここ数か月、啝式協会本部と第一支部からの定期連絡には違和感がある。何かを隠そうとしているあやふやな表現、それが増えてきている。本部に聞いてもそんなことはないの一点張りだ。そこで君たち殺人鬼の出番というわけだ」
嘲笑しながら安達はそう続けた。
挑発のつもりなのかもしれないが、そんな比喩なぞこれまで殺してきた人形や人間によく言われてきた腐れ台詞だ。いちいち反応しては埒があかない。
「それで、任務は一体なんだ?安達支部長」
安達は表情を険しいものに戻し、私に対しこう告げた。
「ジェネスタ・マッケンゼン。啝式協会第一支部の情報収集を行い、研究の内容の報告、そして研究結果の抹消を行え」
「……なるほど。つまりは俺たちにとっても好都合というわけだな」
シュレイは三次元空間チャットでそう話す。
私たち日本に派遣されるグループはグッドタイミングというべきか、今回の依頼に乗る形で、日本には堂々と潜入することができた。
「でもさーそうなると、攻めるところは啝式協会第一支部になるってことでしょー?」
ミィナはいつものけだるそうな口調で呟く。
啝式協会第一支部。日本の人形関連の施設でもトップクラスに厳重なそこは、容易に入り込める場所ではない。
「施設の情報は第三支部から既に配布されているが、強行突破するのは難しい。施設自体に霊子術によるコーティングはされているし、あちこちにセンサー機能。巡回する人形は三階層それぞれに二〇体はいる」
「そうなるとどう潜入するかというところよね」
クリアノーツは私を横目に見る。
私はそれに対し頷き、
「……仲間を作る。これに限るだろう」
そう答えると、三人は呆れた顔をし、
「いつも通りということだな。ジェネスタの傀儡作戦」
とシュレイは言葉を発する。
リスクは少なく、かつ効率的に。それには私含めた四人以外に仲間を作り、そいつにも働いてもらうのが一番良い。
日本の内部事情はモルフォ部隊の諜報班でも、入手するにはかなりの時間と労力を要する。今回はそれに加えて大規模の同時作戦だ。イギリスやロシアなどの情報入手にも人材が必要だ。
「それで今回の生贄は?」
「これを見てくれ」
デジタルテキストを開き、全員に配布する。
そこには一人の男と女型人形の顔。
「詩ノ原創元。現在、啝式協会【序列三位】の男。そしてその男の人形の【無縁】だ」
啝式協会には序列が存在する。序列三位、それはつまり啝式の中で三番目に強いことを表す。
「これはまた随分とお高い地位の人を狙ったわね。協力してくれるかしら?」
「それはまだ分らんな。ただこの男、我々と同じようなことをやっていてな」
「っていうとー、潜入まがいのことー?」
詩ノ原は元々人形使いではなく、【霊劫術師】という術式系の生まれだった。
しかし、その後何らかの理由で人形使いとなり、使えていた霊劫術は人形の魂である霊魂のコントロールのために使えなくなった。しかし、その下位互換である霊子術を巧みに扱い、現在では序列三位の称号を手にしているのだ。
そんな詩ノ原も第三支部長の安達と同様か、最近になり親衛隊を使い、啝式協会に探りを入れているという情報がモルフォ部隊の諜報班から入った。
「それでどうやってコンタクトを取る?」
「詩ノ原は毎日ある場所に行っている。そこで待つのが一番良いだろう」
「あとー何か話すことってあるっけー?」
「拠点も考えねばならないな。一日で終わるような作戦でもない」
「それじゃーそれに関しては私に任せてー。誰も来ないようなところ探しとくよー」
「詩ノ原とのコンタクトは私が。拠点確保はミィナ。クリアノーツとシュレイは引き続き、情報収集を頼む」
それぞれが頷くと三次元空間チャットから消えていく。
私もホスト権限を放棄し、自動的にルームは閉じていく。
ゆっくりと目を開くとそこは現実の世界。
夜の風が頬を撫でている中、私はタバコに火をつける。
「作戦開始だ」