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Rusty Chain  作者: 接木ねこ
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第一話「稼働」

 とある大国の片隅にある小さな基地の中で、私は十余人の同志と共にリーダーであるコレミアに呼び出され、大きな会議ホールに並んでいた。


 このような呼び出しがあるときは大抵、大規模作戦への参加が主となっており、今回だってそんなところだろうとタカをくくっていた。


同志の一人である【エジェム】もステンレス製のコップにコーヒーを入れ、それを啜りながら呼び出した張本人を、他の同志と談笑しながら待っている。


 傭兵部隊。

 強面の連中たち、人間の兵隊であればそう例えられるのが多くいるのだろうが、ここのメンツは端麗なものが多い。男女同等の数がおり、それぞれが腰にお気に入りのハンドガンを携えている。


 蝶を基調にしたシンボルを掲げた、私たちの部隊は【モルフォ部隊】と呼ばれている。


 我々の仕事は日雇いが多く、大抵はスパイ活動や戦争の代理者として介入するといういわば傭兵だ。ここにいる奴らも、付き合いがいくら長かろうと敵同士になれば殺しあう仲。


 我々、つまりは人形同士で殺し合うのだ。


【人形】

 この単語は、我々の世界での意味は一般のそれとは違い、【戦闘用人形】という意味を指し、その存在理由は多種多様だ。


 かつては【異形】という摩訶不思議なモノノ怪を倒すためだったが、それも消失し今では人間の代わりに戦争を行う兵器として導入している国も存在する。


 そして私たちもその中の一体だ。


 そんな我々が所属するモルフォ部隊の結成はおよそ二年前だ。


 当時、日本から人形の制作方法が記述された【宵闇ノ書】が、深層WEBに流出してから一年が経過した頃だった。


 各国がそれぞれ人形の試作をしている真っ最中で、私たちの中にも失敗作という烙印を押され、ここに流されたものもいるし、私のように国を嫌い、主人を捨てた者もいる。


 放浪者(ノーマッド)

 私たちはそんなモノの寄せ集めで、少し前までは正規の傭兵部隊という些か可笑しな単語の羅列をした存在として、アメリカの犬になっている時期もあった。


 しかしそんな時期は長く続かず【クリッパーの虐殺】を機に、アメリカと正々堂々と銃を構え合う仲へと変貌し、以前の掃除の行き届いたホテルと勘違いするような大きな基地も、今や埃が舞う九〇年代に工事が止まった廃ビルへと姿を変えた。


「よぉ、ジェネスタ。なに女型の人形達を見てニヤニヤしてるんだ?」


 私が同志達の姿を傍観していると、先程までコーヒーを啜っていたエジェムが声を掛けてきた。

 その問いに対し、私は首を振る。


「別に女型人形を見ていたわけではない。同志とは一体何なのかと再定義していたところだ」


 相変わらず真面目な奴だ、とエジェムは言いつつコーヒーを一気に飲み干し、

「俺たちは同志だ。友人にしてはよそよそしいし、単なる仲間にしては血生臭い。知り合いじゃ物足りない関係だし、家族なんてもってのほかだ。つまり俺たちは同志以外の何物でもないわけだ」


 そう言って笑いながら、エジェムは空のコップを口に運ぶ。


 同志という言葉以外に置き換えることはできない。それ以外にすると安っぽくなる。


 いかにもエジェムらしい自由な回答だ。


 私はそんな言葉を聞きつつ、主人であればどのような答えを導くのか、脳裏ではよぎっていた。


【主人】

 私たちが従わなければならない始まりの人物。


 私の主人はその中でもかなり変わった存在だった。


 人間らしからぬ人間の彼女ならば。


 エジェムは私の考えていることも知らず、ニヤニヤしながら肩に腕を乗せる。


「……ところでジェネスタはどのコが好みなんだ?ちなみに俺はマリーアなんだが」


 心底どうでもいいと思いつつ、私はエジェムの言うマリーアの方を見やる。


 今回の呼び出しには彼女も呼ばれており、プラチナブロンドの長い髪を揺らしながら他の女型人形と話している。


「やっぱ可愛いよなぁー!そりゃあ人形は大抵顔立ちが整っちゃいるが、他の奴らの中身は殺しのことで頭がいっぱいだ。最初はクシアとかもいいと思ったが、戦争のときの猛獣っぷりを見るとなぁ。……だがマリーアは中身まで良いと来てる。まさに才色兼備というやつだ!」


 その言葉を聞いて、私は一つため息を吐く。


「……お前はマリーアとツーマンセルを組んだことはあるか?」


「いんや、ないね。お前は確か最近あったよな?いいなー、俺も二人きりで野宿とかしてえよ」


 そんな会話をしている私たちの声が聞こえたからか、マリーアはこちらに顔を向けてくる。碧眼が俺たちの目と合うと、小さく手を振ってきた。


 それに対してエジェムは大きく手を振り返し、

「やっぱ天使!」

 などと言いながら鼻の下を伸ばす。


 彼女を天使などと思うことは、エジェムの願うツーマンセル作戦の時に霧散するはずだ。


 ……彼女の血に濡れ狂気に満ちた笑い声を聞けば。


 ここにいる人形は大抵狂っている。屍をアートに仕上げる奴だっていれば、殺した奴の歯を収集している奴だっているし、狂い方は千差万別だ。


 国の違いによる狂いもあれば、主人との関係によってもあるだろう。もっと過激な理由だって中にはあるかもしれない。


 生まれたくてこの世に現れたのではなく、主人の命令に従う奴隷として生まれた。


 傭兵の主人の人形もまた傭兵になる。それを如実にしているのがこの人形傭兵部隊モルフォだ。

 山積みになる死体を見た。


 犯されながら死んだ女を見た。


 的にされ、銃弾がその体を突き抜ける度に、悲鳴をあげる民間人とそれを笑う人間を見てきた。

 私たちはそこの軍人の駒の一つに過ぎないし、ただそれを傍観していた。


 悲鳴。泣き声。喘ぎ。怒声。嗤い声。


 世界で一番意地汚い人間を私たちは見てきた。狂ったのは私たち自身がどうこうではなく、人間の狂いにあてられたのだ。


 そして私たちはそれを模倣している。


「静かにしろ!」


 凛とした女性の声が会場に響く。


 その声を聞いた同志はいそいそと自分の定位置に戻り、姿勢を正す。


 コツコツ、と軍靴を鳴らしながら、紅い髪の毛を揺らした女性とそれについていく女型人形が壇上に上がった。


「【魔女】のご登場だ」


 いつのまにか隣に並んでいたエジェムが、ほくそ笑みながらそう呟く。


 魔女、【コレミア】。俺たちのリーダーにして最強の人間だ。


 彼女に銃を持たせれば私たちが人形といえど、軽傷では済まない。


 隣にいる女型人形はそんなコレミアを主人とする【ネーラ】だ。戦場には赴かない諜報型の人形であり、リアルタイムでの指示は彼女が担当している。


 何度かその的確な情報伝達で助けられた経験が私にもある。


「よく集まったな。それでは今回の作戦を伝える。今回の作戦の依頼主はアメリカ、依頼内容は各国の人形に関する情報収集だ」


 情報は戦争の勝敗を決める一つの戦いだ。


 現状、アメリカの人形機関は他国との繋がりを完全に断ち切っている。


 【宵夢ノ書】が全世界に拡散されて以降、すぐさまに閉鎖的になったアメリカは、他国の人形に関する情報を一切入手できずにいた。


 情報社会、とはいえ当然公開されていない情報は山のようにある。


 普通であれば企業の内部事情やら金の流れを想像するものだが、それをうちの部隊の諜報班に話すと鼻で笑われた。


「企業の機密情報なんて言うのは、機密といえるほど守られちゃいない。ファイアウォールという壁は、そこら辺のハッカーがボタン一つで消せちまうもんだし、そこに勤務している奴らのSNSでもみれば、内部事情なんてある程度把握できる。情報漏洩で一番危険な要素は人間という不確実なものの信用だ。軍の情報もそこを攻めた方が手っ取り早いな。一番公開されていない情報で入手できないのはアナログデータだ。紙媒体の情報。ネットに一度も繋がっていない情報は入手しづらい」


 軍の情報。精鋭のモルフォ部隊諜報班といえど、骨を折るそんな希少な情報も、うちの部隊から人間になりすまし、潜ませてしまえば土砂のように流れ込んでくる。


 最初は挨拶をよくしてくれる異性。それが徐々に食事をする中に変化し、体を重ねる仲へとなったら、こちらの手中に収まったのと何ら変わりはなくなる。


 だがアナログな情報はそう簡単にはいかない。アナログであればこちらもアナログにならなければならないという話だった。


「つっても、それって自業自得っすよね?アメリカが人形の研究競争で差をつけたくて、他の国との情報交換を行わず、独自の方法を確立させるみたいな。それが上手くいかなかったから今の状況になった」


 エジェムの言葉に対し、コレミアはため息を一つ吐き、

「エジェムの言う通りだ。彼らは人形の構造の複雑さを見誤った。日本の人形、つまりは【啝式わしき】の回路は各国、ある程度の省略と情報交換によってなんとか成し遂げている状態だ。それを自国のみでやるというのは中々骨の折れることだろう」


「んなの、アメリカ自身が自国の諜報班でも派遣させりゃいいじゃないですか?なんで俺たちがわざわざ」


「国としてのリスクを考えてみたらエジェム?アメリカが他国に無断で諜報班を潜入させたなんてことがバレたら、国家間の軋轢が加速しちゃうでしょ。もっと頭を回しなさい」


 【クリアノーツ】がエジェム対し、罵倒も織り交ぜた発言を投げかける。

 諜報班と実戦班を兼ねた彼女の言葉は的をついているし、エジェムはそれを聞くと、ケッと言いつつ口を閉ざした。


 国。縛られる領域。言葉というツールによって繋がる牢獄。


 私たちはそれから抜け出た厄介者だ。


 そんな厄介者の中でも、エジェムの国嫌いはトップクラスで、特に大国に対しての嫌悪感は並大抵のものではない。


 エジェムが黙ったのを確認するとコレミアは口を開く。


「……続けるぞ。今回ここに集まった君たち二〇人にはそれぞれ別々の国に飛んでもらう。日本、ドイツ、イギリス、フランス、ロシアに四名ずつだ」


 そういうと前方中央にある大画面のディスプレイが点灯し、それぞれの分担が表示される。


 日本、ドイツ、イギリス、フランス、ロシアは人形の研究競争のトップ5といえる。


 オリジナルである日本はもちろんのことだが、その他四か国は【人形研究同盟】を結んだため、活発な情報交換をしていることもあり、他国と圧倒的な差をつけている。


 そんな中、私の担当は【日本】

 メンツは【クリアノーツ】【シュレイ】【ミィナ】のようだ。


「あら、ジェネスタとなのね」


「よろしく頼むクリアノーツ」


 クリアノーツの言葉にそう反応すると、

「……俺たちも忘れないでほしい」


「そだよー、私たちも一緒だよー」


 シュレイとミィナはそう言ってこちらに近づいてくる。


 同じ担当の国のメンバーが集まったのをコレミアが確認すると、

「それでは、ここからの具体的な内容はそれぞれ別々に伝える。各自指定の時間に来るように。以上」


 という言葉を発した。

 エジェムを見るとどうやらマリーアと組むようで、その表情は先ほどの苛立ちを全く感じさせないものとなっていた。


 そんなエジェムの今後が少し気になりつつ、大規模作戦の会議は幕を閉じた。


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