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 母親が張り切って作った料理は、いつもの通り食欲をそそるいい香りがしていた。

 しかし、今のアルマにとってはどうも胃が受け付けない臭いに変貌する。原因は、料理の前に座る男女であることは明白だった。


「カヴァリエ夫人、ご用意いただきありがとうございます」

「いいえ、お口に合うと良いのですが。たんとお召し上がりくださいませ」


 老齢の男が母親に向かって声をかけた。黒の魔女の従者だ。

 彼の柔らかいしわがれた声に、母親も愛想よく答えた。

 その後、従者はそっと視線を落として母親の背中に半身を隠していたアルマにも笑いかけた。


「ご子息もありがとうございます」

「いえ……」


 老人があまりにも屈託なく笑うものだから、アルマは面食らってしまった。

 魔女に対してした無礼を気にしていなさそうな態度なのだ。魔女の従者はもっと、こう、魔女を第一に考えて、魔女を害するものはすべて薙ぎ払う気概を持っていると思っていたのだ。


 驚いて思わず一歩後ずさってしまったが、母親がそれを許さなかった。

 強引にアルマを自分の前に引きずり出して、老人の前の席に座る魔女に向き合わせてきた。


「うぇっ!? か、母さん……!」

「魔女様、今朝がたは大変失礼いたしました。息子にもご配慮いただきましてありがとうございます。ほら、アルマも魔女様に謝罪なさい」

「うっ……」

「……いいエ、」


 いやいや魔女の前に立たされたアルマに対して、黒の魔女は至極穏やかに笑った。


「わたしが小さイのは、ホントです。気にしないでクダさい」


(……言葉が、拙い?)


 ここでアルマは初めて魔女の言葉を耳にした。そして彼女の発音の違和感に気が付く。

 どうも、別の言語を学んできた人間のような“癖”があるのだ。顔つきからして外国人であるように思っていたが、言語の似ている近隣諸国ではなく、相当遠い土地から招かれたのだろう。


「ええと、だカら、ソノ……」


 謝罪のために前に突き出されたはずなのに、じっと彼女を観察していると、沈黙に耐えかねたように老人が快活に笑った。 


「ふふ、はっはっは! 小さい、そう、魔女様は小さくあられますからなぁ!」

「アんしアノ卿……」

「いや、日中もこらえておりましたが、ふふ、そう、その通り。魔女様は小さくあられますから」

「ですが従者様、息子の発言は流石に許すべきものでは……」

「いやいや、ご子息はまだ幼く、魔女様のお姿を見るのも初めてだったのでしょう。そうでなくとも、こちらの方が絵本に出てくる魔女様だとは、まさか思いますまい! 魔女様もそのようなことをお伝えしたいのですよ。そうでしょう、魔女様」


 アンシアノ卿、と魔女に呼ばれた老人は大粒の歯を豪快に見せながら、魔女に向かって片目をつぶって見せた。

 小さい小さいと連呼された魔女は、流石に笑われるのが恥ずかしいのか顔を赤くしている。


「そうデス! そノ通りです! でも、そんなに笑わナイでくださイ!」

「いやはや、失敬失敬!」

「もう……」


 ふう、と呆れたように息を吐いてから、魔女はまたアルマに向き合った。

 黒い瞳が急に自分に向けられて思わず驚いたアルマだが、さらに驚くことに魔女は椅子をおりてアルマに近寄ってきたのだ。

 魔女が上目使いにアルマを見る。黒い瞳に反射してアルマの姿が映っていた。


「まだ魔女を継いだバカリで。でも、きっと強くなリますし、大きくなりマス」


 魔女は右手を差し出す。握手だと、アルマは直感的に理解した。


「だから、お互いサマにしましょう。ワたしも、びっくりさせてごめんナサい」


 魔女はニッコリと笑っていた。

 その笑顔が、どうもアルマの心臓をぎゅうと力強くつかむ。自分よりも幼い子が大人な対応を見せた劣等感か、こんな状況を作って貰わねばならなくなった羞恥心か。


 それとも、周囲の大人の魔女に対する屈託のない信仰への、言いようのない『恐怖』か。


 国の守りを担う重要な「魔女」をどうしてこんな子供が務めているのか。

 どうして、異国の人間に国を守らせているのか。


 産まれてから抱いたことのないエスタシオン王国への不信感が、どんどん心を占めていく。

 ____パシンッ。

 心の黒いもやを振り払うように、アルマは差し出された魔女の手を叩き払った。



「たーいへんシツレーいたしました!」



 アルマはキッと魔女を睨みつける。黒の魔女は涼しい目をころりと丸くしていたが、そんなことはお構いなしにアルマは部屋から逃げるように駆け出した。

 アルマ! と母親の叫ぶような声が聞こえたが無視して、一目散に自室へと向かった。

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