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悪役除霊嬢は今日も拳で祓いたい  作者: 梔子依織
七不思議なんてどこにもない
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ライラック・イゼルの頭蓋


 夏の夜だというのに、校舎は酷く肌寒い。


 夜中にこっそり部屋を抜け出し、マガイを祓っているアリシアにとっては慣れた寒さで、それは隣のライも同じらしい。ナサリー姿のライが欠伸を溢した。


「……着替えたのね」

「あ? ああ、面倒だけどな。オルコットさんの命令だし、バレる訳にはいかねぇから」


 ライの言うオルコットさんとは、アリシアの父親であるジューズ・オルコット侯爵のことだ。ライの雇い主であるジューズは、アリシアがフェイズ学園に入学することを酷く心配していた。

 〈視える〉人間であり、第二王子の婚約者である娘には、出来るだけ静かに過ごしてほしい——そう、間違っても第二王子の機嫌を損ねるような、普段の奇行なんてしてほしくない。ジューズは野心家だった。神託で得たチャンスを逃したくはなかった。


 娘が晴れて王子と結婚し、王族の一員となれば、聖女の子孫だという嘘を暴かれたところで痛くもかゆくもない。千載一遇のチャンスのために、娘に抑止力が必要だとジューズは考えた。


 まさかその抑止力に選んだ娘の従者が、同じように〈視える〉者で、娘に加担しているとは夢にも思わなかっただろう。ジューズ・オルコットはどこまでも自身の欲望しか見えていなかった。


「でも、ライを女装させてまで入学させるなんて……」


 王子の手前、男の従者を常に側に居させるのは気が引ける……なんて、妙な気を回した結果がこれだ。それなら新たにメイドを雇えばいいだけなのだが、ジューズの守銭奴な面が邪魔をし、ライは見事犠牲になった。


「それをオルコットさんに言ってくれ……。俺じゃなかったら大事故だぞ」


 自信過剰な台詞なのに、実際ライの女装は完璧で、学園に通い始めてもうすぐ二年だが未だにバレる気配はない。感嘆する女装技術は、オルコット家の親戚であるオルフィス商会のハンナ叔母さん直伝だ。ちなみに孤児だったライがオルフェス商会の性を名乗っているのも、ハンナ叔母さんと協力関係にあるからに他ない。


 吹き抜けの渡り廊下を歩きながら、アリシアは闇夜に浸った外の景色を眺める。豪勢な庭園の先にみえる、学園を取り囲む鉄柵。まるで牢獄だと、学園に通う生徒なら一度は思うだろう。


(ここにいるマガイたちも同じ気持ちだったりして)


 初めて脳裏に浮かんだ感傷的な疑問。アリシアは、長い髪が風で靡くのを抑えながら石造りの手摺に指を伸ばし——ニュッ!


 ゴンッ‼


 拳を握り、欄干に叩きつけた。

 当たり前のように、石をすり抜け頭を出したマガイ。

 アリシアは反射的に叩き祓っていた。

 その表情は絶対零度だ。


「ないわね。ないわ。マガイは結局マガイだし」

「なにやってんだよ……。ほら、ついたぞ」 


 先を行っていたライに促されるまま、廊下をガリル・オドゥワン渡り切り、突き当りの教室を見上げる。

 音楽や美術、錬金術、最近履修に加えられた科学技術など、実践の必要がある授業で使われる特別棟。

 生物室と札が下げられた部屋を前に、アリシアは「頭蓋ってここの事だったのね……」納得したように呟いた。


「そ、二つ目の怪談。ライラック・イゼルの頭蓋だ」


 心構えなんて必要ないとでも言うように、躊躇なく扉を開け放ったライ。

 アリシアは後ろから教室を覗き込んだ。


 等間隔に並んだ机。普通の教室と変わらない光景に見えるが、部屋を構成する四つの壁、そのうちの一つ——黒板になっている壁以外は、かなり異様だ。

 人体図や名前の分からい植物の写実絵が、左右の壁にびっしりと貼り付けられている。

 リアルな絵たちは窓すらも覆い隠そうと、ガラスにまで侵食していた。

 そんな左右とは対照的に、教室の一番奥の壁には一切絵の類はなく、ガラスケースとロッカーだけが置かれている。陳列されているのは静かに身を寄せ合っている骨だ。


「確かに、これは噂されても仕方ないわね」


 アリシアも初めて入った時は驚いた。その不気味な様相に驚き、まるで頭蓋骨を被ったような姿をしたマガイに、思わずガラスケースを叩き割るところだった。


 あまりにも怯える生徒達に、生物学の教授であるニッケル教授は「アレはよくできたレプリカだから、気にしなくても大丈夫ですよ」と笑い飛ばした。


「ケースに頭蓋骨が三つ並んでいるだろ。そのうちの一つは、レプリカじゃなくて本物で、しかもある殺人鬼の頭蓋って噂だ」



——ねぇ、知ってる? 生物室にある不気味な頭蓋骨。先生たちが言うようにレプリカなんだけど、一つだけ、罅の入ったヤツだけは本物なんだよ。



 そう始まる怪談の詳細はこうだ。


 とある男が、復讐のために人を殺した。

 殺されたのはライラック・イゼル。男の妹の婚約者だ。

 別に好きな女がいたイゼルは、好きな女と添い遂げるため婚約者を殺す決断をする。

 無事に婚約者を殺したイゼルだったが、男にバレ、ガラス瓶で殴り殺されてしまった。


「で、この学園の教師をしていた男は、罪がバレないようにライラック・イゼルの頭蓋骨をここに隠したらしい。この罅は、殴られて殺された証拠だとよ」


 ライが指さした頭蓋骨には、確かに小さな罅が入っている。

 死因になったと言われれば、そう見えなくもないが……。


「そもそも、他の骨はどうしたのよ」

「さぁ? 犬にでも食わせたんじゃないか?」


 罅なんて、埃を取るときに間違って落としてついたに違いない。

 アリシアは肩透かしをくらい「調査する必要ある?」とライをジトっと睨みつけた。


 マガイは人に語られることによって実態を持つ。けれど全ての話がマガイになれるわけではない。噂を語る口の数が多ければ、話が精巧であれば、信じる人が多ければ、マガイは力を増す。逆をいえば、稚拙な話からマガイが生まれることはない。


「〈視た〉感じ、マガイは居なさそうだし」

「これに関しては、俺もマガイは発生していないと思った。けどな」

「けど?」

「……おっ、やっと来たか。こっちだ」


 ライは教室の扉に視線を向けると、口角をにんまり上げながら、アリシアをロッカーへと押し込んだ。細長いロッカーは、幸いにも何も入っていなかったが、明らかに人が隠れる場所ではない。


「ちょっと!」


 声を荒げるアリシアの口を押え、ライは自分もロッカーの中へと滑り込んだ。


 狭い。あまりにも狭すぎる。アリシアの胸と、ライの胸板が密着してしまうくらいには狭すぎた。アリシアは自分の心臓が、恥ずかしさから大きな音を立て始めるのが分かった。


(当たり前だけど、ライには胸がないのね……)


 アリシアは現実逃避をし始める。

 密着する胸板は厚く、筋肉質だ。


(女子生徒の制服を着てても、ちゃんと男なんだ)


 そう思うとアリシアの顔を覆う掌も、足の間に滑り込んでいる太腿も気になりだす。

 いい加減、手だけでもどけてほしい。

 抗議しようとライを見上げたアリシアにも、教室の扉を開ける音はハッキリと聞こえた。


(誰か来た!)


 焦るアリシアとは対照的に、ライは来訪者を待ち望んでいたらしい。

 ロッカーの隙間から外を覗き、指先でアリシアにも見るよう促した。

 言われるがまま、アリシアも誰かを確かめる。


(ニッケル教授?)


 現れたのは生物学を担当しているニッケル教授だ。

 オールバックの茶髪に、細い淵の眼鏡をかけた年若い教授は、女子生徒たちの密かな憧れで。そんな人がどうしてこんな夜中に……?


 ニッケル教授は迷うことなく教室の奥へと近づいてくる。

 バレる! と身を竦めるアリシアに対し、ライは教授から一切視線を逸らさなかった。

 ニッケル教授はガラスケースの施錠を外すと、迷いなくライラック・イゼルの頭蓋へと手を伸ばす。その瞬間、頭蓋骨が微かに光を帯びた気がした。


(……? 気のせいかしら?)


 思わず目を凝らすアリシアの前で、ニッケル教授は迷いなく頭蓋へと——キスをした。


「ひっ⁉」


 思わず漏れ出た声に、慌ててライの掌の上に自身の手を重ねる。ライは忍び笑いを溢し「あのニッケルがなぁ」と耳元で囁く。


「随分いい趣味だな」

「どこがよ」


 アリシア達に気づくことなく、ニッケルは恍惚とした表情で頭蓋骨に頬を摺り寄せている。ぞわぞわと背筋が粟立つのを感じながら、アリシアはライに視線で説明を求めた。


「ん?」とライが首を傾げる。


「ああ、塞いだままだったな。悪い」

「大丈夫。それよりどうするの」


 女子生徒たちが見れば百年の恋も一瞬で冷める光景は未だ続いている。このまま夜を明かすことになるんじゃないか。不安がるアリシアに「もう少しだ」とライが様子を伺う。


 すると予言したように、ニッケル教授は惜しみながらライラック・イゼルを戻し始めた。


「もうすぐ警備員が見回りにくんだよ。教授もこんなところ見られたくないだろ」


 再び施錠し、何度も振り返りながら教室を出て行った教授に、アリシアはやっと盛大に息を吸うことができた。


「意外だわ。真面目な人だと思ってたのに……」

「真面目な人間なほど、本性は醜いのかもな。もしくはライラック・イゼルの呪いか」

「……まさか。ただのレプリカの頭蓋骨にそんな力はないわよ」

「だと良いけどな」


 ライはそれ以上追及することなく「警備員が通り過ぎたら帰るぞ」とアリシアをロッカーから引っ張り出した。


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