あなたはあまりにも眩しくて
「ねぇ、ほら見て。赤ちゃんって不思議ね、違う生き物みたいだわ」
女の腕の中には、生後三ヶ月の赤子が穏やかそうな表情で眠っている。
椅子に座り、黙々と本を読んでいた男が、女の言葉に顔を上げた。上体を起こし、ベッド体を預ける女の顔色はあまりよくない。
「ジゼル、子供は乳母にでも任せて休んでおけ。今にも倒れそうだぞ」
「嫌よ」
心配した男の言葉を一刀両断した女——ジゼルは、赤子の頬を突きながら「この子と居られる時間は貴重だもの」と微笑んだ。
「……そうは言ってもお前が倒れたら元も子もないだろ」
男は黒髪をかきあげ、溜息を一つ溢す。赤い瞳が咎めるようにジゼルを射抜いたが、ジゼルはただ緩く首を振った。
「この子が大きくなって、好きな人ができて、結婚して、かわいい子供産んで。そういう普通の
幸せを隣で見てあげることができない」
好きな人が出来て悩む姿も、恋に頬を染めるのも、涙をそっと拭うのも。どれもジゼルには出来ないことばかりだ。
だからこそ、この貴重な時間を共に。たとえ我が子が覚えていなくても、ジゼルは側にいたかった。そんな気持ちは男も十分察しているのか、栞を挟むことなく本を閉じ、サイドテーブルへと乱暴に置く。
「……アイツは何か言ってこねぇのか」
「ふふ、あの人はあまり子供が好きじゃないから」
ジゼルの夫であるジューズが、この部屋を訪れることは少ない。元々金目当てでジゼルへ近づいた男だから、愛情も希薄なのだろう。現に、ジゼルのような金髪でも、ジューズのような茶髪でもない、綺麗な黒髪の赤子が産まれても、ジューズは不貞を疑うようなことはしなかった。
(なんでそんなヤツと)
ジゼルから結婚の報告を受けた時、男はジゼルへの想いを手放そうと決めた。異形の自分と添い遂げるよりも、愛してくれる人間と真っ当に生きてほしい。そう思ったからだ。
それなのにジゼルとジューズの結婚は愛など微塵もない、互いの利益のためだけに結ぶ契約だった。それならいっそ自分と——。
男はベッドに近づき、ジゼルを見下ろす。いつの間にか知り合った時の少女の面影はなくなり、女性の——いや、母親の逞しい意志がジゼルの表情から伺えた。
「うーん、そうだわ! あなたがお世話してよ! それなら私も安心だし——」
「ぜってぇやだ」
今度は男がジゼルの言葉を両断し、顔を背ける。
どこに好きな女と憎い男の子供を育てるヤツがいるのか。物語じゃあるまいし。
男の心情も知らず、ジゼルは「良い案だと思ったのだけど」と肩を落とした。
「そもそも、俺もガキは好きじゃねぇ」
「あなた子供に好かれそうなのに意外ね」
(俺を怖がらず、近づいてきたのはお前くらいだぞ……)
ジゼルの的外れな言葉を指摘することなく、男は「……まぁ考えといてやるよ」と再び椅子に座りなおした。結局、いつまでたっても男はジゼルに敵わない。
この先も誰よりも近くで、ジゼルを見守り続けたい。そう思う限り、男はジゼルの望みを叶え続けるのだ。それが男に出来るジゼルへの愛情表現だった。
「私にもしものことがあったら、この子——アリシアのことをお願いね」
そう言ってジゼルはアリシアの丸い頬を撫でる。
男はその光景から静かに視線を逸らし、開け放たれた窓の外を静かに眺めた。
——「お願いね、――」