オルコット家
オルコット侯爵家の屋敷はコロジーデュラ市から山二つ超えた先にあるココマ村の外れにある。貴族が住むには、あまりにも場違いな辺鄙な場所だが、マガイとの接触を最小限に留めるため祖母の代に態々越してきたらしい。
正門を抜け、暫く馬車に揺られると、田舎町には不釣り合いな豪奢なロマネスク建築の屋敷が顔を覗かせた。
「お帰りなさいませ、お嬢さま」
馬車から降り立ったアリシアを慌てた様子で迎えたのは、モーニングコートを身に着けた初老の男性。ハウス・スチュワードのグレイだ。
グレイの他に使用人の姿はない。そのことにアリシアはほっと息をついた。
オルコット家に長年仕えているグレイは仕事に真摯な男で、雇い主の娘が変人でも態度を一切変えない。だが、彼のように出来る人間は少なくて、他の使用人たちはアリシアのことを理解できないと毛嫌いする態度を隠そうともしなかった。
「ジューズ様がお待ちです。お連れ様もこちらへ」
グレイに促されるまま、三人は屋敷のエントランスへと足を踏み入れる。左右対称に伸びた間取りの中央には二階に上がる階段が、まるでお伽話に出てくる城のように赤い絨毯を纏っている。その階段から一人の長身の男性が、勢いよく駆け下りてきた。
「アリシア! 帰ってくるときは連絡をくれとあれほど……!」
「ただいま帰りました。お父様」
きっちりと撫でつけられた髪を乱しながら四十くらいの男は、汗を拭いながら黒い瞳を瞬かせた。
「そちらは……」
「初めまして、オルコットさん。僕はダリル・オドゥワンと申します。アリシアさんとは普段から学園で仲良く——」
「おっ、オドゥワン⁉ あの宰相の!」
ダリルの名前を聞いて上擦った声で叫んだジューズは、思わずアリシアの肩を抱きザッと距離を取った。
「アリシア! お前、さすが我が娘だ‼ 王子だけじゃなくあの宰相の息子とも繋がりがあるなんて! これで我が家は安泰だッ‼」
「ははは、ありがとうございます」
ダリル達には聞こえないよう、小声で捲し立てる父の相変わらずな様子に、アリシアは遠い目をしながら口元を引きつらせた。
「それで、ダリルと書庫で調べたいことがあって……」
「もちろんいいとも! ぜひ、我が家の蔵書を堪能してくれたまえ!」
ジューズが自慢げに両腕を広げたのに対し「お前はまったく読まねぇくせに」とぼそりと悪態をつくライ。ダリルは「はい、よろしくお願いします」と爽やかな笑みを浮かべて父と和やかに談笑し始めた。さすが宰相の息子。年上の持ち上げ方は実家仕込みらしい。
これは宰相の息子の肩書がなくても、父のお気に入りになるなと眺めていれば、ライに袖を引かれた。
「お前ら先に書庫に行ってろ」
「……ライも行かないの?」
「少し用事を済ませてから行く。ダリルを一通り案内しておけ」
それだけ告げるとライはサッと身を翻して、階段を登っていく。この状況をどうしろと……。
まだ話し終わらない二人を手持ち無沙汰に眺めながら、アリシアは肩を落とした。