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悪役除霊嬢は今日も拳で祓いたい  作者: 梔子依織
七不思議なんてどこにもない
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視える者の宿命


 小さな建物なのに、ハンナ叔母さんの趣味のせいで更に足場がなくなっている。アリシアがここに来るたびにドレスを着てこなくてよかったと、着飾ることが好きではない自分の性格を手放しで褒めた。そんなもの着て入った瞬間、間違いなく壁際の薬瓶をなぎ倒して進むことになる。


 薄暗い部屋。裸電球が等間隔で揺れる下をアリシアは慎重に進む。

 本の山。薬瓶の山。乾燥した植物の山を抜け、やっとたどりついた最奥にあるのは傷だらけのカウンターテーブルだ。テーブル越しに、煙草の煙が吹きかけられる。


「……お久しぶりです。ハンナ叔母さん」

「アリシア、馬車を借りるなら必ず私のとこに顔を出しなと言っているだろう」


 濃い紫のアイシャドーに彩られた赤い瞳が、鋭くアリシアを射抜く。男性のような短い金髪に、無数のピアスが耳に突き刺さっている。青く染められた長い爪で器用に煙草をもみ消したハンナは「どうせあの坊主が駄々をこねたんだろう」と呆れたようにアリシアの背後へ視線をやった。


「相変わらず私のことが嫌いなようだね」

「先日は挨拶に伺えずすみません。あまり時間がなくて」

「まぁいいさ。今回はきちんと来たってことで水に流そうじゃないか」


 ハンナは気だるげな様子で腕を組み「それで?」と椅子に深く腰掛けた。露出の多い服のせいで、彼女の豊満な胸が見え隠れする。いつ見ても凄い格好だと思いつつ、これも彼女なりのマガイ対策の一つだったと遠い昔言われた言葉を思い出した。


——「こんな格好しても視線を向けてこないのは確実にマガイだよ。これも見分ける手段の一つさ」


 ……私も露出したほうがいいのでは?


 アリシアは自分がハンナのような恰好をした姿を想像し、あまりの恐ろしさにブンブンと勢いよく首を振った。ちょと自分には早すぎる……。


「……今日も馬車の手配をお願いしたくって」

「連日帰るなんて珍しいじゃないか」

「少し調べものがあるんです」

「ふーん、それは外で待っている新顔の坊主に関係することかい?」


 ハンナの能力には驚かされる。窓一つない部屋。しかも扉から遠く離れた場所にハンナは座っていたはずだ。どうしてわかったのだろうか。


「ライはともかく、よくわかりましたね」

「あんたもそのうち出来るようになるさ。……で、どっちが本命なんだい?」

「…………はい?」


 そんな透視能力、将来できるとは思えない……と呆れるアリシアの耳にとんでもない言葉が飛び込んできた。ハンナはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、頬杖をついて「どっちなんだい?」と再び問いかける。


「……どっちって、なにが…………」

「そんなの決まっているじゃないか! ライと新顔の坊主、どっちのことが好きなんだい」

「はいっ⁉」


 突然の二択に頭が混乱する。


 ライとダリル? どっちが好き⁉ ライは家族みたいなものだし、ダリルはつい最近知り合ったばっかりだし。そもそも私は——。


「これでも婚約者がいるんですけど……」

「そんなの馬鹿げた神託が決めたことだろう? あんな腐った因習なんて守る必要がないと思わないかい?」


 ハンナ叔母さんは自身の頬をトントンと叩きながら「どっちもいい男だね~」と足を組み替えた。


「あんな拗らせた馬鹿王子よりは、ライの方が百倍マシさ」

「……それは、そうだけど。でもお父様が許さないわ」

「……あぁ、あの野心家の義兄さん。まだ生きていたのかい」


 しまった! ハンナ叔母さんの前では父の話はタブーだった!


 何があったかは知らないが、ハンナ叔母さんはジューズ・オルコットのことが、それはそれはこの世の中で一番、大っ嫌いらしい。


 どうしようと焦り視線を彷徨わせるアリシアに、ハンナは「まぁ、いいさ」と煙草に火をつけた。


「あんたがこのまま王子と結婚しても、ライやそこの坊主と駆け落ちするのも、あんたの人生だ。だけど後悔だけはしないように生きるんだよ。……私らの人生は短いんだから」

「……分かっています。だから私は、私の出来ることを今精一杯するんです」


 オルコット家の女は短命だ。アリシアの母も二十六という若さで亡くなった。祖母も、曾祖母も〈視える〉女は長くは生きられない。叔母さんは長生きのほうだ。


——「私は自分が一番だから長生きできるのさ」と母の葬儀の時、苦しそうな表情でハンナは教えてくれた。


〈視えて〉〈祓える〉オルコットの人間は必然的にマガイに接する機会が多くなる。マガイの危険性に晒され続ける人間は、普通に生きる人々よりも死に直面する場面が多いのは、もうどうしようもないのだ。


 アリシアは無意識に首を摩る。グレイ・レディが持っていたロープがアリシアに浄化できないものだったら、確実に命はなかった。


 ハンナは「……まぁ、アリシアなら大丈夫だろうけどね」と元気づけるように、思ってもないことを煙と一緒に吐き出した。


(ほんと、姉さんに似なくていいとこまで似て……)


 呆気なく死んでしまった姉を思い出し、ハンナは思わず煙草を強く握りしめた。


「——馬車はいつも通り受付のヴィビイに言いな」

「ありがとうございます」


 それじゃあと別れの挨拶をしようとしたアリシアに、ハンナは「そうだ」と机の上に載っていた帳簿を徐に捲り始めた。


「今日中に帰ってくるんだろう?」

「はい。急なことだったので外泊許可までは取れなくて……。夕方頃には戻ろうかと」

「それなら丁度よかった」


 長い爪が記された一文をなぞり、ハンナは満足気に口角を上げた。


「帰りにまたここに寄りな。いいものをやるよ」

「いいもの?」

「ああ、あんたもうすぐ誕生日だろう? 少し早いプレゼントさ」


(誕生日、まだ一ヶ月先なんだけど……)


「なかなか学園から出られないんだから、会えるうちに渡しとかないとね」


 アリシアの考えを見透かしたように機嫌よく鼻歌を奏でながら、ハンナは猫を追い払うように手を振り「さぁ、さっさと行っといで」とアリシアを送り出した。


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