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投了しないgirl.  作者: 筒姫 岬
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【4手目】アフタースクール・オブ・ザ・ファースト・デイ

穴熊堅太郎 4手目:△8五歩

 係決めとか、写真撮影とか……授業はなく、ただ始終忙しない一日だった。



 「さよならー」



 「帰りのS(ショート)H(・ホーム)R(ルーム)」とやらも終わり、皆が教室から出ていく。僕もその波にのまれながら、新たな学び舎を後にした。


 最寄り駅までは徒歩。電車で四駅、そこからは自転車で20分ほど。学校までの距離は、そこそこ遠い方だと思う。学校からは、自転車で帰る人が大半を占めるように見える。



 「……」



 駅のホームに人の姿はない。前の電車が行って間もないようだ。


 改札を入ってすぐのところに掲示されている、時刻表を眺めてみる。


 まだ、この時間帯のダイヤを把握しきれていない。



 「……ん」



 三分前に、快速が一本。僕が降りる駅は快速も停車するから、それに乗れればよかった。



 「次は……五時十分に各停、ね」



 ニ十分以上ある。



 **********



 空き時間にやることと言ったら、決まっている。



 『お前は後手だ――対局開始ッ』



 ――将棋以外、ありえない。



 「ふん……」



 持ち時間は、十分切れ負け。


 僕は五段、相手も五段、お相手の名前は「TaKKuN」……たっくん、ね。見たことないな。


 この時間帯に指すのは久々だから、知らないユーザーと当たりやすいのだろう。学生だろうか――ちょうど僕みたいに、学校が終わってすぐスマホを取り出すような将棋バカだろうか。要は同士か。知らないけど。


 振った。振り飛車――四間飛車か。この感じ、振り飛車党としてはそこそこの手練れだな。


 振り飛車党。


 評価値のその向こうにある、ロマンを追い求める者たち。捌きの快感を忘れられない者たち。評価値の奴隷になることを最も嫌う者たち……。


 振り飛車相手にやることも、決まっている。


 ――居飛穴(いびあな)以外、ありえない。



 「美濃ね……そう」



 誰もいないところでは、つい独り言が出てしまう。


 相穴熊にはしない、か。


 振り飛車穴熊が「パワー」なら、美濃囲いは「バランス」だろうか。こっちが穴熊を組み切る前に仕掛けてくる奴もいるし、美濃囲いから発展して、高美濃、銀冠と組み替えていく奴もいる。今回は、後者らしい。


 組ませてやるが、主導権はこっちにある――と。



 「……」



 穴熊にも種類があるが、こちらは松尾流穴熊になった。相手は銀冠まで組んでいる。


 双方、囲いも組み上がり、膠着状態。


 もっと弱い奴が相手なら、やや乱暴な仕掛けでも勝てるかもしれないが、今は互角と思って指さねばならない。


 相手の力を量り、仕掛ける罠も変えるのだ……もっとも、罠ありきの将棋は、褒められたものではないが。



 (来たか)



 五筋からの仕掛け。銀が進出してくる……放っておくと、突破されてしまうだろう。



 (それでいい)



 突破されてもいい。肉を切らせて骨を断つのが穴熊だ。


 最終的に一手でも勝っていれば。どれだけ斬られ、皮を剥がれ血を抜かれても――振り飛車のその刃が心の臓に届いていない限り、こっちの勝ちだ。



 「よし……やってやる」



 こちらも二筋から仕掛ける。向こうは構わず正面突破。ならばこちらも正面突破。


 龍を作られた。だがこちらも龍を作った。



 (対振りは「条件」が大事になる)



 どちらも飛車先を突破し、飛車を成り込んでいる。寄せのフェーズに入るとき、どちらの方が良い条件か。まずはそれが重要だ。


 こちらは、角は隠居しているものの守りは堅い。圧倒的に堅い、絶対的に堅い。いわば肉壁だ。さらに五筋の歩も切れているから、と金攻めも狙えるし、底歩も打てる。


 相手は、龍は作ったものの、それ以外の主張は特にない。これから桂、香を拾ってからが勝負といったところか。



 (――いける)



 穴熊と銀冠には、その堅さに埋められない差がある。


 したがって、仕掛ける時には何かしらの付加価値を求めないといけないのだよ、TaKKuN君。



 「さて……」



 そろそろ、こっちも相手も持ち時間が少なくなってきた。こちらは残り二分三十秒、向こうはまだ四分ある。



 「……あ」



 なんだお前、いきなり龍切ってきて。


 取った金を――そのまんま自陣に貼りつけた……?



 「……はー」



 幸か不幸か、僕はその行為の意味を瞬時に理解する。


 つまんない。


 君は本当につまらん奴だ、TaKKuN。君には失望した。



 「つまんねぇ……」



 相手の着手が加速する。


 相手の逃げ足も、加速する。



 「カス」



 つい、本音が口を衝いて出た。


 相手の狙いは一つ。


 「時間切れ」。

 

 攻め合いでは勝ち目がないと見て、自陣を全力で固めて時間を稼ぎ、こちらの持ち時間を切らそうとしているのだ。



 「……」



 許し難い、度し難い。


 しかしこれも戦略なのだ。



 飛車を下ろす。歩の無駄打ち。取る。またも無駄打ち。取る。残り一分。端にちょっかいが来る。取る。また無駄打ち。取る。思い出したように、と金を作ってくる。こちらも歩を下ろす。相手のと金が桂香を取る。こちらのと金が銀冠に迫る、迫る。相手は桂香を打ち付けて必死に守る。銀冠の金が一枚剥がれた。もう一枚、桂香も剥がれた。残り三十秒。龍が迫る。無駄打ち。取る。無駄打ち。取る。残り二十秒。王手がかかる。もはや相手は持ち駒もない。逃げる。また王手。受ける。取る。逃げる。王手。逃げる。金を打つ――。


 詰んだ。



 『お前の勝ちだ』



 音声が流れる。



 「ふん……」



 気付けば、遠くで踏切が鳴っている。そろそろ電車が来るようだ。


 こんな相手でも、勝ちは勝ちだ。


 どんな相手、どんな勝ち方であろうが、勝てば嬉しいし負ければ悔しい。


 ――その感覚に酔っている。勝負の神様に魅せられている。


 それが、強くなるためのたったひとつの条件だったとしたら?

投了しないコラム:ネット将棋とは?


インターネットの普及により、盤と駒、そして棋友がそこにいなくても、将棋が指せるようになった。メジャーなものは「将棋倶楽部24」「81道場」「将棋ウォーズ」「将棋クエスト」あたりか。自分の対局をライブ配信する者も現れ、そこにはVTuber、すなわち「将棋V」も含まれる。将棋の楽しみ方は多様化しつつあるのだ。

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