【2手目】青天の霹靂
穴熊堅太郎 2手目:△8四歩
つくづく薄倖な人生だ。入学早々、先輩に目をつけられてしまうとは。
「お前、――あたしと付き合え!」
(……)
……本当に。
こんなにも短い間で、僕が何をしたというんだ。ただ、忘れ物がないか確認してから、自席で静かに■■先生の詰将棋を解いていただけなのに。
「はぁ……」
解けない。光が見えない。
第■■番。もはや自らを導き入れた入口さえも闇の底へと沈んでいった、終わりの見えない迷宮の中を、先刻から永遠に彷徨っている。
「……」
強い人は、このように詰将棋の本とにらめっこせず、脳内将棋盤で解くらしい。僕は将棋を初めて早十年、脳内将棋盤とやらは未だ霧に包まれていて、そのマス目はいつも手探りである。返ってくる手触りも、木の温もりはそこにはなく、ぐるぐるの木目がどろどろの絵の具になったような、ぱっとしない不気味な感触だけ。
「……ん」
それでも、解ければいい。
(ああ、そこで角合いか……で、移動合いねぇ)
よくできている。
なにもない、助けも来ない空白地帯に、こちらの飛車から玉を守るために打った「合い駒」の角――すなわち「中合い」。飛車が竜になり、再度王手を掛けたとき、その角はなおも追随して「移動合い」し、最大の脅威から玉を守る――。
それが、盤面右上、五かける五というごく狭いステージの上で繰り広げられる。
物語性を感じずには、いられない。
「ふぅ」また溜息。
解けてみれば、なんてことはない。本当は一息で解いてしまいたかった。
いや――誰のせいだ?
(……)
(お前、――あたしと付き合え!)
(……)
なんだったんだ、あれは。
僕の集中の妨げになる「異物」に、僕は何と返答したんだろう。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」?「んー、考えておきます」?「よし、じゃ昼休みに屋上に来い」? あー、昼休みじゃなくて放課後だったかな。
だいたい、僕の集中だけじゃなくて、名も知らぬ一人の女子の安息も、破壊してしまったじゃないか。かわいそうに。ああ、なんて奴だ。
(――です)
「……」
(嫌です)
そう、それだ。
僕はただ嫌だったから、そう言ったんだったな。
「んー……」
今思えば、ちょっと乱暴が過ぎたか。もうちょっと丁寧に「ええと、誰っすか?」とか訊き返すのが最善手――いや、次善手くらいか。
(ヒソヒソ)
(ね、あの子誰)
(いや、マジで、入学したばかりで先輩に告られるって、何者なん?)
丸聞こえだよ。ったく、煩いな。
僕は声の主を、ちょっと睨んでやった。
(――っ!?)
そうしてまた、目前の本に目を戻す。教室中の視線という視線が、僕の背中に集まっているのを感じながら。
(はぁ……)
いっそ殺してくれ。この本だって、いっそ焼き尽くしてしまいたい。最大の敬意をこめて■■先生の名を叫ぶのを、僕の断末魔にして、ね。
そうだ――今日は、楽しみなことが一つだけある。部活動オリエンテーションだ。オリエンテーションというと……まぁ、合同説明会といったところ、らしい。これは担任の先生が入学式の日に話していたこと。
下調べは済んでいる。この高校の将棋部に、もはや部員はいない。昨年度の卒業生を最後に、新入部員は来ていない。すなわち現在の部員はゼロ。
部員がいない部活動のオリエンテーション。何が起こるのか気になる。
チュートリアルで貰うキャラクターのデータがNull。当然、はじめての戦闘で為すすべもなく敗北し、ゲームはバグって終了、みたいな。
「……ぷっ」
あー、想像するだけでも滑稽だ。将棋ねぇ、ぷっ、将棋ぃ。
しょうもない。
(……ムズいな)
まだ、朝のホームルームが始まるまでには時間がある。それまでに、これを解けるか、と自問してみるが、正直、自信がない。
次の問題は、手があまりにも広い。手の付けようがないくらいに手が広い。
手持ちは、飛車、角、角、桂。……飛び道具ばっかり。盤面は――初形は、そうだな、星屑とでもいうべきか。バラッバラだ。
何も見えない。光でも闇でもない――絶無。自分の手足すら、無に呑まれてしまっている。
この、五かける五の小宇宙のなかに投げ出されて、僕は孤立無援。それでも……僕は希望を捨てていない。
(こういう飛び道具ばっかりの時――詰将棋の類型化ははっきり言ってご法度だが――こういうバラバラで手の付けようがないヤツは、大体、ド派手な手が飛び出して、超絶綺麗な収束が待っている)
そして、それは必ず僕を魅了する。
だから、僕は解き続ける――まるで宇宙の秘密に迫るがごとく、突き進む。
(絶対――これは何としても、自力で解きたい)
(――どれだけ時間がかかっても)
この問題は、僕に何を「魅せて」くれるんだ?
投了しないコラム:詰将棋
将棋の問題形式の一つで、上達にはほぼ必須。「パズル」と形容されることが多い。ルールは単純で、「攻方」の手番から開始し、「受方」の玉を詰ませるというもの。ただし、攻方は最短の手順で、受方は最長、つまり最も長生きできる手を選ばねばならないというルールがあり、詰将棋はこれが全てともいえる。
1525手詰の「ミクロコスモス」(橋本孝治)が現存する作品で最長手数とされ、発表年の看寿賞長編部門の受賞作である。このような超長編はもはや棋力というより気力の問題だが、きっとカタルシスを感じられるに違いない。また単に長いだけ、難しいだけが良い作品ではない。詰将棋にもさまざまな技法があり、解く者を唸らせるドラマチックな手順は、一種の芸術作品の域へ到達する。
なお、普通の詰将棋の他に「ばか詰」「自殺詰」など特殊ルールの作品もある。単純ゆえに、楽しみ方も無限の可能性に満ちている、といったところか。