【振り駒】プロローグ
振り駒の結果:
先手▲ 振田 みのる
後手△ 穴熊 堅太郎
<対局開始>
――バーン!!!
生徒がまだ揃い切っていない朝の教室の扉が、勢いよく開かれる。
扉の傍の席に座って文庫本に読みふけっていた女子生徒が、驚いて椅子から転げ落ち、そのまま動かなくなってしまった。
つかの間の静寂。
「おい、お前!」
壁の全面にビー玉をぶちまけたような、破裂音にも近い怒声が響く。それは朝の暖かい日射しに照らされた教室の柔らかい空気のすべてを、ねぼけた顔のすべてを震え上がらせる。
そして最後に、ハードカバーの分厚い本から目を離さなかった穴熊堅太郎も、ついに教室の戸口に立つ長い青髪の女子をちらりと見た。
――ズカズカズカズカ。
この背の高い女子の名を知る者は、教室内のただひとり――そう、堅太郎を除いては存在しない。
暖かい空気が取り去られては、彼らはこのクラスの住人という立ち位置すら怪しいのだ。つまるところ彼らはみな新入生であった。入学式を終えてから、最初の授業日であった。彼らにとっては、未だ隣人さえもストレンジャーに等しい。教室中の視線という視線が、振田みのるという、絶対的な部外者へ向けられた。それは新たなる災厄の前兆か、それとも転機の来訪か、あるいは開戦の狼煙か――。不安感はおろか、それらの思考、すなわち第一感を発想する隙さえ与えず、みのるは一対の双眸を目掛けて無遠慮にも突き進む。談笑する女子を、じゃれ合っていた男子を押しのけ、押しのけ――そして停止する。
最前列の窓際の、木製の机を挟み、相変わらず本を睨んでいる双眸と、本を睨むその双眸を見下ろす双眸が相対する。
また教室中に響き渡る大声で、仁王立ちのまま、みのるは告げる。
――恥じらいもなく、堂々と。
「お前。――あたしと付き合え!」
「嫌です」
「――っ!?」
桜降る校庭にひらり舞う、およそ五枚の花びらが、校舎一階の窓の借景を、一瞬、かすめて行った。
投了しないコラム:振り駒とは?
実際の将棋における、先後(先攻・後攻)を決める儀式。アマチュア対局では原則、盤上の中央で、年長者または上級者が行う。初対面で実力も年齢も分からない時は、譲られた方が振ることが多い。なおプロ棋戦では、記録係が振り駒を行う。
原則、自陣中央の「歩」を五枚拾い(三枚や一枚のこともあるが、省略版だろう)手の中で数回振ってからバラッと盤上に散らし、「歩」の面が出ている枚数で先後を決定する。「歩」が多ければ振った人の先手、裏面=成り駒の「と」が多ければ振った人は後手となる。駒が重なるなどして表と裏の枚数が同じになった場合、振り直しとなる。