王太子を辞めるまで
ここシュレイド王国の王族には、12歳になると1人で市民の元に混じって15歳まで過ごさなければならないという法律がある。
なんでも、将来統治することになる国民の暮らしを肌で感じ気持ちにより添えるようになろうという建国当時の王の思想を受け継いできているらしい。また、姿が知られていると市民に混じるのが、難しくなるという理由で王族は産まれても、ごく一部の関係者にしかその姿を公開されない。将来国を統治することになる王族を護衛も付けずに、市民の元に紛れ込ませるなど何かあったらどうするのだと考えるが、死んだらその程度、国を担う実力無しと判断されるのがこの国である。実際に、死んだ王族もそれなりの数がいるらしいが、血が絶えないように対策はされているため問題はないらしい。初めに、この話を聞いた際は、正直戦慄した。
その代わりと言ってはなんだが、市民に混じって暮らす3年の間は、割と自由に過ごすことが許されている。さすがに、海賊や盗賊といった所謂犯罪者になろうとしたら、どこからともなく王国に連絡がいき、止められたり場合によってはその時点で王宮に連れ戻される。しかし、冒険者や傭兵といった危険な仕事に就くことだって可能である。
さて、なんでこんな話をしているかと言うと、何を隠そう俺こそが、シュレイド王国の第一王子であるからである。しかも、この国では継承権争いを避けるため、生まれた順に継承権が付与される。そのため、俺はこの国の王太子でもある。
将来国を導くため、幼い頃より毎日厳しい勉強や訓練、政治にも関わっていた俺は、せめて3年間の間は、そういったものから解放されたいと思い冒険者になった。剣や魔法には、自信があったし戦うことも好きだった。冒険者を始めた当初こそ、魔物と戦い死にそうになって恐怖で眠れぬ夜を過ごしたり、薬草集めといった地味な依頼をこなさねばいけない状況に辟易したりしたが、俺には才能があったようで3年たった今では、冒険者の中でも最高位のSランクに到達することができた。俺1人では、ここまでこれなかっただろう。途中からパーティを組んだ相棒には、感謝してもし足りない。
しかし、3年たったということは、市民に混じる生活が終わり、王族としてまた過ごさねばならないということを示している。俺は、王族に戻り3年間学園で学ぶようにと書かれた王宮からの手紙を読んではぁっと深くため息を吐いた。
「あー、嫌だ嫌だ。ずっと冒険者でいたーい」
「その手紙が来てから、ずっとその調子だね。何かあったの。相談に乗ろうか?」
そういってつい漏れ出した俺の独り言に返事を返したのは、パーティを組んでいる相棒である。薄緑色の髪に黄色の瞳でかなりの美人である。スタイルも良い方だ。生粋の魔法使いであり、どちらかといえば前衛である俺の頼れる相棒だ。名前は、エルメナといい、俺はエルって呼んでる。
「実家から戻ってくるようにってね。それで学園に行けって。でも、そうすると冒険者は、辞めなければならない可能性が高いんだよ」
「そんなもの無視すればいい」
「いや、そういうわけにもいかないんだよ」
「へぇ、じゃあレイ。君は私を捨てるって言うのかい?これまで、一緒に冒険してきて、君と私の間には確かに絆が結ばれていたと感じていたのに。そう思っていたのは、私だけだったのかな?」
目からハイライトを消しながら、詰め寄ってくる相棒。ドラゴンと戦った時よりも遥かに恐怖を感じるのは、何故だろうか?ちなみに、レイは俺の愛称である。
「落ち着いて、エル。君のことを捨てるわけじゃない。俺だって、冒険者は続けたいけど、実家にも残してきた問題とかあるし、今まで育ててくれた恩もあるし」
「冒険者を辞めるってことは、今までのように君と一緒に行動できなくなるってことだ。それは、捨てるってことだと思うんだけど。違うかい?」
「いや、あの、その」
どんどん詰め寄ってくる相棒を前に、俺は答えに窮してしまう。実際、王族に戻れば冒険者に戻れる可能性は、かなり低いし俺は王太子でもあるからなおさらだ。しかし、手紙を無視して国外逃亡ってのも、心情的に選びたくない。俺だって、冒険者を続けられるものなら続けたいし、この暮らしを知った以上王族に戻りたくはない。とはいえ、それで王族を辞める程、情がないわけではないし、それは無責任だとも思う。それに、王族を辞めるなら辞めるで、できるだけ広く認められるような正当な理由が欲しい。
例えそれで、他者が迷惑を被っても俺自身の中で納得できるようにするために、王族を辞める理由は必須である。少し自己中心的な考えかなぁとも思うが、俺は結局自分や自分が気に入った人のことを第一に考え行動する。
そんなことを考えていると、エルから感じる圧力がどんどん高まってくるのを感じる。確かに、それまで行動してきた相棒が、いきなり冒険者辞めるかもってなったら怒るのは、当然かもしれないがここまで怒るのは、俺が何かしてしまったのだろうか?
そんな時ふと、王族や貴族は、学園に行く際従者を1名まで連れて行ってよいということを思い出した。また、王族は人を見極める目を鍛えるため、従者は身分や出自を問わず自由に選べることも。
「あの、エル。その、俺の従者として一緒に学園に来てくれないでしょうか?」
「はぁ?行く」
エルは、一瞬呆気に取られたが、すぐに肯定の返事を返してきた。その様子は、先ほどまでこちらを威圧していたとは、思えないほど喜びに満ちていた。
こうして、咄嗟にエルを従者に決めてしまったが、断じて感じた圧力に屈したわけではない。それに、エルとの関係を改めて考え直すにもいい期間が入手できた。エルもSランクの冒険者であり、もし王族に戻るとしても傍にいてほしい戦力である。
ちなみに、俺が王族に戻りたくない理由は、いろいろあるが一言でいうと合わないからである。王太子として王の後を継ぐことになれば、書類仕事や外交問題をたくさんこなさければならない。俺は、冒険者として、魔物と戦ったりして過ごす方が合っている。それに、高位の冒険者は、下手な貴族よりも稼げお金に困ることは少ない。今更、不自由な王族に戻れと言われても嫌だと感じるのは仕方がないだろう。
*****
こうして、始まった学園生活だが案の定というかつまらないものであった。学園は、王立であり貴族だけでなく平民も入れるのであるが、入学するのに必要な金額や成績の問題から平民は、ほとんどいない。そうなってくると、必然的に周りは、貴族ばかりになる。冒険者としての暮らしに慣れていた俺には合わない空気感である。流石に彼らの前では相棒の前のように、素を見せることはできず皆が憧れるような完璧な王太子を演じながら日々を過ごしていた。
しかし、貴族たちが悪いわけではない。彼らにとって、人前では仮面を被って過ごすことなど当たり前であり、俺だって12歳になるまでは、そうやって過ごしていた。
授業に関しては、俺が王族だからだろうか、既に習っていた範囲ばかりで退屈なものであった。武技に関しても、冒険者としてSランクまで上り詰めた俺の相手を務まるのは、同じくSランクであるエルくらいであり、それすらも学園への被害を考えると本気を出せず、疲れが溜まっていく日々であった。
俺が、順調に疲れを溜めていっている一方、従者として連れてきたエルは、始めこそ「君が王族で、王太子なんて詐欺だろう?冗談を言うなら、センスがないね」なんて言っていたが、今では、「今日も疲れてるねー。よしよしエルさんが癒してやろう」なんて笑いながら、こっちをからかってくる。毎日、楽しそうで羨ましい。
だが、王族に戻り王太子となったことで良いことが全くないわけではなかった。なんと婚約者ができたのだ。ハージェン侯爵家のお嬢様で、名前はメリッサ。俺と同い年である。紫色の髪に、シミ一つない肌、男なら誰でも手を伸ばしたくなるような抜群のプロポーションの持ち主だった。さらに、才女として有名であり、既に領地の運営にも携わっているらしい。ハージェン侯爵家と言えば、隣国に程近い場所にあり、隣国から侵攻を何度も退けてきたことで有名である。その家に仕える使用人は、国王直属の新鋭騎士団にも劣らぬ精鋭揃いと聞いている。実際、目にしても冒険者で言えばA~Bの上位クラスの実力者たちだった。冒険者のランクは、最高位をSランクとしてA~Fまで続く。その強さは、個人にもよるが、ランクが1つ上がれば前のランクの10人分位である。そう考えると、この家の使用人たちは、とんでもない実力者揃いであることが分かる。
そんなハージェン家のお嬢様は、どうやら、随分前から俺と婚約することが決まっていたらしいが、法律の影響もあり学園に入るまで知らされなかった。俺は、恋愛に凄く興味があり、恋愛結婚に憧れている。簡単に言えば、ドキドキしたいし、イチャイチャしたい。冒険者時代に、何度も行動を共にしたことのあるパーティのカップルも、毎日凄く幸せそうだった。
王族として産まれた以上、政略結婚になるだろうが、互いに寄り添えばそこに愛は、発生するだろう。そんな中将来、妻となる人物がこれほどの美人であったことは、喜ばしいことだ。俺は、互いに愛を育むべく婚約者と積極的に関わることにした。
分からないことがあるとすれば、俺に婚約者がいると判明し、美人だったとエルに知らせた時の反応である。
「エル、聞いてくれよ。俺に婚約者がいたんだ。しかも凄く美人だった」
「へぇーー。そりゃ君は、王太子だもんね。婚約者ぐらいいるよね。でも、その婚約者は、君とどのくらいの時間を共に過ごしたんだい?君の何を知っているんだい?まさか、私よりも長く過ごした訳じゃないだろう?君の好きな食べ物だって知らないんじゃないかい?そもそもレイ、君も君だよ。王になるのは、嫌だと言っていたじゃないか。それなのに、どうして婚約者の存在を喜んでいるんだい?」
こんな風に、それまで普段通りの態度だったのに、話しかけたとたん、ハイライトを消した瞳で一気話を捲り立てられた。俺は、てっきり祝福されるものだと思っていたからこの反応は、予想外だった。この後、エルの機嫌がとても悪くなり、俺は慰めるのが大変だった。
*****
学園生活も2年生になり新たに問題が増え、俺は困っていた。1つ下の弟が学園に入ってきたのだ。弟は、第2王子であり俺よりも勉強ができる。ただし、あくまで勉強ができるだけであり実際に上に立って、国を導くには明らかに素質が足りない。人の感情などを考慮に入れず、自分が出したアイデアの通りに人が動くことを前提に考えている。アイデア通りに人が動かないと、すぐに癇癪を起こす問題児である。実際に、弟は市民の元に混じった際、商会で働いていたらしいが入った当初から常に上から目線で命令を出しすぐにクビになり、また別の商会に入るといったことを繰り返していたらしい。
そんな弟であるが、正室の産まれであり、側室の産まれの俺が、王太子であることに不満があるらしく以前からよく突っかかってきた。しばらくは法律のおかげ会わなかったが、同じ学園に入ってから会わなかった反動からか以前にも増して突っかかってくる。正直、イライラする。
どうにか王太子の地位を奪ってやろうという魂胆が見え見えであり、俺はこんな感情を読まれる人間なぞ、王には向いていないなと感じていた。
この弟の存在が、俺が王族を辞められない理由の一つでもある。俺が王太子でなくなればこの弟が王太子になり、王となる。こんな弟が王になれば、国が荒れることは容易に想像ができる。王族は嫌でも、国民のことは嫌いじゃない。別に、そこまで好きでもないが積極的に苦しんでほしいとは思わない。他の弟になら、国を任せることができるのにままならないものである。
さらに、婚約者との仲が進展しないことも問題であった。俺は、仲良くなろうとよく町にデートに誘ったり、記念日以外にも贈り物を送ったり定期的に家にも行き交流を交わそうとした。しかし、メリッサ嬢は、町でのデートでは人前で在るからか仲のよさそうな風に振舞ってくれるが演技であることは一目瞭然であった。人前でなければと互いの信頼の置ける従者のみを側に置いたお茶会を開き、「私の前ではもっとあなたの素を見せてほしい」と頼んでも「貴族の女性たるもの、常に仮面を被らなければなりませんので」と言って心を開いてはくれなかった。会話についても、淡々と受け答えするだけであり人形と喋っているようだった。何度か思い切って、もっと仲良くなりたいと言っても「私たちの婚約は、政略によるものです。情を交わす必要はありません」といって全く取り合ってもらえなかった。
俺は婚約者との仲についてエルとよく相談をした。
「あの女との結婚なんて絶対に辞めた方がいいよ。君には、もっと相応しい女性がいると思うな」
「そうはいっても、王命だしなぁ。変えるにも理由が必要だよ。それも相手の不備がいいな」
「おや?レイ、君が結婚に難色を示すなんて予想してなかったよ」
「流石に、いつまで経ってもあの態度だとねぇ。向こうは、仲良くする気がないみたいだし」
「あの女が生きているから、婚約が続くんだよね。じゃあ、君さえよければ、あの女私が殺してこようか?あんなゴミが、いつまでも君を縛っているのは私には我慢ならないよ。あの女が死ねば、君だってきっとすぐに素晴らしい恋に出会えるはずさ。安心してよ、できるだけ残酷に苦しめて殺すからさ」
「おーい、落ち着いてエル。殺すのは、止めてほしいな。彼女だって悪気はないんだ」
「君は優しいね。でも、私にも我慢があるからね。それと、ハグはもう少し強くしてほしい」
エルは、暴走しがちであり、ハグをしないと落ち着いてくれないが不満を聞いてくれるのはありがたかった。楽しみであった婚約者にも陰りがあり、やっぱり王太子辞めたいなと思わずにはいられなかった。
*****
3年生になると、学園にまた新たな動きがあった。新たに入った1年生の中によく話題に上がる人物が出てきたのだ。鮮やかな緋色の髪の毛に、美人というよりも可愛らしいという印象を受ける少女だった。その少女は、話し上手で聞き上手で側にいるだけで気分がよくなると有名であった。
そんな少女は、最近見つかった男爵家の隠し子であるというきな臭い出自であった。そんな出自にも関わらず学園の男子は地位の高さや婚約者の有無を問わず皆魅了された。その中には、第2王子である俺の弟も含まれていた。そんなことをすれば学園中の女子は、全員敵に回ることになると思いきや彼女は、人心を操るのがうまくなんと女子からの好感度も高かった。婚約者の心を奪われた女子でさえ、悪いのは勝手に惹かれた婚約者で彼女は悪くないと言った。
俺もそこまでの有名人とは、どんな人物かと気になり会いに行った。サーリャと名乗った彼女は、噂で聞くよりもずっと興味深かった。話しているだけで気分がよくなり、思わず守りたくなるという彼女は、実際にはその瞳には欲しいものを何としてでも手に入れてやるという執念が宿っていた。
第2王子たる弟をも魅了し、学園中の人気者となったサーリャ。そんな彼女を知っていき俺はある計画を考えついた。
「いつまで経っても心を開かない婚約者、その関係に悩む王太子はあるとき太陽な少女と出会う。少女は、王太子を励ましそんな彼女に王太子もまた惹かれていく。それが、禁断の恋と知っていても……」
「それは何?恋の相談かい?だとしたらつまらないね」
「違う違う。俺の考えた話さ。けっこう良いストーリーだろ。続きもあるんだ。全部上手くいくとまた冒険者に戻れるかもしれないんだ」
「へぇ、それは詳しく聞かせてもらおうかな」
俺は、考え付いた計画をエルに全部話した。
「ふっふふぅ……あっはっは。いいね、それ。全部知っていると面白すぎる。君と二人旅じゃなくなるのは残念だが、彼女は確かに魅力的だね。仕方ない、必要経費だと考えるさ」
「だろ、じゃあやるか」
俺の提案を聞いたエルは、大爆笑し少しだけ不満そうな顔をしながらも俺の提案を受け入れてくれた。予想していた反応とは言え安心した。エルは、賢い。自分が嫌なことでも、俺たちにとってためになると分かればある程度は、受け入れてくれる。
エルを味方につけた俺は、計画を進めていくことにした。
*****
それから俺は、婚約者であるメリッサ嬢との交流を続けつつも徐々にサーリャとも交流を持つようにした。そして徐々にメリッサ嬢との時間を少なくし、サーリャに多くの時間を使うようにした。また、サーリャと交流するときは人前を多く選んだ。さらにあえて人が滅多に来ないような場所でサーリャと交流し、その姿を偶然通りがかった人に見られるように仕向けた。
この際、人前で交流するときは、あくまでとても仲の良い友人、見られるように仕向けた際は恋人同士のように見えるようにした。そうすると、俺とサーリャの間には噂が流れるようになった。俺の身分が王太子ということで、サーリャに魅了された男達も徐々に姿を消し女性からは応援されたり逆に避難の目を向けられたりした。
そして弟は、俺に好きな人を取られた怒りからか以前にも増して俺に突っかかってくるようになった。そのほとんどが普段なら足を止めて相対しない下らない内容であったが、俺は敢えてサーリャとイチャイチャしながら話を聞いた。すると、弟はいつも怒り狂ってどこかへ消えた。
婚約者であるメリッサ嬢は、俺やサーリャによく苦言を呈してきた。「妾の候補にするのは、構いませんが正室になる私よりも構うのは、なりません」や「殿下との距離が近すぎます。互いの身分を考えて行動して下さい」と言った常識的な意見を言ってきた。
その度に、俺は「今まで俺と仲良くしてこなかったくせに、俺が他の女と仲良くなると口を出してくるのか。そんなに将来の王妃の座が欲しいのか、浅ましい奴め」とか「俺が、女と関わってはいけないというのか?この国に女性がどれだけいると思っている」と言った酷いセリフや的外れの答えを返し、彼女との仲が険悪になっているように周囲に見せつけた。まぁ、実際彼女からの好感度は、下がっているかもしれないが。彼女に家に行く度に、使用人から感じる気配が鋭くなっているのを感じた。
サーリャに対しては、「私は、王太子として産まれた。政略結婚は仕方ないが婚約者は冷たくて、共にやっていけるような気がしない。共にいるなら君が良い」と言った真実と嘘が混じったセリフを吐いて、口説いたり「私がもっと賢ければ婚約者とも上手くやれたのであろうか?いや、すまない。王太子として弱音を吐くことは許されないな。忘れてくれ」といった王太子の立場からの苦悩(真実と嘘が混じったもの)を聞かせた。すると、彼女は、「嬉しいですレイ様、私もあなたの妻になりたい」、「あなただって、弱音を吐いていいのです。せめて、私の前では素のあなたを見せてください」と傍から見れば、完全に愛し合っている男女のように答えてくれた。最もそれらが完全に演技であり、瞳の中の欲望が、どんどん熱くなっていることは、俺には分かったが。
あと、エルから発される気配もどんどん強くなっていった。
そうして時は、流れ卒業式の日がやってきた。
*****
美しい銀の髪の貴公子が、私に手を伸ばす。
万人が蕩けてしまうような笑み。私を見つめる情欲の混じった瞳。
それを見て、私は勝利を確信した。今まで、私を見下していたものが、私の下になることを。
「私に君をエスコートさせてほしい。さぁ、手を取って、サーリャ」
「嬉しいです。喜んで、レイナール様」
貧乏だった。貴族が嫌いだった。
母は、美しく優しかった。早くに死んだ父の分も働き、私を養ってくれた。そんな母は私の自慢だった。お金は足りなくて、周りの子たちみたいに、綺麗な服や満足のいくおいしい食事は取れなくて、私はいつもボロボロの服を着て固いパンと水を食べていた。おしゃれやおいしいご飯に憧れはしたけど、母との暮らしは幸せだった。でも、ある時母は病気にかかり亡くなった。薬代が出せなかったのだ。
私は、貴族を恨んだ。あいつらがもっと上手く政治を行えば母が貧乏になることはなかった。薬代が払えず、死ぬこともなかった。
母が死んだ後、私は母の知り合いの食事処で働き出した。あるとき、肥えた豚のような貴族が使用人と共に店にやってきて言った。
「ほう、この娘がそちの言っていた娘か。悪くない見た目をしている。髪の色も私に近いな。これならば、私の娘にしても大丈夫だろう。よくやった、そちには褒美をやろう」
「光栄でございます」
「お前は、私の娘にしてやるぞ、光栄に思え」
始めは何を言っているのか分からなかった。しかし、意味が分かると怒りが沸いた。こいつは、死んだ父と母を馬鹿にした。母は、死んだ父のことをいつも想っていた。私は、こんなやつの娘では断じてない。私は、当然断ろうとした。店を経営していた夫婦も私を庇ってくれた。けど、そうするとやつは、庇ってくれた夫婦を殺すと言った。私は、従うしかなかった。
連れていかれたやつの屋敷では、それまでしてこなかった贅沢をすることができた。見るからに高級そうな服に、おいしい食事。それまで憧れていたそれらも全く嬉しくなかった。
でも、やつの言う通りにしないと庇ってくれた夫婦が殺されるから。私は、やつのいう通りやつの娘として貴族としての教育を受けた。ある時やつから私を連れてきた理由を聞かされた。やつは、私に学園に行ってもらい、できるだけ高位の者と婚約してほしかったらしい。それで、金と更なる権力を求めたのだ。そのため、受けた教育の中には、人心の操り方やスキンシップの方法も多くあった。
いざ入った学園では、貴族たちは驚くほどチョロかった。男子は、すぐに魅了されるし懸念していた女子からの嫉妬も「高貴な方たちからの誘いで断ることができなくて」と言うと私に同情を示すものが多くほとんどなかった。こんな奴らが国を統治しているおかげで、母が死んだのだと思うと怒りが沸いたが、怒りを隠して周囲と接した。私も、できるだけ高位の者と婚約し、その権力を使い貴族たちの関係をメチャクチャにしてやろうと思っていたからだ。
私に近づく者の中から一番身分の高いやつと篭絡してやろうと考えていたら、なんとこの国の第2王子が引っ掛かった。こいつに決めたと思っていたら、その後なんと王太子が私に近づいてきた。流石に身分が高すぎるか?それに王太子の婚約者は侯爵家の娘であった。そんな相手を篭絡させたら、侯爵家と敵対するか?いや、今更だ。やってやる。侯爵家から、あの豚に鉄槌が下るなら、私がどうなろうといい。そんな覚悟を決めて、王太子に当たれば王太子は、冷たい婚約者との仲や立場からの責任に悩んでいたようであっさりと落ちた。私に惚れていた第2王子や王太子の婚約者がよく突っかかってきたが、王太子は彼らを追い払い、どんどん私にはまっていった。時々、どこからともなく殺気を感じたり、暴漢に襲われそうになることもあったが、王太子のおかげでなんとか生き延びてきた。王太子は、証拠はないが婚約者の仕業だろうと言っていた。
危険もあったが、私は賭けに勝利し、王太子は婚約者ではなく私をエスコートしている。周囲から羨望と非難が混じった視線が注がれているのを感じ、少し居心地が悪いが王太子は平気そうにしている。今まで接してきた様子からメンタルが強いとは思えないので、おそらく気付いていないのだろう。
王太子は、私がエスコートされていることで会場で一人になっている侯爵家の令嬢メリッサ様の元に一直線に向かっている。
「サーリャ、君と婚約する前に彼女と決着をつけなくてはならない。ついてきてくれるか?」
「レイナール様、あなたのいく先ならどこへでも着いていきます」
「ありがとう」
レイナール様は、そう言ってメリッサ様の元まで辿り着いた。そして、メリッサ様がこちらに気付き向き直るのを待って話始めた。王太子とその婚約者、そこに私という王太子と噂になっている人物が集まっていることで、周囲の注目を集めていることを感じる。
「メリッサ、今ならまだこのサーリャ・ルイン男爵令嬢に一言謝るだけで許してやる。ああ、婚約は解消されるが」
「殿下、何のことでございましょうか?それに、婚約の解消とはどういうことでございましょう?この婚約は、王家と侯爵家で取り決められたもの。殿下個人の意思では、変えれません」
「そうだな、だが犯罪者との婚約はない。最後にもう一度だけ聞くが、彼女に謝る気はないのか?」
「なんと言われようと、知らないことで謝る訳にはいきません」
メリッサ様は、私なんかが叶わないくらいに美しい方だ。同じ女性でありながら、魅了されてしまいそうな魅力がある。殿下の侍女も、彼女に負けないくらい綺麗だがそれはさておきメリッサ様は、毅然とした態度で殿下の要求を断った。
「そうか、ならば仕方ない。私はここに宣言しよう!メリッサ・ハージェンは、王妃の座が奪われるかもしれないという懸念から学友であったサーリャ・ルインの殺害を目論んだ。そんな女は、王妃の座にふさわしくない。よって私は、メリッサ・ハージェンとの婚約を破棄し、そんな逆境にも挫けぬ強い意志を持ったサーリャ・ルインとの婚約を発表する!」
「なっ!お待ちを殿下、私が彼女の殺害を目論んだとはどういうことですか?そんなこと私はしておりません」
レイナール様によって、私の勝利が宣言され同時に今まで見たことがないくらいメリッサ様が取り乱す。まぁ、知らないところで殺人の容疑が掛けられていたのだから当然か。
「見苦しい。彼女を襲ってきた暴漢は、君が雇った者だろう。取り押さえて、雇った者が誰か吐けば命までは取らないといったら簡単に吐いたよ。勿論、裏付けも取ってある」
「そんな私は、本当に何も……」
「騒がしい何事だ?」
レイナール様がメリッサ様を追い詰めていると、突然威厳のある声が割って入ってきた。声がしてきた方向を見ると、渋い姿の人物がいた。間違えるはずもない、この国の現国王だ。
「陛下、今日こちらにはこられないはずでは?」
「卒業式であれば、卒業生の関係者なら来れるであろう?王太子であるそなたの晴れ舞台だから来たもののなんだこの有様は?」
「それに、ルイン男爵令嬢を殺そうとした暴漢などおらん」
「何を言っているのですか、陛下!?確かに、彼女は襲われたのですよ。偶々そこに私がいたから助かったものの」
突如、現れた陛下に驚きながらもレイナール様は、その発言に疑問を持ち問いかけていた。私は、陛下相手に下手に発言することができず、臣下の礼を取りながらずっと焦っていた。こんなに騒ぎが大きくなることは、考えていなかった。それに、ハージェン侯爵家に罪がないのなら、私は殿下を誑かした罪人になるのではないか?見えていた勝利が無くなって気配を感じながら私には、どうすることもできなかった。
「あの暴漢は、そなたを殺そうとした第2王子によるものだ。そなたがルイン男爵令嬢とよく共に行動しておることは知られていたからな。狙いを悟られないために、ルイン男爵令嬢を狙ったのだ」
「そんなまさか弟が……」
「やつは、今城の地下牢におる。王太子を暗殺しようとした罪で処刑待ちだ。ハージェン侯爵家に罪を擦り付けようとしたのもやつだ。やつは、そなたが死んだ後そのままだとメリッサ嬢が婚約者になることを嫌い、惚れておったルイン男爵令嬢を婚約者にしようとハージェン侯爵家に罪を擦りつけようとしたのだ。あんな捏造に騙されおって」
「そんな私は……」
「もうよい、あんな捏造に騙されて断罪を行おうとするなど、王太子としての才が足りん。ルイン男爵令嬢と浮気をしていた件は、報告に挙がっていたが学生の内だから、と見逃していたら。あっさり騙されて侯爵家を断罪しようとしおって。そなたのおかげで、侯爵家が敵に回ったらどうするつまりだ。そなたは、もう廃嫡だ」
「なっ、お待ちを陛下!!第2王子たる弟が捕まった以上、私の代わりに誰が王太子となると言うのですか!?」
「第3王子がいるであろう。少し年は離れておるが、あやつが学園を卒業するまでは、私が王を続けるとしよう。それにしても、私の子を2人も誑かしおって、ルイン男爵令嬢そなたにも罰は受けてもらう。2人とも連れていけ、衛兵」
「そなたにも迷惑をかけた、メリッサ嬢。愚息が失礼した。この通りだ」
「あ、頭をお上げ下さい、陛下。わ、私は陛下に頭を下げてもらう程の存在では」
「いや、これはどうしてもしなければならない。迷惑を掛けた身でこんなことを言うのもなんだが、これからもこの国に力を貸してほしい」
「勿論です。この身の全ては、この国のために」
衝撃の事実を知らされ、茫然とする王太子、いやもうただのレイナールと共に私は、乱暴に衛兵に連れていかれた。国王が頭を下げ、メリッサ様がそれを受け入れるという美談を見ながら。
やはり、望んではいけなかったのだったのだろうか?勝手にこちらに連れてきて、良いように利用しようとする。そんな貴族に、復讐しようなんて考えてはいけなかったのだろうか?
*****
そこには、凄惨な光景が広がっていた。黒衣に身を包んだ人物たちが地面に倒れ、その身体からは血が流れている。既に、多くが息絶えかろうじて1人だけ生き残っている。それも、風前の灯の命だが。その場にて、無事なのは1人の少年と2人の少女だけだった。
「いやぁー-、参った。俺だって、メリッサには、多少悪いとは思っているんだよ。必要だとは言え、濡れ衣着せたりしようとしたしさ。婚約者として、仲良くしようとしていた時期もあったからさ。彼女との思い出は、綺麗なままにしたかったんだ。だから、こうして襲撃なんて掛けられると思い出が汚れる気がして嫌なんだけど」
「そうだよ。私だって、あの女がレイと婚約していることが嫌だったけど、殺すことは我慢していたんだ。なのに、君たちから来られると殺さざるを得ないじゃないか」
サーリャと共に城の地下牢に入れられた後、エルも放り込まれてしばらく待っていたら、明らかに看守じゃない奴らが襲撃を掛けてきた。軽く返り討ちにして、全滅させたがやはりこうなったか、と残念に思わずにいられない。まだ、息をしている1人に問いかける。
「君たち、ハージェン侯爵家の使用人だろ?見たことのある人もいるし。誰の指示?」
「言う訳がないだろう。化け物め。」
「メリッサの指示だとしたら、彼女も殺さなきゃいけないんだけど?」
「なっ……待て、お嬢様の指示ではない。我らの独断だ」
「だろうね。メリッサは、そんなことを指示しないだろう。婚約者だったんだ、分かるよ」
メリッサにも危害を加えるぞと脅すと案外簡単に独断だと認めた。
ハージェン侯爵家で、メリッサは非常に大切にされていた。そのお嬢様を断罪しようとしたからには、メリッサを大切に思っている使用人たちが襲撃してくることは予想できた。元々、ハージェン侯爵家の使用人とは裏の仕事も請け負っていることで有名だった。だけど、才女として呼ばれているメリッサなら、使用人の感情に気付き止めてくれるのではないかとも期待していた。いくら、ハージェン侯爵家の使用人が実力者揃いとは言えSランクの冒険者たる俺たちに叶わないことなど明らかだったからだ。
「弟は、殺してきた?」
「あの男は、ハージェン侯爵家に罪を被せようとした。殺されて当然だ!!」
「君の計画通りだね。レイ」
「ああ、けれど少し残念だ」
「なっ、貴様ら、何の話をしている!?計画とは何だ!?」
「あっ。もう君死んでいいよ。聞きたいことは聞けたし、襲ってきたやつを生かして返す気もないしね」
「がっ!?」
エルが、こちらの話に食いついてきた男にとどめを刺す。元々、聞きたかったのは襲撃を指示または考えたのが誰かということと、第2王子である弟が死んでいるか否かであった。それが、聞けた以上襲撃者を生かす理由もなくなった。
「ねぇ、計画って何?その姿も、この事態に動揺していないことも全て含めて全て知っていることを教えて」
とそこに、新たに声が響いた。先ほどまで、襲撃とそれらを軽く返り討ちにし惨状を作り出した者たちに怯えていた少女のものだ。
「あー、サーリャ。姿については、こっちが素なんだ。王子っぽくないだろ、だからまぁ、学園では演技していたんだ。動揺していないのは、予想していたからだ」
「じゃあ、計画って何よ。私もメリッサも、あなたの弟だって利用してたっての!?人の人生を何だと思って……」
「ふふふっ、利用したの私たちだけど選んだのは、君たちじゃないか。責任転嫁は、止めてほしいな」
「まぁまぁ、エル。煽らないで。巻き込んだのは、事実だし彼女に聞く権利はあるよ、それにまだ勧誘が残ってる」
「勧誘?もし、私を何かに勧誘するつもりならこんなことしたあなたたちに付いていくとでも?」
「まぁ、話を聞き終わってから判断をしてほしい。まぁ、こんなところで話すのも何だし移動しようか、エル」
「任せてよ、高級旅館に部屋を取ってるんだ、偽名で」
エルの身体に魔力が集まり、解き放たれる。次の瞬間には、もう高級そうな部屋に周囲の景色が変わっていた。
「ここは?」
「さっき言っていただろ、高級旅館の部屋さ、エルの魔法で移動してきたんだ」
「転移魔法って、どれだけの実力と才能があればそんなことが……」
「エルは凄いんだよ、それで計画ってのは、俺が王太子いや王族を辞め、冒険者に戻る計画のことさ。この国の王族が、12歳になると、市民の元に混じって暮らすことは知っているだろ」
「ええっと、いきなり話始めるわね。当然知ってるけど」
「俺は、その間冒険者をしていたんだ。これが、心地よくてね。正直、王になるよりもずっと続けたかった。だが、3年間が過ぎ俺は王族に戻らなければいけなくなった。覚悟はしていたが、辛かった。でも、産まれは仕方ない。王になるつもりだったさ、渋々だけど。そんな訳で王族に戻ると婚約者ができた。これは、嬉しかった。俺は、恋に憧れがあったからね」
「ええ、あなたから聞いたわ。婚約者が冷たくて、仲良くやっていける気がしないって、それは本当だったのね」
「あの女、レイと婚約できたのに、全然嬉しそうじゃないんだよね。そんなにいらないなら、私に寄越せって、何度も殺そうかと考えたよ」
「落ち着いて、エル。そうそれは本当だった。デートとかしても、関係が深まらなくてね。全然こっちに寄り添おうとしない相手にこっちも嫌気がさしていたんだ。王太子を辞めることなら、まぁ簡単だったんだけど、そうしても王族であることに変わりはないし、何よりもあの弟が王太子になるだろ。第3王子たる弟なら何も問題はないんだけどあんなやつが王になれば、国がやばい。そんな訳で、困っていたんだ」
「そこに、君が現れた、サーリャ。君の魅力は、貴族たちを魅了し第2王子も惹きつけた。そんな君を見て、レイは抱えている問題を一気に解決する方法を思いついたんだ」
「君は、身分を問わず学園の男子に声をかけていたが、篭絡しようとしていたのは、高位の貴族か将来性のありそうな者かどちらかだった。王太子である俺が、近づけば君はきっと俺と懇意にするだろうと思った」
「実際、私はあなたの思った通りに動いたって訳ね」
「そう、君は俺と懇意にし君に惚れていた弟は、以前にも増して俺に突っかかってきた。これは、学園内で誰もが知るところ。さらに、婚約者だったメリッサは、貴族の見本みたいな性格をしていたから、俺と君の仲について注意をしてきた。これを俺が、いなしてメリッサとの仲が良くないことを周囲に知らしめた」
「その後、本当は私が町で暴漢を雇い、惚れた人物を奪われた第2王子の仕業と見せかけてレイと君を襲わせる予定だった」
「その言い方だと、何か予定外のことが起きたのね」
「そう、弟は俺たちが捏造するまでもなく罪を犯した。あの暴漢は、本当に弟が雇ったんだ。しかも、ハージェン侯爵家に罪を押し付けてね。ハージェン侯爵家なら、あんな暴漢雇うまでもないのに、愚かな考えだよ、本当に。だけど、都合は良かった。俺は、その証拠を手に入れそれをそのまま信じたように行動し、メリッサを断罪しようとしたように見せかけた。仲がよくない印象を周囲に見せていたから、あの断罪劇も自然だっただろ?そして、俺は廃嫡され見事に王族を辞めることができた」
「勿論、あの第2王子がレイの暗殺を企んでいた証拠は王に渡るように細工したよ。もみ消せないように他の貴族にも渡したし、正義感の強い貴族に証拠を見つけてもらったんだ。王太子の暗殺未遂なんて、国家反逆罪だからね。王も息子であろうと処刑を決めるしかなかったみたい。苦悩している様子を魔法で見てたけど、いい様だったよ。私とレイを引き裂こうとするから、あんなことになるんだよ。あと、卒業式に王がきたのも私たちの計画通りさ」
「それで、あなたは王族を辞め王太子の座もまともな第3王子に譲ったって訳ね。大体、分かったけどまだ勧誘やハージェン侯爵家の使用人が襲撃してきた理由とかが分からないんだけど」
「そうだな、まず勧誘について話そうか。俺とエルは、2人で組んで冒険者をやっていたんだけど、どうも細かい気配りとかが苦手でね。交渉とかが大変だったんだ。これまでは実力で黙らせていたけど、これからもっといろんな場所とかに冒険に行きたくてね。交渉の上手い仲間が必要だったんだ。君は、人心を操るのに長けていて、戦闘の才能もある。修行は必要だけど、ぜひ仲間になってほしい」
「私に戦闘の才能があるなんて、初耳だけど?」
「Sランク冒険者たる俺たち2人が言っている。信用してくれ」
「才能については、まぁいいわ。でも、私が修行してまで騙して利用してきたあなたたちに付いていくとでも?」
「貴族への復讐、できただろ?」
「……っ!?気づいていたの?」
「ああ、最初から。君の瞳を見れば、貴族への復讐心があることなど見抜くのは容易かったよ。王族が2人もいなくなり、侯爵家に冤罪がかけられそうになった。貴族社会は、大混乱だろう。俺たちも逃げたしね。ルイン男爵家も今頃、ハージェン侯爵家によって潰されていることだろう」
会話が始まってから、顔色を変化させることのなかったサーリャの顔に驚愕の表情が浮かぶ。予想外のことばかりだろうに、すぐにこちらの真意を見極めようと態勢を整えていた。流石と褒める他ない。
「ハージェン侯爵家の報復の中に、私を育ててくれた食事処は入ってる?」
「流石に、そんな市民まで巻き込むことはしないさ。噂程度であれ、そんなことが洩れればハージェン侯爵家の弱みになるからな」
「嘘は言ってなさそうね、続けて」
「ああ、後君は贅沢がしたいんじゃないか?でも、貴族になって贅沢をするのは、嫌なんだろ。冒険者になって、成功できれば並みの貴族よりも稼ぐことができるぞ。それに、俺たちはSランク。最高位だ。そのパーティに入るんだから、お金の心配ならしなくていい」
「どこまでも、私のことを理解しているのね。分かったわ、騙されたのは癪に障るけど、私もあなたを利用しようとしたしお互い様ってことで、いいわ。あなたたちに付いていくわ。ところで、私たち犯罪者に当たるんじゃないかしら。それは、大丈夫なの?」
「この国では、駄目だろうけど、冒険者は世界各国で活躍できる。別の国に行けば、Sランクの冒険者なら、例え大量殺人犯だって活動可能だ。どこの国でも実力者は、ほしいものさ」
「実際、国を滅ぼしたSランクの知り合いだっているしね。世界は、君が思っているよりもなんとかなるものさ。それよりも仲間としては歓迎するけど、レイに手を出すことは許さないよ。ようやく私の元に、っうん。間違えた。冒険者に戻れるんだから」
「あら、レイナール様の従者確かエルって呼ばれていたわね。私がレイナール様いやレイに手を出すことを止める権利があなたにあって?あなたたちに私の人生、めちゃくちゃにされた責任は彼にとってもらうから」
「まぁまぁ、喧嘩は止めて、仲間なんだから。それよりも、最後のハージェン侯爵家の使用人が襲ってきた理由は聞かなくていいのか?」
「あの襲撃者の話と今まで聞いた話から推測はできるわ。要は、お嬢さまが大事な使用人たちが独断で暴走してお嬢様に迷惑をかけた存在を消しに来たんでしょ。そして、そいつらに第2王子を殺させるところまであなたの計画通りでしょ」
「正解なんだけど、よく分かったね」
「あなたがメリッサを見限った理由も分かったわ。レイ、あなたは婚約者との仲さえよければ王太子のままでいるつもりだった。そんなあなたが、メリッサに嫌気がさしたのは、レイあなたの考えていることを全然理解できず、自分の使用人の行動を取り纏めることもできない彼女に王妃の座は務まらないと考えたからでしょ?違う?」
「それも正解。彼女は、才女と言われていたが俺の計画に気付くこともできず、自分の部下の扱いさえままならなかった。そんな女性に、王妃になられては国が困るだろう。第3王子とは、年も離れていて弟と年の近い女性はたくさんいる。彼女が王妃になることはもうない。でも「でも、彼女の評判を落とす作戦を考えたの私さ」」
「あの女のせいで、冒険ができなかった分の恨みは、晴らさせてもらったよ」
「恐ろしい女ね、あんた」
「君は、一気に遠慮がなくなったね。少し前と本当に同一人物かい?」
何だが、女性たちの仲が一気に仲良くなった気がする。エルは、女性と折り合いが悪く俺がパーティを組もうとした女性は、すぐに離れていってしまう。サーリャなら、上手くやっていけるだろう。彼女を仲間に入れて、正解だったと我ながら天晴だと自分を褒めた。
「エルとサーリャが仲良くなってくれて嬉しいが、もう夜も遅い。明日には、国を出るんだから。今日は早く寝よう」
「えっ!?寝るのには、賛成だけど一緒の部屋で寝るの?あと、仲良くはないわ」
「冒険者なら雑魚寝くらい誰でも経験してるさ。レイと私は、パーティだったし尚更ね。まぁ、別の部屋を取ろうと思えば取れるけど、慣れといた方が君のためさ。でも、レイの隣は私のものだから」
「えっ待って、本当に一緒に寝るの?流石にこの年で、一緒に寝るのはちょっと」
「私ももう寝るよ。ふふふっ、レイ。これからは、ずっと一緒さ。いつまでも共にいようね。君と一緒に冒険できる。それだけで私は幸せなんだ」
冒険者の感覚に慣れてないサーリャの戸惑いを聞きながら、側に感じるエルの温もりに癒されながら俺の意識は、深く沈んでいった。王家に育てられた恩はあるが、母はもう亡くなっており父たる国王に情はない。婚約者とも情を交わせないのなら、あそこに俺がいる意味はない。愚かな弟を消し、優秀な弟を王太子に着けたのだから、自分の中の折り合いもついた。育ててくれた分の金は、部屋に隠して置いてきた。
これからは、エルとサーリャと一緒に冒険者として冒険をして生きていく。これから行く場所にはどんな未知が待っているのだろう?俺は、まだ見ぬ未知の世界に想いを馳せながら幸せな気分で眠るのだった。
*****
翌日、王城では捕らえたはずの王子たちが姿を消し代わりに黒衣の人物が死んでいる姿が見つかり大騒ぎになった。事件の調査の際、消えた王子の部屋からそれまで王子の教育にかかった金額を大きく超える金と彼の侍女からの馬鹿にしたような手紙で、全ては彼らの企み通りだったことが分かるがもう遅かった。彼らは、シュレイド王国から姿を消し追うことは不可能だった。
優秀な使用人を多く失ったハージェン侯爵家はその影響力を落とし、また部下の制御ができていなかったことを責められた。
それと同じ時期に、一時期解散したと言われていたSランクのパーティが新たなメンバーを加え復活したという話が広まった。彼らの活躍は、凄まじく様々な秘境へ挑み生還した。その果てに得た栄光と富は、それから数世紀経った今でも冒険者の成功譚として広く語り継がれている。
主人公:シュレイド王国の第一王子。戦いの才能に溢れた男。Sランク。本名:レイナール・リグド・シュレイド。愛称は、レイ。銀の髪のイケメン。
相棒:主人公の冒険者時代からの相棒。魔法使い。Sランク。エルメナ。相性エル。美人。配慮のできるヤンデレ。
メリッサ・ハージェン:侯爵家のお嬢様。紫色の髪に、シミ一つない肌、男なら誰でも手を伸ばしたくなるような抜群のプロポーションの持ち主。才女。
第2王子:勉強ができるだけのバカ。正室の産まれ。
第3王子:王太子になった。兄の計画とその性格に恐れを抱いた。
サーリャ・ルイン:男爵家の娘。知恵が回り、人心を動かすのがうまい。才能に目を付けられる。レイのことは、なんだかんだ結構好きで責任をとってほしい。
ハージェン侯爵家:使用人まで皆強い。冒険者にすれば、AランクからBランク上位くらいまで。隣国に程近い場所に位置し、侵攻を何度も退けてきた。武家。