38 2発の弾丸
『望海さん。やはりスターは持っていますね。まさか、この場面で一騎打ちが実現するとは……』
『まったくです』
『第9試合、最終盤。安全地帯の南に位置するのは、プロゲーミングチーム「ExplosionZ」への加入が決まっている、将来日本のプロシーンを背負って立つReAtack!一方で北に位置するのは、正体不明のアマチュア選手として、世界中の猛者を屠ってきたminazuki!』
『しかもこの戦い。最終戦への影響がかなり大きいです』
『と、いいますと?』
『通常キルポイントは1ptですが、今は最後の2人なので、順位ポイントが10ptか6ptかもここで決まるんですね』
『確かに。1位なら10ptもらえますが、2位なら6ptです。つまりここで勝てば合計5ptの価値があるということですね』
『ええ。そして今、Rainbow squad もHunters も7キルずつですから、点差は10ptです。ここでどちらかのチームに5ptが加わるわけです』
『最終戦開始時の点差に影響しますね』
『結論を言いますと。ReAtack選手が勝てば5pt差。minazuki選手が勝てば15pt差になります』
『それじゃあ。この一騎打ちで大会の結果が決まるかもしれませんね』
『そういうことです』
◇◆◇
会場は静まり返り、観客は固唾を呑んで戦いの行方を見守っている。
大型ビジョンのスピーカーからは、スモークが撒かれるプシューという、風船から空気が漏れるような音だけが聞こえてくる。
英美里の心は不思議と落ち着いている。
さっきまでは一喜一憂していたけれど、この最大の山場に来て全く不安を感じない。
今がこの大会で一番厳しい場面であるはずなのに、今までは見ていられないほど不安でしょうがなかったというのに、ここへ来て一切の心の乱れがない。
なんでだろうか。あのどうしようもなくドジで、オドオドしたコミュ障の美波が……それでも何故か、負ける気がしない。
◇◆◇
最後の安全地帯は真ん中に収縮される。つまり、ちょうどふたりの真ん中に向かっていくことになる。
チームメンバーは何も言わずに見守っている。
互いに位置は分かっている。ここから先、言葉はいらない。
ずっと南の方では白い煙が風船のように膨らんでいる。ReAtackはあそこにいる。
絵麻を倒したときの銃声から、ボルトアクションのスナイパーライフルを持っていることが分かった。セミオートで狙っていたら美波には勝てないと判断したのだろう。
なら、美波もアサルトライフルで戦っている場合ではない。SV98をリロードしてスコープを付け替える。
撃てる弾は互いに1発ずつ。
美波は12時方向にいる。ReAtackは6時方向、ちょうど真逆だ。
スモークを投げながら、太陰大極図のように弧を描いて中心に向かって進んでいく。
美波から見ると、6時位置にスモークが焚かれていて、そこから5時、4時と少しずつ中へ向かって煙の塊が増えていく。
美波はそれとは逆方向へ、12時側から進んでいくが、3つ投げたところで手持ちのスモークグレネードがなくなってしまった。
美波背後で煙が霧散し、仕方なく1番左に見える煙に照準を合わせて敵の出現を待つ。
一瞬、煙の隙間から敵の姿が見えたが、撃つ前に隠れられてしまった。
状況は不利だ。
美波は遮蔽物もない平地で姿を晒しているのに対して、ReAtackは煙で隠れながら場所を移動して、3つ並んだ煙の好きな場所から勝負を始めることが出来る。
並の敵であればなんとかなるだろうが、相手はプロ契約が決まっているほどの実力者だ。ここで負けたとしても誰も文句は言わない。誰もが「仕方ない。頑張ったね」と讃えてくれるだろう。
でも、ここで負けたくはないと思う。
FPSプレイヤーとしての名声とか矜持とか、そういう話ではなくて、北野英美里が自分の勝利を信じているからだ。
今まで英美里が「出来る」と言ったことは全部その通りになってきた。学校にも行けるようになったし、成績も順調に上がった。英美里と同じ高校に合格もできた。
そして今、彼女が美波の勝利を信じている。
それを実現させることが出来るのは自分だけだ。
自分が勝つことで、英美里の正しさを証明することが出来る。
そう考えると、頭から余計な不純物が取り除かれ、思考がクリアになる。時間がゆっくりと流れて、揺らめく煙の細やかな動きまでが手にとるように把握できる。
先程は、美波から見て1番左の煙からReAtckが顔を出してきた。普通に考えればそのまま左にいると思われるが、相手もそこまで単純ではない。
どこから出てきても大丈夫なように構える。
その時、1番左の煙にスモークが追加され、美波の視線が一瞬そちらへと向けられる。同じタイミングで、薄くなってきた右の煙からプレイヤーが一人、浮かび上がるように姿を表した。
美波はほんのコンマ一秒だけ反応が遅れ、素早くエイムを合わせたときには、ReAtackはしっかりと銃口を美波へと向けていた。
間に合わない──ゆっくりと流れる時間の中で、美波はそう判断した。
ReAtackが引き金を引き、1発の弾丸が美波の顔をめがけて発射されたとき、それでも美波の頭脳は勝ち筋を求めてフル回転をしていた。
そして、美波は素早くキーボードのQを押した。
彼女の操作キャラクターは上半身を左へと傾け、さっきまで頭があった場所を弾丸が掠めていった。
「避けた?」
ReAtackは信じられないものを見たように目を見開いた。
彼が操作するキャラクターはレバーを後ろへと引き、空薬莢が弾けるように飛び出していった。
ここから次弾装填まで約1秒──。minazukiを前にして生きていられる時間ではなかった。
「バケモンかよ……」
美波のSV98から7.62mmの弾丸が放たれ、ReAtackの脳天を正確に貫いた。