30 満点をあげましょう
ステージ上では、第1試合で旗を取った──1位になったHunters がインタビューをうけている。リーダーのReAtack は質問に対して淀みなく受け答えできている。
あの時は何を考えていた。とか、どういう意図で動いたのか。等、分かりやすく説明する。
Hunters は7キルと順位ポイントが10で合計17pt。Rainbow squad は11ptだが、慌てるような時間ではない。
試合と試合の間には、少しだけ控え室へ戻る時間がある。
英美里は急いで控え室まで駆け込むと、絵麻に一枚の紙を手渡した。第1試合の各チームの降下地点と、大まかな移動経路をまとめたものだ。
「ありがとー!ふんふん……みんなキレイに分かれてるね。変な移動をしてるチームもないし、一戦目だからかな?」
確かに初期降下の被りはなかった。ただ、このマップは降りるところが多いので、周りの様子をうかがいながら場所を選定すれば、他のチームと被らずに済む。
絵麻の隣では、美波がボーッとしている。英美里が見る感じ、特に緊張もなくフラットな心理状態のようだ。
「美波。緊張してない?」
「大丈夫」
「私が客席にいたのわかった?」
「うん」
やっぱり目があってたのか。よく見つけたものだと思う。
「試合前は結構緊張してなかった?」
「してたけど、始まったら大丈夫になった」
「そう。それはよかった」
美波は案外図太い性格をしているのか、それかゲームになると集中し過ぎて周りのことが気にならなくなるのか、ともかく観客の見てる前でいつも通りなのは良いことだ。
絵麻も目立ちたがりな性格な分、人前でも緊張せずに済んでいるらしい。いつも以上に元気に見える。
「すみれと雫は?お手洗い?」
「うん。すみれがちょっと緊張してるみたいなんだよね。大丈夫とは言ってたんだけど……」
「観客もたくさんいるし、カメラも入ってるからね。他のチームも顔色が悪い人がいるみたい」
「そうだねぇ。まぁ、すみれの事は雫が一番わかってるからさ、なんとかしてもらおう」
◇◆◇
ちょうどその頃、すみれと雫の2人は女子トイレの洗面台の前にいた。
女性参加者が少ないぶん女子トイレは空いていて、他にトイレを利用する人の姿はなかった。
すみれは少し思いつめたような表情だ。
雫は中学の時にバスケットボールで全国大会に出場した経験があるので、大会というものに慣れている。
しかし、すみれは部活動経験がなく、大会というものは初めてだった。都大会と関東大会はオンラインだったので自宅から参加だったが、全国大会は会場での開催なため、観客もいれば対戦相手もいる。
会場のが作り出す独特の雰囲気にあてられて、身体がガチガチになってしまっている。
試合中には強がって見せたものの、ふと時間が空くと
「手が震えるのって、生まれてはじめてだわ」
すみれは胸の前で手を合わせる。
「さっきの試合は大丈夫だったかもしれないけど、次はどうしようとか、なんか頭がぐるぐるしちゃって……ざわざわして落ち着かないの」
小さく絞り出すように話すすみれを、雫は黙って見つめる。
「周りは自分より強い人ばかりだし、迷惑をかけることが怖い」
みんな通る道だ。雫も初めはそうだった。
「それで……なんか不安だなって話なんだけど、何か言うことはないの?」
どうやら一通り言いたいことは出し切ったらしい。睨むように雫を見上げる。
雫は両手ですみれの手を優しく包むと、少しだけ顔を近づける。
「目を閉じて、ゆっくり深呼吸して」
すみれは素直に従う。
目を閉じると人形のような長いまつげがよく見える。小さな口が呼吸に合わせて少しだけ動く。
「不安だからっていきなり強くなったりはしないから、まずは出来ることをひとつずつ。それと……」
一呼吸あけて、顔をもっと近づける。額が当たりそうになって、呼吸の音が聞こえる。
「すみれがどんな失敗をしても、今更嫌いになったりできないよ」
囁くように伝えて、おでこに軽く唇をつける。
顔を離すとすみれが目を開ける。眉間にシワを寄せて仏頂面をしているが頬が赤い。
「まぁ……今回は満点よ」
「それはよかった」
「ありがとう。できる気がしてきた」
「じゃあ行こうか。みんな待ってるよ」
「よし!いくか!」
Rainbow squad のブースへ戻ると、既に絵麻と美波が座っていた。
すみれの顔を見た絵麻はホッとした顔を見せる。
Rainbow squad は次の試合も順調にキルと順位を伸ばし、14pt獲得。その次も10ptを手にするが、Hunters も崩れることなく安定してポイントを稼ぐ。そこに大阪の強豪Kick Rob が食い下がり、3戦が終わって首位が同率、すぐ下に3位が位置するという接戦となっていた。
1.Hunters 35pt
2.Rainbow squad 35pt
3.Kick Rob 31pt
そして第4戦目。
観客は更なる混戦を予想したが、それを大きく裏切る大波乱が待ちかまえていた……。