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第5話 旅立ち

 村の入り口には見送りをしてくれる人たちでいっぱいだ。


 「それじゃあ。お世話になりました」

 「急で何も用意できなくてすまんね」

 「お気遣いありがとうございます」


 子供たちは急にいなくなると知って泣きじゃくっていた。


 「みんな泣かないで」

 「アリスねぇ……。アリスねぇは寂しくないの?」

 「寂しいけど仕方ないよ」


 私はレンの誘いを断った。

 村の人たちのことを考え、放置してしまう畑や家のことを思うと、どうしても一緒に行くという選択ができなかった。彼は私の返事を聞いた時、複雑な表情をしていた。

 正直、レンと一緒にいきたいのが本音だ。でも彼に私の本音を吐露することはしなかった。言ってしまうと一緒に行きたくなってしまう。

 彼と目が合うと私に寂しそうに微笑む。


 「レン……」

 「アリス。いままでありがとう。すべてが終わったら会いにいくよ」

 「……うん。こちらこそありがとう。毎日楽しかったよ。身体にきをつけてね」


 溢れそうになる涙を必死に堪えた。レンが離れてしまう。きらきらした毎日がなくなってしまう。今なら手を掴んで一緒にいくことができる。でも私は手を下ろしたままスカートを握っていた。


 レンはみんなに手を振りながら王都の方へ歩いていく。

 家に戻り、これから一人なんだと思うと涙が止まらなかった。三ヶ月間レンと一緒に暮らしていた部屋が広く感じる。レンに会うまでは一人でも平気だったのに寂しさが溢れてた。

 今なら追いかければまだ間に合う。そう思っていても動くことはできなかった。



――――レンと別れてから二年の月日が流れる。



 あの日以降、今ならまだレンは王都にいるかもしれない。近くの街や村にいるかもしれない。そう何度も思っていたが結局何もできずに普段の生活をしている。

 寂しさは時間が少しずつ解かしてくれた。それと同時に彼との会話や思い出も薄らいでいく。きっとレンは新しい仲間と共にいて、私のことはとうに忘れているだろう。あの時、素直になれなかった自分を後悔していた。


 いつものように畑仕事をしていると王都からの使いが村へくる。勇者一行が魔王を倒したという吉報だ。レンが目的を無事果たしたことに安堵する。三日後に王都で凱旋があるらしく村のほとんどの人が見に行くそうだ。

 私は行こうか迷っていると女の子に手を握られた。


 「アリスねぇ! レンにぃだよね! 見に行こうよ!」

 「え……うん。そうだね」


 英雄扱いで私の手の届かない存在になってしまっているレンを見るのは正直辛い。それでも心のどこかでは私のことを覚えていてくれて、ただいまって言ってくれるのではないのかと期待していた。


 レンたち凱旋の日。王都に行くと一行を祝福するために沿道を人が埋め尽くしている。私はかろうじで沿道が見える場所に立つことができた。子供たちは優先的に前に行かせてもらえたようだ。

 ファンファーレが聞こえると王都の入り口の方から歓声が聞こえてくる。背伸びをして見てみるとレンたちは凱旋用の馬車に乗っているようだ。

 空からは花びらが舞い勇者一行を祝福している。

 レンが目視できる距離まで近づいてきた。あれから二年。彼を見ると背が伸びていた。少し体格もよくなっている気がする。


 彼に手を振ろうとした時、レンの隣にいる華奢な女の子に気がついた。彼と一緒に仲睦まじそうに笑い合っている。神聖な服を着たプラチナブロンドの長い髪に綺麗な青い瞳。

 あの人がレンのヒロインなんだと思うと悲しくなり沿道から逃げ出した。


 レンは選ばれてこの世界に来た人だ。選ばれた女の子が隣にいることは当たり前。平凡なただの村娘がレンの隣にいたいと考えたことは、おこがましかった。

 それでもあの時、素直にレンと一緒に行けたのなら隣にいたのは私だったかもしれないと思ってしまう。素直になれなかった自分を悔いた。

 私はレンに会うこともなく村へ帰る。自分の二年前の行動が悔しくて涙が枯れるまで泣き続けた。そしてもうレンの記憶には私はいないだろう。


 玄関の扉を叩く音で目が覚めた。いつのまにか居間の机に突っ伏して寝ていたようだ。外を見ると月が見えた。だいぶ長い時間寝ていたらしい。

 こんな夜に誰だろうと玄関の扉を開ける。


 「あ……。ごめん寝てた?」

 「……レン!? どうして?」


 レンが私に会いに来てくれた。間近で見るとずいぶん背が伸びて男らしくなっている。なぜ彼は私の家に来たのだろう。もう私のことは忘れているのではなかったのだろうか。


 「どうしてって……すべてが終わったら会いに行くって言っただろう? もしかして忘れてた?」

 「そんなわけない! 覚えているよ!」


 レンは約束を覚えていてくれた。それだけで嬉しい。数時間前にたっぷり泣いたのにまた涙が溢れた。泣いている私の頭を彼が撫でる。


 「レン……ごめん。ごめんね」

 「どうしてアリスが謝るの?」

 「私、あの時素直になれなかった。本当は一緒に行きたかったんだよ。でも、色々考えてたら頷けなかった」


 二年越しに私の本音を吐露すると、レンは優しく微笑んでくれた。


 「うん。最後にアリスの本音を聞けて嬉しいよ。ありがとう」


 ”最後”と聞いて二年前のことを思い出す。目的を達成したらレンは元の世界に帰る。彼は元の世界に帰る前、私に会いにきてくれたようだ。

 せっかく会えたのにもう別れてしまう。そしてもう二度と会うことはない。寂しいけれど、レンが会いに来てくれたということだけで十分だ。


 「レン。会いに来てくれてありがとう。レンのこと忘れないよ」

 「俺も、アリスと過ごした日々を忘れない。この世界で頑張れたのは、アリスと過ごした三ヶ月があったからだよ。やっぱりアリスは俺のヒロインだ」


 その言葉を聞いて胸が張り裂けそうだ。レンは二年間変わらなかった。私はどこかで諦めていたのに彼はずっと私を自分のヒロインだと思っていてくれた。

 レンが言葉を紡ぐと彼は光に包まれ、姿が薄らいでいく。

 今度こそ自分に素直になりたい。私はずっと心にしまっていた思いを言葉にする。


 「レン! 私、レンのこと……」



 ――――好きだよ。



 レンの姿は光の粒子となって消えた。

 私の最後の言葉はきっと彼に聞こえたはずだ。消える前に見えたレンの顔が笑顔だったから。

 彼の言葉は聞けなかったけど笑顔が返事だと思っている。



 レンとの別れから一年。



 「おばさん。身勝手ですみません。よろしくお願いします」

 「いいのよ。若いんだから好きなことしなさい。畑とお家はおばさんに任せてね」


 レンとの出会いと別れを経て自分に素直になろうと思った。一度しかない人生だ。レンと別れてから思い切って旅をしようと決心した。

 レンたちが魔王を倒してくれたおかげで魔物の数は確実に減っている。安心して道を歩けるようになっていたことも大きい。

 いつもお世話になっている隣のおばさんに旅に出る相談をすると、畑と家は私が留守にする間見てくれるそうだ。おばさんの優しさには感謝しきれない。

 貯めていたお金で一年間、王都の護身術学校に通い身を守る術を身につけた。私は旅に必要な準備を着実に進めていく。


 そして今日は旅立ちの日。


 「いってきます!」


 鞄をひとつ下げて、お金を持ち私は村を出た。雲一つ無い空を仰ぐ。レンのおかげで自分に素直になれた。きっとレンが巡ったであろう世界を私も旅する。


 今日から私の物語が始まるような気がした。

最後まで読んで下さりましてありがとうございました。感想お気軽に送っていただけると嬉しいです。

長編小説『プリムスの伝承歌-宝石と絆の戦記-』連載中です。そちらもよろしくお願いします。少しだけ『異世界勇者のヒロイン』と設定がリンクしています。

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