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第4話 迷いと決断

 「完売!」

 「やったねレン!」


 私とレンは手を取り合って喜んだ。完売は気分がいい。気持ちがずっと高揚していた。


 王都を流れる川のほとりで私たちは遅めの昼食をとる。売り上げが良かったので奮発して、いつもは買わない値段の高いパンを買ってみた。


 「レン。ありがとう! おかげで完売できたよ」

 「俺たちで作った野菜だからあたりまえだ! 次も頑張ろう!」


 レンは意気込んだのも束の間、少し寂しそうな表情をした。


 「……どうしたの?」

 「あ……いや。俺のいた世界だとこんな達成感を感じたことなかったって思ってさ。いつも学校で勉強、部活、家に帰って寝るの毎日だった。成績も普通で、何の取り柄もないから……このまま大人になって何になるのかなって結構冷めてた」


 レンの気持ちは少し分かる気がする。私も変わらない毎日を過ごしていた。このままずっと同じことを繰り返して大人になると思っていが、レンが来てからは違う。

 同じことをしているのに二人で過ごしていると毎日がきらきら輝いて見えた。


 「レンはすごいよ。私のできなかった呼び込みとかできるし、レンにしかない才能だってきっとあるよ。自分では気がついていないだけでレンにはいいところたくさんある」

 「……アリス。俺、この世界に来れてアリスに出会えてよかった。少し自分に自信が持てたかも」


 レンが私に向けた柔らかい笑顔を見て心臓が跳ねた。顔が熱くなるのが自分で分かる。


 「……わ……私もだよ。私もレンに会えてよかった」


 彼に私なりの最高の笑顔を返すと彼の頬が赤く染まった。恥ずかしくなり思わず顔を逸らす。お互い次の言葉が見つからずに言葉に詰まる。

 沈黙が耐えきれなくなり私は立ち上がった。


 「わ……私ね。夢があるんだ」

 「え……夢?」


 何か話題を出そうと自分の夢を語る。


 「旅に憧れているの。初めて地図を見て世界は広いなって思ってから行きたいと思っているんだ」


 私は村と王都しか行き来したことがなかった。お父さんが持っていた地図を見て世界の広さを知って、いつか色々な国に旅へ行きたいと思っている。

 両親を亡くしてから生きることが精一杯。私の治癒魔法が村の人たちに重宝されている。あまり村から出ようとはせず、いつしか夢を心の奥にしまっていた。


 「俺の世界、旅なんてなかなかできないからな。アリスが行きたいって思ったら行ったほうがいいかも」

 「真反対のルナーエ国とか、世界最大のフィンエンド国とか行ってみたい!」

 「そんな国あるんだ! ここの世界も広いな」


 レンと旅をしたらきっと楽しいだろうなと思っている。同じ景色を見て共感して笑い合いたい。

 でも彼を一緒に行こうとは誘えなかった。レンにはこの世界に来た目的がある。目的が過酷なものでも彼のそばで支えてあげられないだろうか。旅はそれからでも遅くないと思う。

 不意に山に沈もうとしている太陽が目に入る。


 「そろそろ村に帰らないと。日が暮れちゃう」

 「そうだな。帰ろうか」


 今日の売り上げが良かったので普段買わない牛肉とふわふわのパンを買い、今夜は豪華なシチューを作った。レンは相変わらずおいしいと言って食べてくれる。

 一人でご飯を作っていた時はとりあえずお腹が膨らめば何でもよかった。レンが来てから献立を考えるのも一つの楽しみになっている。きらきらした毎日は私のかけがえのないものになっていた。

 今夜は王都を往復した疲れもあり、早めに寝床につき直ぐに眠りの海に誘われる。


 誰かの話し声で目が覚めた。隣のベッドを見るとレンがいない。どこにいったのかと思い彼を探しにベッドから出ようとした時、外から女の子の声とレンの慌てた声が聞こえてくる。


 「はぁ? 俺が勇者?」

 「頭打ってずーっと目的を思い出せないから伝えるためにわざわざ来たのよ! 早く魔王を倒しに旅に出なさい!」

 「そんなこと急に言われても……」

 「あんたの目的はそれなの! そのためにわざわざ異世界から神様が召喚したんだから! 明日にでも出発! これは命令! 元の世界に帰す条件が魔王を倒すこと! わかった?」


 二人の会話に耳を疑う。レンが勇者。魔王を倒す。そんな馬鹿な話はあるのか。そして明日彼はここから旅立つ。信じられない会話が次々に脳内を巡り思考をぐちゃぐちゃにする。

 レンに問い詰めたかったが、信じたくなかった。夢であって欲しいと思い頭から毛布を被って身体を丸めた。


 会話が終わったのかレンがベッドに戻ってきたようだ。木の軋む音が聞こえた。それと同時にレンの短いため息が聞こえる。

 彼にいろいろ聞きたかったけど怖くてできない。私はそのまま目を閉じで夢であって欲しいと心の中でずっと唱えていた。


 朝食の準備をしているとレンが起きてきた。彼は浮かない顔をしている。その顔を見てすぐ昨日の会話は夢ではないということが分かった。


 「あ……あのさアリス……」

 「……昨日の夜中の話?」

 「え……聞いてた?」


 私は無言で頷いた。何て声をかけたらいいのだろうか。どういう顔をすればいいのだろうか。私は床に視線を落とす。


 「……俺、今日にでも村を出るよ」

 「そう……分かった。みんなで見送りするよ」


 涙が溢れそうだった。レンと離れたくない。でも彼はやっと自分の目的が分かった。自分の世界に帰れる方法も分かった。私に止める権利はない。


 「アリス……」


 レンは私のそばまで歩いてくると手を握った。


 「アリス。俺と一緒に来てくれないかな? 絶対俺がアリスを守るから。俺の……ヒロインになって欲しい」


 彼の言葉に私の時が止まる。レンは私と一緒にいたいと言ってくれた。嬉しくて今すぐ頷きたかった。

 でも私が村を出たら畑はどうする。家はどうする。治癒魔法を使える私がいなくなったら村の人たちはどうなる。

 そう考えるとすぐに頷けなかった。彼と一緒にいたい思いと自分の責任。彼を支えてあげたい気持ちはある。



 私は――――。

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