第1話 空から男の子
それはあまりにも唐突な出会い――――。
昼食を済ませ、午後の畑仕事に行こうとしていた時だ。
轟音と共に地面が揺れる。地震かと思い外に出ると、隣のおばさんが家から飛び出してきた。
「アリスちゃん大丈夫!?」
「大丈夫です! 地震ですかね?」
村の人々を見ると同じ方向を向いていた。視線の先を見ると土煙が上がっている。私の畑がある位置からで顔から血の気が引く。
魔法使いが魔法の試し打ちでもしたのだろうか。
とにかく作物が心配だ。
「あっちで何かあったのかしら?」
「私、見てきますね!」
長い金髪を振り乱して自分の畑に一目散に走る。
私の畑には人だかりができており、手塩をかけて育てたニンジンやジャガイモが散乱していた。
「あぁ。私の畑が……」
大人たちの視線の先を見ると人が倒れている。十代後半くらいの男の子だ。見慣れない衣服を身にまとっている。
「おじさんたち、この人どうしたのですか?」
「いきなりこの少年が空から降ってきたんだ。アリスちゃんの畑が台無しだよ」
起きているものならビンタの一発くらいしてやりたかった。少年を軽く揺すったが気を失っているようで反応がない。
空から降ってきた少年。見慣れない服を着ているということで、気味悪がって誰も少年を介抱しようとはしなかった。
「すみません。この人私の家まで運んでくれませんか?」
さすがにこのまま放置するわけにもいかない。みんな触ることも嫌がっていたが、頼み込んで私の家まで運んでもらった。
「アリスちゃん。変な奴だったらすぐに助けを呼ぶんだよ」
「わかりました。ありがとうございます」
おじさんたちが去った後、ベッドに寝かされている少年を見つめる。
少し茶色かかった黒髪の少年。見慣れない服。疑問符だらけだ。
なぜ彼は空から落ちてきたのだろう。彼の袖をすこし捲ると打撲しているようで紫色になっていた。落ちた衝撃で全身を打ってしまっているようだ。
私は少しだけ治癒魔法が使える。彼に魔法をかけると、瞼が震えた。ゆっくりと瞼が上がり、漆黒の瞳と目が合う。
「ん……あれ? ここは」
「ここはルチル村よ。あなた何者? この辺りの人じゃないでしょう?」
「え? ルチル村? 海外か? 欧州の方とか?」
「……オウシュウ?」
彼だけの時が止まっている。私が何か変なことでも言ったのだろうか。彼は私の村のことを知らないようだ。この周辺の地域出身の人ではないのだろう。
「え……今……西暦何年?」
「セイレキ? なにそれ?」
彼は私の知らない単語ばかり発している。どこの地域の人なのだろう。お互い怪訝な顔をして見つめ合う。
「んーっと。カレンダーってない?」
「カレンダー? どういうもの?」
「えぇ!? それもないの? 暦分かる?」
「あぁ。暦ね」
やっと私の知っている単語が出てきた。彼は暦を知りたいようだ。
「今は光暦233年水の月よ」
「え……。光暦? 水の月?」
暦を聞いて彼は頭を抱えた。変な人だ。とりあえず名前を聞こう。
「ねぇ。あなた名前は?」
「あ……俺? 俺はレン」
「私はアリスよ。一体何があったの?」
「えーっと多分なんだけどさ。俺ここの世界の人じゃない」
やはり頭の打ち所が悪かったようだ。そんなこと言われて信じると思っているのだろうか。それとも頭を打っておかしくなってしまったのかもしれない。
「あのさ……。頭の打ち所悪かったんじゃないの?」
「打ったと思うけど! 光暦なんて聞いたことない! この地域独自の暦じゃないよな?」
「え……そうね。光暦は世界共通よ」
彼のいた世界の暦はセイレキと呼ばれているそうだ。レンの話を聞いていると信じ難いことばかりだが彼が嘘をついているようには見えない。
彼は何か目的があって来たのだが、その肝心な目的は思い出せないそうだ。頭を打った時に忘れてしまったのだろう。
治癒魔法をかけたが怪我が治っただけで記憶までは戻らない。別の世界から来たのなら誰一人知らないところに放り出されて不安だと思う。私はレンの記憶が戻るか落ち着くまで世話をすることを決めた。
それに不可抗力だけど私の畑を荒らした張本人だ。直す作業を手伝ってもらいたい。
「レン。記憶が戻るまでうちにいていいわよ。畑めちゃくちゃにしたのも直してもらいたいし」
「え……あ……ごめん! 何でも手伝うよ!」
「立てるなら今から畑に行くわよ」
レンはベッドから這い出て私の後をついてくる。大人たちは見慣れない服を着た少年を引き連れた私を遠巻きで見ていた。
私の畑はレンが落ちてきた場所を中心に丸くへこんでいる。悲惨な状況に目を覆いたくなった。
彼に散乱した野菜を拾うように指示する。無事な野菜もあれば、真ん中からぽっきり折れてしまっているものもあった。これでは売り物にならない。夕飯の材料にするしかなさそうだ。
「アリス。見ず知らずの俺を家に泊めていいの? その……両親とかに許可とらなくて」
「大丈夫よ。一人暮らしだし」
「一人暮らしなんだ。でもベッド三台もあったけど……」
「あぁ。私の両親の。十二歳の時に両親は魔物に襲われて死んだのよ」
私の言葉を聞いてレンは目を大きく見開いた。
「あ……悪い……」
「気にしないで。もうだいぶ前だし。私みたいな子は珍しくないわ」
魔物に襲われるのは稀なことではない。村が襲われたことだってある。魔物が原因で親が死ぬ、子が死ぬことはよくある。私だけ特別なわけじゃない。
私の両親は山菜採りに家族で行った時に魔物に襲われ、私を庇い両親は死んだ。今でもまだ覚えている。天涯孤独になった私は村長の家で引き取られて去年自立したばかりだった。
「魔物って動物じゃないの?」
「魔王が人間たちを困らせるために放った生き物らしいわよ。何百年も前からいるみたい。特に最近増え始めて死者が多く出ているらしいわ」
「ま……魔王? そんなのいるんだ」
世界を恐怖に陥れている魔王を知らないとは、本当にレンはこの世界の住人ではないと確信する。
「……はいはい。手を動かして」
手を止めていたレンに声をかけて私も野菜の選別を再開した。
なんとか選別し終えた時は夕方だった。
家に帰り、部屋の灯りを点けて夕飯の支度をする。他人に料理を振るまうのは久々だ。レンはそわそわしながら部屋を見回していた。
「そんなに珍しい?」
「うん。俺のいた世界と全然違うなって思って」
レンは自分の世界のことを話してくれた。
空飛ぶ鉄の塊。自動で動く扉。電話という離れた人とも話ができる機械。
世界を見渡してもでもそんなに文明が発達しているところはない。レンのいた世界はどういう景色なのだろうか。少し興味がわいた。
「その服ってレンのいた世界のもの?」
「これ学校の制服なんだ」
「学校かぁ……。王都にあるけど裕福な家庭の子しかいけないわ」
「え……そうなんだ」
レンの世界では六歳から学校に行かされるらしい。彼の世界では貴族のような人たちがたくさんいるのだろう。生活水準の違いに驚いた。
夕食は売り物にならなくなった野菜を使ったシチューと今朝焼いたパンだ。彼はおいしそうに私の料理を食べてくれた。
村長の家を出てからずっと一人で食事をしていたので、誰かと一緒に食事をすることが嬉しい。会話をしながらの食事は普段よりおいしく感じた。
「何かゲームの世界にいるみたいだな……」
「ゲーム?」
「人が作った娯楽のものだよ。俺が主人公ならヒロインがどこかにいるのかなーなんてね」
「そのうち会えるかもね」
小説でよく見る守りたくなるような女の子をヒロインというらしい。深窓の令嬢がぴったりな印象だ。畑仕事している土臭い私はヒロインというものにはほど遠い。
「早く目的思い出せないかな……。それに元の世界に帰る方法あるのかもわからないなぁ」
「思い出しても畑直してから出て行ってよね」
「わかってるって!」
彼が目的を思い出す前になんとか畑の修復をしたい。そんなに大きな畑ではないので一週間もすれば直しおわるだろう。