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よみつきみ  作者: 吉永
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白鳥、自ら泥を纏う

 彼女と出会う前のことは、はっきりとは覚えていない。

たぶん、昨晩やった課題の内容は覚えているのに、昨日の晩飯は何だったかは覚えていないようなかんじと同じで。


時々思い出すことがある。

筋肉痛から来る倦怠感とか。暑いときに限ってすり寄って眠る猫とか。

当時はそうも思わなかったのに、思い出の中だとやけに綺麗だったと記憶しているどこだかの風景とか。頭を凭れた窓ガラスにぶつけながら微睡んでいた旅行帰りの車中とか。

存外、美しく成長してしまったキミとか。


 昔、キミがまだ幼いと言われるのが似合いな愛らしい子供の頃。僕は一人石を蹴って歩いていた。

なにもよくわからないまま、生まれたばかりの僕は生きるということが何か理解したがった。

持っていない者が持っている者のフリをすることはできるが。持っている者が持っていない者のフリをすることはできない。だって持っていないという自覚がないから。

それと同じように、僕は生きる意味を持たないからそれを知りたがった。

まだほんの子供だ。そんなことを考える暇があるなら遊び耽ればいい、とキミは言うだろう。だけど思い付いてしまったのだから仕方がない。

生きるってなんだ。そもそも生きる意味ってなんだ。社会貢献か、人間国宝か、はたまた道徳心のある人間性を養ってそれを表した行動をすることか。


 ああでもないこうでもないと考えているうちに、家へと帰りついた。

そして部屋から玄関まで駆け出して来たキミを見て思った。

 自分はこの子を守ろうと。


 自分自身に何も見出せない僕に、この子はまるで大願が叶ったかのような笑みを向けてくれる。

 それだけで、僕はすべてを捨てることができた。

できた、気がする。





 わたしは幼い頃、それはそれはひどいことをした覚えがある。それは、ある同い年の子のことだ。


 当時、わたしは幼いながらに毎日、日が暮れるまで遊びほうけていた。

住んでいる地域には同年代の子供もそこそこにいた。なので遊び相手には事欠かない。

毎日毎日、飽きもせず。遊んで遊んで。

今となっては何をして遊んでいたのかもわからない。転じて何もせずとも楽しかったのかもしれないが。


そんな折、一人の少年がいた。

親は褒めていたが、肌の色は不健康に白く。髪は日本人と聞いて連想されるそれよりも、ほんの少しだけ色が抜けていた。

新しく引っ越してきたわけではない。ただ、いつも偶然顔を合わせることがなかっただけだ。

その偶然が取り払われて、その子以外にも数人の子と一緒に遊んだ。

そしていつもどおり、夕方のあけいろがやって来る頃に帰宅した。

その去り際、他人に近い、顔をあまり合わせたことのないその子の手を捕まえた。

その子は驚いているのか、特に何も考えていないのか、繋がれた手を見て、その後わたしを見た。

また明日遊ぼうね、とわたしは言った。うんまた明日、とあの子は言った。そうして二人は家に帰った。

そしてわたしはいつものように、手を洗ってうがいをして。宿題をして、家事を手伝って夕飯を食べて。

お風呂に入って髪を乾かして、学校の準備を整えて、部屋の電気を消して寝台に横になる。


 そして翌日、学校を終えて家に帰ったわたしはそのまま眠った。体育の授業で疲れたのか。昼休みに走り回ったのか。それともそのどちらもか、などとは些細なことだ。

そのわたしが眠った日、あの子は家に帰らなかったらしい。親が心配して探し回った。いつもは家にいる、大人しい子なんだとわたしの家に行方を知らないか聞きに来た時に言った。

そしてその晩、見つかったあの子は親に叱られた。心配をかけて、という怒り方は理解できた。どれだけたくさんの人に迷惑を、というのはあなた達両親が勝手に人員を増やしただけのことではないか、と思いはしたがそれを口にしたら怒られるのだろうと何も言わずにいた。

一人公園で何もせず、ただ遊具に座っていたという子供は、何度聞いてもこう言った「あの子と約束したから」。


 それは大方、わたしとの約束のことだろう。とても驚いた。

わたしだって、子供ながらの社交辞令のようなそれを本気で取るとは思わなかった。本気にしたって、日が暮れるまで一人で、誰とも遊ばず、昨日遊んだ場所で待っているなんて。

拍子抜けが過ぎて、放心した。

それを聞いて、いじめがいがあると思っていないし、融通が利かないやつだと思ったわけでもない。

ただわたしは、その子に何かを感じた。

ただ、強い関心を寄せて、それ以降動向をうかがうようになった。

興味が湧いた。それだけだ。

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