第2章 オタクと練習試合 その1
足取りが重い。精神的な方だけではなく、物理的な意味でもだ。
「おはようございます、侯輔様。今日もいい天気ですわね」
俺の心は曇天だけどね。今は登校中であり、左腕をガシッとホールドされている。隣にいる女の子は昨日転校してきた花見崎さん。何で学校前から一緒にいるかというと、理由は簡単で俺の家がバレたからである。そもそも俺のことを事細かに調べられている時点でどこに住んでいるか知ってて当然ではあるが。
「あの、花見崎さん、俺朝起きたらいきなり目の前にあなたがいたんだけど」
「それはそうですの。妻として夫のお目覚めを手助けするのは当然ですの。キスで起こしてさしあげたかったのですが、残念ながらその前に起きてしまいましたわ」
何度も何度も気絶してしまう悪夢を見てしまったからね。正夢にならなくてよかった。というか夫じゃないし。
「というかあの時間なら俺のお袋起きてただろ? どうやって家に入ったんだよ?」
「あら、お義母様でしたら新聞をポストに取りに行かれるタイミングに話しかけましたわ。侯輔様の彼女で妻で将来母となる、花見崎可憐ですわ。と紹介したら快く中に入れてくださいましたわ」
漢字がおかしかった気がするが置いておこう。まさか俺のお袋の起床時間まで知られているのか? あ、でも昨日俺と勇人が親友だっていうことも知ってたし、知ってても不思議じゃないか。それにしても花見崎家の情報力すごいな。というかお袋は何やってんだ。
「お義母様の朝ごはん非常に美味でしたわ。私もあの味を作れるように努力しますわ。お義母様も頑張ってと仰っていましたわ」
寝ぼけていたのかお袋は? いや、昔から寝起きはいいはずなんだが。とにかくこんな生活を送ったら俺の身が持たない。今もスムーズに喋っているように思えるかもしれないが右手で太ももつねりながら歩いているからな。なぜかって? 左腕に伝わる柔らかい感触で気絶しそうだから痛みで誤魔化してるんだよ。
「と、とにかく朝っぱらから俺の家に来ないでくれ。俺の身が持たない」
すると彼女は腕を離して立ち止まりました。あ、この感じはあのウルウル光線だ。これを食らった者(つまり俺)はどんなお願いも聞いてしまうという恐ろしい攻撃だ。
「そうですわね。申しわけございませんでした。私昨日帰った後に島袋に言われたんですの。こちらだけではなく相手の要望も聞かなければ真の夫婦とは言えませんよ、と。」
俺の要望を聞いてくれた。ナイスアドバイスです島袋さん。欲を言えば尾行も止めさせて欲しかったですが。
「夫婦と言えどお互いのプライバシーは大事ですわね。なのでお会いするのは玄関からということにしましょう」
それはつまり今この状況のように、通りすぎる男子たちに舌打ちと恨みを込めた眼差しを受けながら登校するというわけですね。
気づいてないかも知れないけど俺へのヘイトすごいからね。見えなくても後ろからの殺気がすごいからね。
「何だよアイツ、あんな可愛い子と抱きついて登校とか」
「あの子確か転校生の花見崎家のお嬢様だろ。羨ま死い」
「リアジュウホロボス。ジヒハナシ」
俺だって好きでこうしているんじゃないんだが。そう思いながら学校に着いた。