第1章 オタクと猛アタック その4
「も、もう限界……」
かれこれ三分以上脱がしあいを行っているがそろそろ手が疲れてきた。この子どんな筋力しているんだよ。俺と対等以上に渡り合えるなんて。というか鳴本先生は何やってるんだよ。遅すぎる!
このまま俺はこの子のなすがままにされるのか…… そう思ったとき、救いの声が聞こえてきた。
「お嬢様、もうそのくらいにしてあげて下さい」
後ろからダンディな声が響く。
「え、島袋? なんでここにいるんですの? 鍵は閉めたはずですのに」
「こんな事態を想定してピッキング道具は常に装備はしております。あとは催眠術を解く道具も装備しております」
「ああ、いいところでしたのに」
島袋と呼ばれたその男は俺から彼女を引き離す。そして俺に対して深々と頭を下げる。
「この度はお嬢様がご迷惑をおかけしました。慰謝料としまして何百万でもおっしゃって下さい」
「ちょ、ちょっと待って下さい。色々突っ込みたいところがあるんですけど……」
「ああ、そうでしたか。侯輔様は攻めるのがお好きでしたか。それでは……」
「お嬢様、まだ話の途中ですよ」
クネクネする彼女を制止する。島袋さんは俺の味方のようだ。助かる。
「えっと、まず島袋さん? あなたは一体……?」
「申し遅れました。私、島袋徹(しまぶくろとおる)と申します。花見崎家の執事をしており、ご令嬢であられる可憐様をお迎えに参りました。以後お見知りおきを」
「あ、はい」
この男の人は執事さんだったようだ。まず一つ目は分かった。
「そして君は……一昨日道で会ったよね」
「はい! 侯輔様に助けていただきました。あんなに熱っぽく言われたのは初めてでした」
キャラの物真似をしていたなんて言えないな。
「そ、それで、わ、私……」
「そのときにお嬢様は侯輔様に恋なされたのです」
横から島袋さんが言いにくい言葉を代弁した。
「あの怖い男の人たちから守ってくださったあの勇気! そしてあの力強さ! 一瞬で惚れてしまいましたわ」
ものすごく恥ずかしい。こんなにも熱烈に言われると純粋に照れる。だが一番気になるのはこれだ。
「なんで俺がここにいるって分かったんだ? ここ東京で君と出会ったのは兵庫県だよ? あの時私服だったから俺が数多くある東京のどの高校か分かるはずないんだけど」
「その理由はこちらにございます」
俺は島袋さんからあるものを受け取った。俺の顔が書かれたカード。そう学生証である。
「あれ? いつのまにか無くしていたのか。あ、もしかしてこれで俺だと分かったのか」
「はい、そうですわ。あの後侯輔様が落とされた学生証からこの高校に通う高校生だと分かりましたわ。その後は日曜日丸々使いまして、聖橘の転校手続きから編入試験に引越しまで大急ぎで行いましたわ」
ちょっと待て。また突っ込みポイントが増えたぞ。え? それだけの作業をたった一日でしたの? 普通無理じゃね?
「これも全ては一日でも早く侯輔様にお会いするためですわ」
「……一旦色々スルーしよう。だが何で俺なんだ? 確かに君を助けたけどそれだけで俺がどんな人間かなんて……」
話を続けようとしたら花見崎さんが微笑んで早口でこう言った。
「後塚侯輔様。十五歳で12月12日のお生まれ。蕾(つぼみ)小学校、萌芽(ほうが)中学校卒業。そしてここ八重葎高校一年三組二番の出席番号。所属している部活は野球部。中学校時代も野球部に所属しておられ、キャッチャーで四番。無二の親友であられる前野台勇人様とバッテリーを組んでいらっしゃった」
一旦息継ぎのために深呼吸した。
「そして得意科目は数学。苦手科目は音楽。文武両道で音楽以外のことはなんでもこなせる器用な方。また性格も優しく、頼まれたら断れない性格をされていらっしゃる。一つ年下の妹様と四人家族で暮らしており、お父様は大学教授、お母様は出版社の編集長を務めてらっしゃる……で、合っていますか?」
こ、怖えええええええ! なんで俺にまつわる情報知ってるの? しかも俺が音痴だってこともバレてるし。
「なんでそこまで知られてるの?」
「愛の力ですわ!」胸を張って答えた。
「本当は私たち使用人総出で侯輔様のことを調べたのです。花見崎家の力をこんな風に使ってよいのかどうか悩みましたが……」島袋さんが訂正した。
お金持ちのすることは分からん。そして使用人さんたちに同情する。多分昨日の大引越しも手伝わされたんだろうな。よくよく見ると島袋さんの目の下にうっすらと隈がある。今もすごく眠いだろう。