第4章 オタクとフェス その5
「そういえばあんまり華宿里さんと話したことなかったよな」
「う、うん。私友達がそんなに多くないから……」
「じゃあ俺たちと友達になってほしいな! な? 花見崎さん?」
「……まあそうですわね。侯輔様に近寄らないのであれば全然やぶさかではありませんわ」
そう睨むんじゃないよ。華宿里さんにそんな気はないんだから。ちなみにここまで全く会話に参加していない俺は何をしているのかというとゲームに負けて昼飯を作っているところだ。初心者もいるし負けるわけないだろうと思っていたのだが可憐さんの運の強さと俺の運の弱さが重なって大貧民になってしまった。だってペア一つもないうえに一番強いのが十二だったんだぞ! 勝てるか!
「侯輔様、やはり私もお手伝いしましょうか?」
「いや、大丈夫。みんなとゆっくりしていてくれ」
罰ゲームとはいってもそれほど苦痛はない。元来一人で黙々と作業する方が俺は好きなので今のこの時間はむしろ心地良いくらいだ。簡単にパスタと野菜炒めを作り上げてワイワイと談笑している三人の元に運んで行った。
「おーい、できたぞ」
白米、チーズ入りパスタ、野菜炒め。家に誰もいないときの俺の定番の昼ごはんだ。というよりもこれくらいしか自信をもって振る舞えるレパートリーがないもんでな。
「わあ! 美味しそうだね」
「そ、そうか? そ、そう言ってくれると嬉しい、な」
詰まりながらも感謝を伝えられた。華宿里さんは他の女の子とは違って少し話しやすい気がする。
「私は侯輔様の手料理を毎日食べてますけどね!」
何でそこで張り合っているんだ。というか俺が可憐さんに料理振る舞ったの今日が初めてだぞ。嘘言うんじゃない。
「うーん、ちょっと味が薄いかな。でもまあ上出来だと思うぞ」
「うるせえ、作ってやんねえぞ」
こっちはこっちでなんか文句言ってやがる。でも俺が作らなくてもこいつの方がクオリティー高く作れるんだろうけどな。少し悔しい。
「よし、食べ終わったな。それじゃあ勉強に戻るぞ」
勇人の合図で食後ゆっくりしていた俺たちは素早く食器類を片付けて勉強道具を取り出した。食後なのですぐに寝そうになる勇人をチョップで叩き起こしながら教え続けた。
「うーん、眠いな」
「そのくらい我慢しろ。テストまでもうすぐなんだからな」
「それは分かっているけどよ。あ、今さらだけど今日愛歌ちゃんは?」
「本当に今さらだな。大会も近いから朝から練習に行っているよ」
確か今日は一日練習だから帰ってくるのは五時くらいだ。流石にその時間帯には皆には帰ってもらうつもりだ。
「折角だからどんな顔か見てみたかったな。きっと美人さんなんだろうなー」
まあ確かに愛歌は美人ではあると思うけど性格がなあ。こいつみたいににやけ顔で近づく輩を一蹴するだろう。
「愛歌様と侯輔様はとても仲良しでございますよ」
「いやいや、どこが」
「表面上は毛嫌いしているように見えて心の中は侯輔様のことで一杯なことが目に見えて分かりますわ」
シンプルに言うとツンデレである。しかし俺の前で一度もデレの表情を見せてくれたことがない。いつからだったっけな……?
「俺にはそうは思えないけどな。でももしそうだったとしたら兄として、嬉しいけどな」
「……そうですわね。侯輔様は妹思いの方ですわね」
「かー! いいよなお前は。可愛い妹も嫁もいるしよ! 俺なんて三つ上の兄貴しかいねえからな!」
「嫁言うな、俺の病気を手伝ってくれているだけだ。むしろ男兄弟なら気軽に話せるんじゃないのか?」
「俺はただ女子との触れ合いを求めているだけだ!」
「あ、あはは……」
女の子の前でそういうこと言うな。華宿里さんが苦笑いしているだろ。だからお前はモテないんだよ。
「うるせえ侯輔、これが俺のポリシーだ!」
「まだ何も言ってないぞ」
「言ってなくても顔で大体考えていることが分かる」
こいつの読心術がすごいのか、俺の表情が分かりやすいのか。どちらにしろキモい。
「まあ、とりあえず勉強片付けてしまいましょう。テスト範囲網羅するまであと数ページですから」
可憐さんのにこやかな笑顔とともに会話は終了し、再び勉強にとりかかった。
「ふぅー、お、終わった……」
「お疲れ。正当率もまずまずだしこの様子だと赤点回避は大丈夫だろうな」
「私も家でするよりも捗ったと思う。ありがとうね、皆」
華宿里さんが深々とお辞儀をした。そんなに畏まらなくても……。
「いや、むしろ華宿里さんがいてくれたお陰でスムーズに進められたからこちらこそありがとう」
「わ、私役に立った……かな?」
こちらを伺うようにチラチラと目配せをしている。その目には何かを不安がっているように俺には思えた。単なる質問にはどうしても思えなかった。
「立った……けどあまりそんなこと気にしなくていいと思うぞ。他人のことばっかり優先していたら息が詰まるからな」
「あ、ありがとう……」
深読みしすぎて変なこと言っちまったか? 俺の気のせいならそれでいいが。
「さすがお優しいのですね。ですが程々にしておいて下さいね」
「何でだ? 別に問題ないんじゃないか?」
「……別に、です」
やや不機嫌な可憐さんを横に帰り支度を二人にさせた。
「今日はありがとうな。侯輔、花見崎さん!」
「まあテストくらいなら構わないからまた来いよ」
「じゃあ今度は愛歌ちゃんと……」
「却下」
「早くないか、シスコンお兄さん」
「シ、シスコン違うわ! 愛歌の身が危険と思っただけだ」
「親友に対して失礼な。まあ冗談だ、また来るからな」
全く、勇人の奴。俺はシスコンなんかじゃないっての。
「あ、あの…… 私もまた来ていいかな?」
「……まあいいんじゃないですか? 侯輔様が良ければですけど」
ずいぶん二人とも仲良くなったじゃないか。それだけでこの勉強会を開いた甲斐があったものだ。俺も女の子と多少会話できるようになったしな。
「ああ、いつでもいいぞ。俺なんかで良ければ」
「あ、ありがとう!!」
今日一番の笑顔を浮かべて帰って行った。だが俺の方は正直不十分だった。もちろん勉強の方ではない。
「あの華宿里さんという人、少し変わっていましたね」
「か、変わっていた?」
可憐さん程じゃないがという言葉は飲み込んだ。
「ええ。不審な点がいくつか。まず最初に私たちの関係を聞いたときのリアクション。妙に薄くありませんでしたか?」
「え? それは単に引いていたからじゃないのか?」
「次にここでウロウロしていたこと。侯輔様の生徒手帳を届けに来たと仰っていましたがそもそも落とすようなものでしょうか?」
「どういうことだ?」
「普段はズボンのポケットに入れるとお尻が痛いということで制服の胸ポケットに仕舞われているじゃないですか」
ちょっと待て。俺そのことあなたに話したことないぞ。独り言を聞かれていた? え、盗聴? ……まあありえるか。可憐さんなら。
「最後に侯輔様をちらちら見ていたことです。平均して一分間に二回程チラ見していました。恐ろしいですわね」
それを監視しているあなたの方が数倍恐ろしいですよ。どれだけ疑っていたんだ。
「以上からあの人は侯輔様に何か特別な感情を持っていると思われます」
「うーーん」
確かに可憐さんのいうことは尤もだ。気になる点はいくつかあるな。でも……
「それでどうするんだ? このことを本人に言うのか。証拠はないが」
折角できた友達だ。猜疑心持って会いたくはない。
「まさか、そんな無粋な真似しませんよ。モデルにしてあげればよろしいのではないでしょうか?」
「モ、モデル?」
「ええ。執筆活動のモデルが決まらないと仰っていましたよね? 華宿里さんを主人公にしたらいいものが書けるのではないでしょうか? 謎のモデルというような感じで」
華宿里さんを主人公…… お! 色々アイデアが出てきた!
「分かった。やってみる。ありがとう可憐さん!」
「ふふ、どういたしまして」
にっこりとほほ笑む可憐さんに感謝をして自室に戻り今思いついたネタをパソコンにぶつけた。気づいたら深夜二時になったが完成することができた。
こうして充実した勉強会は終わった……
「……花見崎可憐さん。私許したわけじゃないから……」
暗闇に一つの声が響いた。




