第4章 オタクとフェス その3
今日も相変わらずクラスの皆は嫉妬の目を向けながら過ごしている……というわけではなく、自分たちの机に座っていつも以上に必死にノートを取っている。その理由は至極単純で来週中間テストを控えているからだ。現代文、古文、数学Ⅰ、数学Ⅱ、物理基礎、化学基礎、生物基礎、現代社会、英語という十科目もあるので一週間前から対策しないと間に合わない。俺なんかに構っている暇は無い。
昼食の時間になるとタイミングを合わせたように皆一斉に肩の力が抜ける。そして学食なり教室なりで束の間の休息を味わう。俺はどうかと言うと、いつもどおり教室でいつものメンバーと持ってきた弁当を広げた。以前の間接キスのようなことを繰り返さないためにも弁当持参にした。
「いやー、ようやくメシだ。疲れた脳みそに響くぜ」
「お前の脳みそ特に何も入っていないのにか?」
「そんなことはないぞ。学校中の女子のスリーサイズや住所くらいはそらで暗記できているぞ」
「控えめに言ってキモイ」
俺の軽口がかき消されてしまうほどの問題発言はよしてくれ。その暗記力を学問に向かせたらもっと成績上がると思うのだが。そんなことを考えながら弁当箱を開けると炭水化物、タンパク質、ビタミンなどなどがバランスよく敷き詰められていた。さすがお袋。そして左を見ると俺と全く同じものがあった。まあ同じ家に住んでいるわけだから可憐さんも俺と同じ昼食なのは当然なのだが……あまり他の人に見せないで欲しい。そして勇人の飯は……あれ?
「勇人様、今日は購買のパンではないのですね」
可憐さんと同じ感想が浮かんだ。確かにいつもの抹茶アイスパン(150円)ではなく、普通に弁当箱をもってきておりしかも美味しそうだった。
「ああ、これか? 最近料理上手男子ってのがモテるらしくてな、昨日一日中ネットで料理に関する記事を漁ってたんだよ。それで自分で作ってみたわけだよ。どうだ、食ってみるか?」
そう言われて差し出されたものを箸でつかんだ。触っただけで崩れてしまいそうな、おそらくアジであろうフライを口に入れた。その瞬間サクッとした衣とジューシーなアジのエキスが広がっていった。
「う、うまいぞ勇人!」
「あーっ! 俺の分そんな食うな!」
その後も夢中になって勇人お手製の昼飯を食べ続けた。まさかたった一日でここまでのクオリティの料理ができるとは……イケメン、スポーツ万能、高コミュ力に加えて新たに料理上手という属性が仲間になった。
「勇人様、今度私にも料理を教えて下さりませんか?」
「そのくらい構わないぜ。あ、でもだからといって俺に惚れるなよ(キラッ)」
「あ、それはありません。絶対に。何がなんでも。地球が滅びようとも」
「お、おぅ。そうか」
そこまで言わなくても……モテないんだからお世辞くらい言ってあげてもいいのに。モテないんだから、と思ったが面白いから特に何も言わなかった。ただの予想だがこの料理スキルがモテに活かされない気がした。
昼休みを終えて午後の授業を受けた。テスト前なのでいつも以上に先生も張り切ってテストに出そうなところを強調していた。また、生徒側もその言葉に耳を傾けるという俺にとってはなかなかに息苦しい空間だった。テスト前だから頑張るというのがあまり好きじゃない。普段からコツコツやっていれば直前で焦ることはない。
(まぁ俺はテストよりも大事なことが近づいてきているから早めにやっているだけなんだがな)
そう、テスト最終日の翌日は待ちに待ったフェスがある。今年も出展して同人誌を売るつもりだ。そのために面倒な勉強をとっとと済ましている。学生の本分は大丈夫なのだが……非本分は大丈夫じゃない。結構ガチめに。良いものが描けなくて頓挫している最中である。
「それじゃあ今日の授業はここまで。もうすぐテスト近いからしっかり復習しておくように」
いつの間にかもう終わっていたようだ。授業中ずっとネタを考えていたが何も思い付かなかった。まあ家に帰ってしっかり考えるか……
「候輔助けてくれ~ テスト全く分からねー!」
「自分で何とかしろ、じゃあな」
「そんなこと言うなよ、いつもみたいにテスト勉強お前の家でやろうぜ」
高校生になっても変わらないのかこいつは。テスト期間になったら俺の家に来て勉強するの恒例行事になっていないか? もうこれで五回目だぞ。正直フェスの締め切り近いから断りたいのだが……
「まったく、じゃあ明日来い。みっちり特訓してやるから」
「あざーっす、候輔先生!」
「こんな出来の悪い生徒持ちたくねえよ」
軽口言いつつも悪くはないと思った。俺も少しは勉強しておかないといけないし、何しろ案が全然浮かばないので何かヒントがあれば良いなと感じた。




