第4章 オタクとフェス その1
昨日の騒動から一夜明けた。俺は心身ともに、特に精神的に疲れていたのでぐっすり眠ることができた。そのおかげで目覚めはいい感じだ。結局俺が愛歌の部屋に行き、可憐さんに俺の部屋を空け渡す感じになった。俺は元々布団だけだったので移動も楽だった。隣でまだ眠っている妹を起こさねばならないのだが……
「おい、愛歌。起きろよ」
「うにゃ~、あと五分だけにゃ~」
こんな風に目覚めはあまりよろしくない。それに猫みたいな鳴き声を鳴らしながら自分のベットに潜り込もうとする。いつものツンツンした雰囲気とはまるっきり別人のように思えるが本人は無意識にやっているらしい。気付いていないのは本人だけである。朝一は寝ぼけているのだが三分くらい経つと豹変する。
「な、なんで兄貴が私の部屋にいるのよ!! 出て行きなさい!! ……あ、そうか昨日変わったんだったわね」
朝っぱらから怒鳴られてびっくりしたが分かってくれてなによりだ。愛歌を起こして扉を開けるとまあ当然そこには昨日来襲してきた可憐さんが……いない?
「あれ? いつもなら『おはようございます今日もいい天気ですね。まるで私と侯輔様の未来のようですわ!』みたいなことを言って待ち伏せているはずなのに……はっ! まさか……」
嫌な予感を感じてダッシュで可憐さんの寝室、つまりは元俺の寝室に駆け出した。ノックもせずに無断で入るほどヤバイ気を感じていた。そしてそれは生憎的中してしまった。
「あ、ああ~。この侯輔様全体に包まれているような香り。まさに楽園ですわ。生まれ変わったらこのお召し物になりたいですわ」
部屋にある俺のシャツをクンカクンカしている彼女。その表情はまさに恍惚と言ったもので俺本人が来ているにもかかわらず気が付かないほど夢中であった。うん、もし可憐さんが男性だったらまず間違いなくお巡りさんのお世話になるだろうな。ここまで来ると逆に冷静に分析できるものだなと感じた。
そろそろ現実に引き戻さないと彼女の沽券に関わりそうなので声をかけた。
「可憐さん、朝だぞ」
「ハアハア……あ! おはようございます。私としたことが夫に起こしていただくとは妻としてあるまじき行為ですわ。申し訳ございません」
夫とかに関してはもうツッコまないぞ。というかこの人は朝っぱらからナニはしゃいでいるんだ。ひとまず帰ったらこの部屋の片づけを徹底的にしよう。徹底的に。
「お袋が朝飯用意してくれているから一階に後で降りてきてくれ」
「え、朝ごはんですか!?」
そう言うと彼女は壁にかかっている時計を見た。時刻は午前六時。両親は七時には家を出るのでその一時間前に起きる。長年このスタイルで来ていたから俺は目覚まし時計が無くても起きられるがそうでない人にとっては大分早い時間帯だろう。
「わ、私もお手伝いしないとですわ! ここに住まわせていただくからには」
「そんなに気負わなくてもいいのよ可憐ちゃん」
俺たちの背後から起こしに来たお袋が現れた。
「あなたはもう娘も同然なんだから変に気にしなくていいのよ。手伝いたいと思ったときに来てくれればいいから」
笑顔でお袋は答える。本当に可憐さんを気に入っているようだ。手伝わなくてもいいと言ってはいるがおそらく明日からすぐにサポートするだろうなと予想はできた。爆睡していた親父も起きてテーブルに集結した。今まで四人掛けだった席が五人掛けになると少々違和感がある。だがそれもいずれ慣れてしまうんだろうなと思ってしまった。食事を終えて歯磨き、洗顔、着替えを済ました。今日の授業の教科書類は昨日の内に移動させておいた。もういい時間なので部屋を出発しようとした。
「あ、今日体育があるんだった」
体操服がないと体育はできない。元俺の部屋に行き扉を開けた。
「あ」
ノックし忘れたことを後悔した。




