第3章 オタクと同棲生活の始まり その10
「ところで侯輔、可憐ちゃんとは普段どんな感じで過ごしているの?」
「そうだな、お前の口からはっきりと聞いたことは無かったな」
二人の料理勝負が終わるまで俺はお袋と親父から改めて彼女(仮)について聞かれた。まあ俺から積極的に喋ったことは無かったからな。だがこれはチャンスかもしれない。台所にいるが今ここに可憐さんはいない。彼女の本性をばらしてしまえば心変わりするかもしれない。当人がいたらまず間違いなくウルウル光線によって正直に言うことはできないだろうからな。
「実は可憐さんは……大分、いや病的に俺を愛していていつも付きまとっていてほぼストーカーと化しているんだよ。このままじゃ俺の身が持たないのが正直なところだ」
今俺が思っていることを小声でスラスラと述べた。二人とも目を丸くしており冷ややかな沈黙が流れた。どうやらこれは効いたようである。流石に息子がストーカー被害に遭っているとなれば事態も変わるだろう。
「す……」
ほら、お袋もこうやって意見を翻して……
「素晴らしいじゃないの! そんなに愛されるなんて本当に幸せ者ね。何の問題もないわね、やっぱりあの娘欲しいわ~」
いないだと!? というかむしろ好感度上がっているんだけど!?
「ちょ、お袋。俺の精神面の心配は!?」
「結婚にはその位の障壁は付き物よ。そもそも熱烈に愛されることなんて苦痛なんかじゃないでしょ? ね、パパ」
「ああ。俺も若い頃はお互いに愛し合ったものだ」
だ、だめだ。全く同意を得られなかった。そういえばこの二人バカップルだったわ。そりゃこんなことの何がきついか分かるはずもないわな。味方を増やそうと思ったら敵になってしまった。やはり俺の味方は愛歌ただ一人だけだ。
「終わったわよ」
「こちらも終わりましたわ」
噂をすれば影が差す。思ったより早く終わったようで俺たちは調理台に向かった。ちなみに審査を公平にするためどちらが調理したかは伏せて審査をすることになっている。なので贔屓はできないことになっている。
「な、なんだこの料理は!?」
俺たちの目の前には黄金に輝く二つの親子丼が並んであった。どちらもキラキラしており見ただけで美味しいというのが伝わってくる。
「二人で話し合った結果、同じ料理の方が甲乙付けやすいということでどちらも親子丼にしましたわ。愛情たっぷりに仕上げましたのできっと気に入られると思いますわ」
上機嫌ではにかむ彼女を見て、まず俺は料理できたのかと思ってしまった。漫画脳になってしまっているのでお嬢様は料理下手というテンプレが出来上がってしまっていたが、よくよく考えたら料理できないわけないんだよな。なぜなら彼女は勉強がよくできるからだ。それはつまり物事を順序良く理論立てて考えられるということなのでどの材料をどのくらい入れればいいか分かるほどの知力を有している。
「とりあえずテーブルに運ぶからどいて」
別に愛歌の通り道にいたわけではないがどけと言われた。
俺たちの前には愛歌たちによって作られた二つの親子丼がある。もちろんどちらがどちらを作ったかは分からないが識別できるように水玉柄と横縞の容器で判断できる。
「いただきます」
まず水玉の方から食べてみた。香りは俺好みのやや甘い香りであり、食欲が促進される。そして一口目を口にするとフワフワした卵の感触に包まれる。そんじょそこらの料理人では決して生み出せないくらいの柔らかさだ。そして鶏肉だがそのジューシーさが目立っている。どちらかと言うと固めの肉が好きな俺にはドンピシャだ。
「すごく旨いな。家にあるもので作ったとは思えないくらいだ」
今回のルールとして今現在俺の家にあるもので作るということにしたので極一般の食材しか使われていない。それでここまでの味が出せるものなのかとシンプルに感心した。
「それじゃあ今度はこっちの丼を……」
こちらも負けず劣らずいい香りを放っている。それにビジュアル的にはこちらの方が凝られている。どうやらここにも気合を巡らしたようだ。そして一口目を口にした。
「んんっ!」
薄い!! ずいぶん味付けが薄めである。仄かに醤油の香りがするかしないかというくらいである。だがそのおかげで何杯でも食べられそうな気がする。どちらかというと薄めが好きな俺にはこちらの方が合っていた。
「さて、それでは審査して下さいませ」
「どちらも非常に美味しかった。だが俺は後に食った方が良かったかな」
「父さんは最初の方だな。味付けがしっかりしていた。」
「私も始めの方が好きよ」
ということで水玉の方の親子丼が勝利した。これを作ったのはというと……
「やりましたわ!! まずは一勝目ですわ。ですが折角なら侯輔様の票も頂きたいところでしたのに……」
まさかの可憐さんだった。お嬢様でも料理できるということが証明されてしまった。もちろん美味しかったがそれより愛歌があんな味を作るとは意外だった。
「……もしかして愛歌、俺の健康を気遣ってくれたのか?」
最近俺に降りかかるストレス(主に可憐さん)に気付いていて、だから少しでも体に負担にならないようにしてくれたのかと推測した。
「そ、そんなわけ無いじゃない。ぼーっとしていたらミスしただけよ」
そう言うと長く綺麗な髪をくるくるさせた。どうやらこれはこいつの癖らしい。俺と話すときはよくこの仕草をする。
「そうか、でもお前の親子丼ものすごく美味しかったぞ。俺好みだったしな」
正直な感想を言うとそっぽを向かれてしまった。やれやれ、もっと仲良くしたいんだけどな。
そして勝負は二回戦に移って行った。




