第3章 オタクと同棲生活の始まり その8
何度も聞いたことのある声、だが今回のように敵意丸出しの声を聞く機会というのは中々無いので一瞬誰が俺に話しかけたのか分からなかった。が、振り返るとやはりそこには愛歌が立っていた。
「あ、愛歌……帰ってきていたのか、お、お帰り」
どもりながら会話をするもただいまの返事は無い。眉一つ動かさずに仁王立ちを続けている。
「あなたが侯輔様の妹様の愛歌様でいらっしゃいますのですね。お会いしたかったですわ、私侯輔様の恋人の花見崎可憐と申します。本日からこの家に居候させていただくことになりました、以後よろしくお願いします」
不機嫌そうな愛歌の様子などお構い無しにニコニコと自己紹介を続ける可憐さん。この辺りのコミュ力はすごいと思う。
「何言ってんの? ちょっと兄貴、追い出しといてって今日言ったはずよね。なんでいるわけ?」
「それが……言い出すタイミングが無くて結局ここまで来てしまったんだ」
正直に伝えると呆れた顔をされ、そして大きなため息も吐かれた。
「はあ……、もういいわ。とにかくあなた、ここに住むのは無理だから諦めて帰りなさい」
「そんな! 折角必要な荷物一式持ってきたですのに」
さっきから触れていなかったが可憐さんが手に持っている荷物には一体何が入っているんだ? 野球部の俺の荷物の三倍はあろう量を軽々と片手で持ちながらここまで歩いて来ていた。相変わらずすごい力だ。
「私はあなたみたいにガンガン来る強引な人嫌いよ」
「おい! 言いすぎだぞ愛歌! すまない、可憐さん」
愛歌のその言葉を聞くと可憐さんは俯いてしまった。やっぱりお嬢様だからこういう悪口とかには慣れていないのかも知れない。それにしても初対面でズバズバ言ってしまう辺り我が妹ながら恐ろしい。人見知りだからここまで言ってしまうとは思わなかった。
「何よ家の前で……あら、いらっしゃい可憐ちゃん。来てくれたのね、さあ家に入りなさいな」
「で、でもママ……」
「家に入るくらいいいじゃない。それに可憐ちゃんの体震えているじゃない、可哀想に」
「わ、分かったわよ……」
お袋の一言により可憐さんは家に入らせてもらえることになった。それにしてもあの可憐さんが打ち負かされるとは思わなかった。さっきのがかなり応えたのだろう。
「可憐さん、大丈夫か?」
「……妹様は侯輔様に似ていらっしゃいますね」
「え? ま、まあそっくりとはよく言われるな」
妹がボーイッシュというより俺がちょっと女顔だからよく間違われる。でもスタイルで見分けが付くって? 妹の胸は……まあアレだ。かなりコンプレックスを持っているらしく、時々通販でバストアップ器具が送られてくるのを見る。もちろん見て見ぬふりをしているが。もしかして可憐さんに強く当たったのもそれが一因かもしれない、可憐さんは豊満だし。
「それがどうかしたのか?」
「先程嫌いと言われたとき、一瞬侯輔様の顔が浮かんできてまるで侯輔様に罵倒されている感じがしてゾクゾクしてしまいました」
どうやら全く応えていなかったようだ。さっきの震えは悲しみではなく興奮によるものだった。やはり強い。
「ちょっと濡れ……いえ、入りましょうか侯輔様」
変な言葉が聞こえた気がするが気のせいだと信じて家に入っていった。




