第3章 オタクと同棲生活の始まり その7
華宿里さんが急にやって来たこと以外は特に何もなく無事に終わった。今日も草むしりとランニングを終えて帰ろうとすると校門を少し出たところで花見崎さんが待ち構えていた。伝統の二列下校は学校の校門を出るまでの話なので校門を出てからは自由に帰っていいことになっている。それを学習してくれたようでこの前みたいに校内で急に抱きつくようなことは無くてありがたかった。
「お待たせ、花見崎さん。待ってくれてありがとう」
「……いえ、別に今来たところですし」
……あれ? いつもと雰囲気が違うぞ。普段より不機嫌なような……それに今日校内で全然会話しなかった。そういう意味では何もなかったわけではなかった。
「さあ、帰りましょうか」
「え? ちょっと……」
スタスタとこちらも見ずに早足で歩いている。どこかいつもと違う……も、もしかして俺何か怒らせるようなことしたのかな? 聞いてみるか? いや直接聞くのはちょっとアレかな……
俺が悶々と考えていると信号が赤になり、ようやく彼女に追いついた。よし、やっぱり聞こう。俺だって少しは成長しているって所を見せてやりたい。
「なあ、花見崎さん。俺何か怒らせることした? もししたなら謝るし、何でも……とは言わないけれどできる限りのことはするから」
我ながらショボい台詞だが花見崎さんはこちらをゆっくりと振り返った。
「喋りました。あのメス猫と」
「はい? 何のことだ?」
全然思い当たる節が無い。今日一日で会話したのなんて勇人とクラスの男子二人と……
「あ、もしかして……」
「そうですわ! あの華宿里さんと仲睦まじくお話していたではありませんか! あなたの妻はこの私だと言うのによそのメスにデレデレしていたではありませんか!」
嘘だろ? あれは助けたんではなくて俺から引き離したってことなのか? それにあれがデレデレしていたように見えたんなら大分おかしいぞ。
「何度突き刺してやろうと思ったことでしょうか。なので侯輔様から言い出すまで黙っていたんですの」
なんかヤンデレに磨きがかかっている気がする。とにかくここは宥めておこう。
「そうか、すまなかったな。でも俺は決してデレデレなんかしていないから安心してくれ」
そんな余裕なんか無かったし。
「……そうですか。分かりました、一旦は信じましょう。ですがまだ気が治まりません」
「な、何をすればいい?」
するとイタズラっ子のように笑ってこちらに近づいてきた。
「私のことを下の名前の可憐ってこれからも呼び続けるならば許して差し上げます」
あ、これはハメられた。まんまと落とし穴に入ってしまった。気付いていてもどうせ避けられはしなかっただろうけどな。言わないと何も好転しないので覚悟を決めて呼ぶことにした。
「じゃあ、か、か、か……可憐、さん……」
「……うふふっ! はい、よく言えました。許しましょう、さて私たちの愛の巣に戻りましょう」
ものすごく恥ずかしい。女の子を下の名前で呼ぶなんて今までで経験したことなかったから顔から火が出そうだ。でも機嫌が直って良かった。ルンルンとスキップしながら帰っている。もうすぐ家が見えてくる……あ! 大事なこと言うの忘れていた。居候できない件についてだ。
「か、可憐さん!」
「はーい! 何でしょうかダーリン?」
やっぱりちょっと恥ずかしいがこれは言わないといけない。
「じ、実は……」
「……ふーん。その人が例の花見崎可憐ね」
俺の背後から冷たい声が流れた。




