第3章 オタクと同棲生活の始まり その2
「そこをなんとかお願いします。私、侯輔様のためなら何だってできます。奴隷になれと言われれば喜んでなります。ですからお願いします」
「俺にそんな趣味は無い。とにかく離してくれ」
掴んでいた腕を離して俺の脛にしがみつく彼女。これだけでもう俺の心は折れてしまいそうになったが今回ばかりはやっぱりダメだ。この場所は俺の最終防衛ライン、俺の唯一の安住の地である。この場所だけは譲れない、俺は梃子でも動かないぞと言おうとした瞬間だった。
「侯輔……? アンタ、こんな可愛い子に何させてるの?」
梃子がブッ壊れた音が聞こえた気がした。俺の背後からお袋の低い音が響く。
「折角可憐ちゃんがアンタと一緒に住みたいって言っているのよ。そんな軽いお願い一つ聞けないで将来この子と夫婦になれると思っているの? こんないい子を足蹴にするなんてそれでも男の子なの?」
まず三箇所訂正を要求したい。まず俺は足蹴になんてしていない、向こうからしがみついてきたんだ。それに夫婦になるつもりもないし、そもそもこれは軽いお願いじゃない。だが今のお袋には逆らえない。普段は温厚で滅多に怒ることの無い人だが、俺の恋愛の話になると人が変わったようになる。まあこの年になっても浮いた話の一つもない俺の身を案じてのことだろうけどな。
「私だって女の子なら誰でもいい訳じゃないのよ。健康で賢くて愛嬌があって気が利いて、おまけにアンタに一途な子らしいね。アンタを待っている間に詳しく聞いたわよ。全く、アンタなんかにはもったいないくらいできた子じゃないの、今すぐ娘にしたいくらいよ」
俺の中では一途とヤンデレは別個のものと認識しているんだが……それにしても完璧に外堀を埋められてしまった。落城寸前の大ピンチだが俺にはまだ最後の切り札が残っている。俺は大きく後ろを振り返ってあの有能執事に救いの目を向けた。あの人ならどうにかして花見崎さんをここに住まわせないようにしてくれるはずだ!
「…………」
おい、無能執事何やってんだ。俺が目配せするというよりも睨みつけるといった方が正しい表現で見ていても目を合わせようとしない。だがよくよく考えるとそもそもそんな考えがあったらとっくの昔に発言しているはずだ。お嬢様にものすごく振り回されたんだなと推察してしまい、島袋さんを責めることができなくなった。
「はあ……分かった。ここに住んでいいよ」
「本当ですか! やったですわーー!!」
足元から急に俺の正面に立ち上がった。そのまま俺にもたれかかって来ようとしたので何とか制止した。
「ただし!」
条件だけはしっかり付けておかねばならない。
「期限は高校卒業までだ。後学校の奴らに俺と暮らしていることを言いふらさないこと。あ、勇人はいいけどな。それとバレるような行動をとらないこと。これらの約束を守ることが条件だ」
「はい、約束します。それにしても……ふふっ、何だか二人だけの内緒って感じですごく興奮しますわね」
島袋さんとかお袋とかも聞いてるけどな。ついでに勇人も。
「あらー、これで話は付いたわね。改めてよろしくね、我が娘可憐ちゃん」
「はい、よろしくお願いしますお義母様!」
「いや、俺たち夫婦になるわけじゃ……」
「何か言った? 侯輔」
「何か仰りましたか? 侯輔様」
「いえ、何でもありません」
こうして見るとこの二人そっくりだな、色々と。あれ? ということはいずれ奥さんの尻に敷かれるパターンじゃないのか? 今すでにお袋に逆らえないし、花見崎さんに主導権握られてるし。
「あ、ああーー……」
ため息とともに俺の将来にぼんやりと靄がかかったような気がした。




