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押しかけ女房のお嬢様とオタクの俺は釣り合わない  作者: 海老の尻尾
第2章 オタクと練習試合
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第2章 オタクと練習試合 その9(第2章ラスト)

 打席に立つのは高校生になって初めてだ。昨日ブランクを埋めるために帰ってから数時間練習をして準備は万端である。今現在ランナーは二塁であり、9回表と同じような状況だ。ここで俺もホームランを出せば逆転サヨナラになる。


「あっと一人! あっと一人!」


 さっきまで言う側だったのに言われる側になってしまっている。俺は正面にいる旧知の仲の東山と向かい合い、バットを構えた。向こうも投球モーションを取り、二人と両チームに緊張が走った。

 そしてあいつの手からボールが放たれた。


 バッッッチィィーーンン!! シュゥゥゥゥーー……


 え、何だこのストレートは!? ボールが瞬間的にミットに吸い込まれていった。外野席まで届くくらいのキャッチ音に加えて煙も湧き上がっている。間違いなく向こう、そしてこっちのピッチャーよりも速球だ。


「ボール!」


 ボールだったけど。どうやらコントロールはまだまだのようで向こうの監督があっちゃー、と頭を抱えているのが見えた。

 このままいけば四球で進塁することはできるだろう。しかし今俺がその選択をすることは万に一つも無かった。俺はこいつとの勝負を楽しみたいのだから勝ち負けはどうでもいい、どんな球でも打ってやる。こんなこと言うとすごい責められそうだから言わないでおくけどな。

 そう決意して再びバットを構える。東山も右足を高く上げた後、左腕を鞭のようにしならせて二球目を投げた。さっきよりも速く感じたが今度はバットを振った。しかしバットの振り切ったブンッという音が聞こえる前にミット音が鳴り響いた。まるでキャッチしてから振っているようだった。ちなみに外角高めのクソみたいな球だったので手を出さなければ普通にボールだった。


「おい、何手出してんだ侯輔! ノーコンだからフォアボールで一塁行けよ!」


 勝利にこだわる勇人みたいな性格なら俺もそうしている。だがここでゲームセットにしたかったので俺はあえてそうしなかった、早く帰りたかったし。

 三球目が飛んできた。今度はさっきよりも1秒早く振ってみた。


 チッ!

「ファール!」


 今度はかすった。よし、この調子なら何とか当てられそうだ、次は2秒早く振ってみよう。


 カキンッ!


 しまった! 背後に打ち上げてしまった。おい、キャッチャー取るな取るな……


「……ファール!」


 あ、危ない……フェンスの向こう側に行ってくれた。このままじゃやられてしまう……


「よし、もう下手なこと考えないでおこう」


 小細工してもあいつには通用しないことを悟った。“Mr.センター”は本物のオタクだ。自分の好きな作品に影響を受けてあそこまで登り詰められるとは思わなかった。俺自身オタクを自称するならば俺も野球漫画になぞらえよう。そう、考えるのではなく感じるのだ、スポコンものの定番だ。


「あと一球! あと一球!」


 観客からラストのコールが聞こえる。俺自身もラストにしたかったのでその音は雑音にはならなかった。俺は思い切って目をつぶり、感覚だけでボールの気配を読み取ろうとした。一流のオタクを名乗るならばこのくらいの芸当できて当然だ。現にあいつは痩せすぎだったのにオタクというだけであんなに成長できたんだ、あいつとこれからもオタク活動に勤しみたいから対等になりたい。そんな思いだった。


「……今だ!!」


 何かが見えてバットを振り切った。すると快音が響き、今までで一番の手ごたえを感じた。目を開けると俺が打ったボールが高く高く飛んでいる。打ち上げすぎたせいでレフトフライになるかホームランになるか際どいところだった。


「入れーー!!」

「入るなーー!!」


 ベンチから今日一番の大きな声に包まれながらその間にベースを踏んでいく。そしてホームベースにきて、とうとう目視できる高さまで降りてきた。結末はシンプルで、レフトの人がこれをキャッチできれば竜胆高校の勝ち、エラーすれば俺たち八重葎高校の勝ちだ。皆が静かに見守る。


 ポスッ


 今の音は地面に落ちた音ではなく、茶色い革の手のひらでくるまれた音だった。


「アウトーー! ゲームセット。勝者竜胆高校です!」

「いよっしゃーー!! お前らよーやったで! あの八重葎高校に勝てたやんか!」

「おっしゃーー、ナイスやで東山! さすが次期エース!」

「あ、ありがとうございます……」


 負けてしまった。だが少なくとも俺は悔しくない、全力の勝負ができたからだ。しかし他の先輩たちはそうは思っていないだろう。そう思い振り返った。


「後塚、よくやったな。あの速球に当てるなんてたいしたもんだ」

「負けて残念だが後悔することは無い試合だ」

「お疲れ。でも次は侯輔、お前じゃなくて俺が出るからな」


 先輩たちと勇人が励ましてくれた。スポーツ系漫画では負けるとギクシャクするものもあるが今回は爽やかな方で良かった。先輩たちは体育会系とは思えないほど優しかった。


「それでは整列して下さい」


 主審の合図で両校がグラウンドに集合した。皆俺より疲れているのに足取りが軽やかだ。


「ただいまの試合、4対3で竜胆高校の勝ちです」

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」


 爽やかな挨拶と共にお互い握手をした、俺はもちろん東山中悟とだ。


「今日はありがとうな」

「ああ、今度はもっとコントロールよくしてくるよ」

「次会うのはフェスだな。また会えるの楽しみにしているよ」

「それまでに作品完成させないとな……」


 俺たちは束の間の会話を楽しんだ。


「それでは皆さんお疲れ様で……あれ? 監督さんたち何しているんですか?」

「こ、ん、ど、は負けないからなーー」

「つ、ぎ、も、コテンパンにしたるさかい楽しみにしときやー」


 全然爽やかじゃないおっさんたちが手を握りながら、というより握りつぶしながら威嚇しあっている。全く、いい年して何やってんだか。

 こうして高校初めての練習試合は俺たちの負けで終わった。しかしこれで得たものも多かった。

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