第2章 オタクと練習試合 その5
練習が終わり、俺は憂鬱な気分で部室に向かった。なぜ憂鬱かと言うと、他の部員から色々言われるからと予想していたからである。
俺たち1年生の中でただ二人だけが試合に出ることになったので、昔から一所懸命に頑張ってきた他の部員たちにとってみれば目障りだろう。さらに控えの2・3年生からも何かしら言われるのは目に見えている。あのときのようにいじめとか起きないか不安だ。
「……よし、まあいいや。いじめとかに遭ったならすぐ辞めればいいし。勇人一人で頑張ってもらおう」
そう独り言を呟いて勢い良くガチャッと扉を開けた。
「ウワァ!!」
野球部の部室は3つあり、各学年で分かれている。中々大規模なので一部屋に50人は入るのだがその中の合計約100個の目玉が一斉にこちらを見ていたらそりゃびびるよ。
皆が俺に詰め寄ってくる。ああ、リンチか……強豪校にはそういうの多いって言うしな。高校でも味わうことになるとはな……
「後塚、お前すげえな! 代打に選ばれたんだってな。流石元全国制覇者だな」
「前野台と一緒に頑張れよ。お前たちならできるさ!」
予想に反してものすごい激励が飛んできた。皆が皆純粋に俺たちを褒めてくれているのだが逆にそれがものすごい違和感があった。
「どうしてそんなに手放しで喜べるんだ? 皆俺たちが妬ましくないのか?」
当の本人が言うのもおかしいが切り出した。スポーツ漫画ならばここで多少ギスギスしたりするものだ。そして結果が振るわずにさらに険悪になってシリアスムードに入るのが鉄板なのに。
するとある一人が言い出した。
「確かに出られないのは正直悔しい所はある。だがお前たちは雑用と呼ばれる作業を真面目にこなしていた。誰よりも速く丁寧にする姿勢は皆見ていた。そんなお前たちだからこそ皆納得できるんだ」
そう言ったのは槍柱歩(やりはしらあゆむ)だった。スポーツ推薦で入学し、野球部期待の新人と言われている人物だ。身長も2メートルくらいで走攻守全てが完璧な人。そんな人から言われたらただ純粋に嬉しい。
「ただ今度の地区予選では俺もレギュラー入りしてやるからな。待っていろよ」
やる気の無い俺とは対照的に槍柱は燃えながら帰っていった。
「じゃあ俺たちも帰るか。二人とも明日の試合頑張れよ」
槍柱を除き、1年生49人が一斉に下校した。もちろん迷惑にならないようにきっちりと並んで帰る。これが八重葎高校伝統の『二列下校』である。一応この学校の名物になっているらしい。
とりあえず漫画とは違い、皆恨んだりしていなくて安心した。俺の平穏は守られた、この瞬間までは。
「侯輔様~! 部活動お疲れ様ですわ。ああ~、侯輔様の汗の匂いたまりませんわ。それはそうと明日練習試合に出られるそうですね。私も全力で応援させて頂きますわ」
俺の平穏は守られなかった。花見崎さんが俺の背後から抱きつき、汗を貪っている。どうして飢えたライオンたちを挑発してしまうのかな。さっきまでの皆の優しい目が一変して憎悪で溢れてるよ。
「後塚? これはどういうことだ? 学校一の美少女の可憐さんと何親しくしてんだコラァ」
「明日の試合出られないようにしてやろうか、ああ?」
「テメェこの野郎、ミンチにしてやる」
せめて『ミンチ完了』と言って……じゃなくて! まずい、このままじゃ本当に明日試合に出られなくなってしまう。それ自体は別にいいのだがボコボコにはなりたくない。ということで八重葎高校の伝統には悪いが俺は列から抜け出して猛ダッシュで帰った。
「待ちやがれクソ野郎がー!」
何とか逃げ切った俺はその日の晩に勇人からメールをもらった。野球部のメンバーにも俺と花見崎さんとの関係について話しておいたとのことだった。マジで助かった、今度はプリンをプレゼントしよう。