図書館に行った話
今日は、珍しく図書館に出向いたんですよ。怠けものなのに? ええ、現実はアニメとは違うので。
とはいえ、とんでもなく腰の重い僕が即日で行動したのは、このエッセイもどきのネタにしてやる魂胆が第一にあったことを付け加えておきましょう。
さて、今回の目的は「文体観測」です。
こう言っては何ですが、僕は国語力だけは人並み以上なのです。と言う割には、ほとんど本を読まない生活をしてきたんですよね。まぁ『涼宮ハルヒ』シリーズにハマった頃に「長門有希の100冊」を中心にいくらか読んだりはしましたけど。
先日、小説らしきものを書いてみたものの、念頭にあったのは つい最近読んだ なろう作品だけだったので、世に出ている小説は どのような文体、体裁で書かれているものなのか気になったのです。
夏目漱石、京極夏彦、竹本健治、西尾維新、村上春樹、その他 目についた単行本、児童書、ライトノベルまで適当に目を通してみてわかったのは、基本的に易しい言葉で書かれているってことです。
当然と言えば当然ですね。
いや、もっと詩的な言い回しやギリギリ理解できるレベルの難しい言い回しで溢れているのかと思ったんですよ。でも、そんなことはなくて、ほとんど日常で使われるような語句で書かれている印象でした。
そして、やたらめったら教養を求められたりはしない。
これも正直、歴史的有名人とか古典文学なんかの知識がないと理解できない小粋な言い回しこそ小説っぽさなんじゃないかと思ったんですけどね。そうでもなかったです。
どちらかというと、作品ごとにテーマを絞って、その関連情報だけ深く掘り下げて紹介される感じでしょうか。端的に言えば筆者の得意ジャンルの話を上手く取り込んでいるという形で、よくわからない話が出てきても嬉々として解説してくれる。
もう一つ気になっていたのが、段落の取り方。改行字下げの扱いですね。
実際に見てみると、段落を比較的大きく取っていたのは夏目漱石くらいのもので、現代の作家は一様に気安く改行していました。具体的にどこで改行するかは それこそセンスなんでしょうけど、基本的には文脈として最低限の ひとまとまりごとに改行するってことみたいですね。
気楽に考えればいいし、一方で結論の出ない問題でもあるんでしょう。
正直なところ、なろう作品の ある種のレベルの低さを確認しに行ったんですけど、そうでもなかったという。
それこそピンキリですから、明らかに稚拙な文章も見受けられますけど、書籍化するくらいの実績のある作品なら、なろうだから特別レベルが低いってことは無さそうです。内容の面白さは別問題ですけど……
いや、何様だ。
あまり凝った文面ではないのは一般の小説でも同じでしたし、僕の目から見て「変な言い回し」が出てくるのも同じ、テーマの安直さも ある人が妖怪知識を活かすのに対してゲームやマンガの知識を活かしているという差でしかないのかな、と思いました。
好みで言えば、一番心地よかったのは やはりというか西尾維新さんですね。
極めて軽妙で引っかかりがない。これしかないという絶妙な言葉選びも見事という他ないです。
で、速筆なんでしょう、この人……マジ卍。
僕の書く文章は、割りかし読みやすいけど堅くてつまんない!