プロローグ
「みんなありがとー」
うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ
歓声がドームの天井を突き破らんばかりに響き渡っていた。
壇上には煌びやかな衣装に身を包んだアイドルが登場していた。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ」
俺の歓声が我が家の天井を突き破らんばかりに響き渡っていた。
バンッ
「うるさい!」
この一瞬はライブ会場と化した俺の部屋に妹が乱入してきた。
「うるさい!お前のせいでカノンちゃんの声が聞こえんだろう!」
カノンちゃんのコメントを聞き逃したらどうしてくれるんだ!
「何で逆ギレしてるの!近所迷惑なんだけど!」
「ご近所さんも今はライブ見てるから問題ない!」
「そんな訳ないでしょ!」
「安心しろ!先ほど俺がこの一帯のテレビにはどのチャンネルをつけてもライブしか流れないような電波障害を起こさせている」
ふっふっふっ
これでこの町のすべての人がカノンちゃんの可愛さに心を奪われるだろう。
「おにぃ、ニヤニヤ気持ち悪い顔しながらなんて事してるの⁈それ犯罪だよ!」
「あぁカノンちゃんの可愛さは、そうまさに犯罪!その可愛さは見るもの全てを惑わし、天使のような歌声は聞くもの全ての心を奪う!」
光悦とした表情を浮かべながらカノンちゃんの魅力を語っているとさっきまで怒っていたはずの妹が素で引いていた。
「キモ………はっ!そんなことよりも!」
妹は何かを思い出すかのようにリビングに降り、そして帰ってきた。
「おにぃ!ホントにライブしか見れなくなってるんだけど⁈」
「当然だろカノンちゃんの魅力を皆に伝えるためにライブが終わるまではジャミングは解かないからな!」
胸を張ってそう答えさせてもらった。
この想いは誰にも止められない!
ライブ会場では歓声が鳴り止まず、テレビから大音量が流れていた。
「今すぐ「うぉぉぉぉぉぉ!」………」
キタキタキター!
スターズのメンバーの中で俺が一番推しているカノンちゃんのアップが映り興奮のあまり、声が出てしまっていた。
『みんな今日は来てくれてありがとー!最初からガンガン飛ばしていくよー!みんなドキドキしてるかーーー!』
これは「ドキドキスクールライフ」の掛け声ではないか!
「おにぃ、今すぐ犯罪行為をやめないと」
「犯罪ではない!これは正義だ!俺は何を言われようが辞めるつもりはない!」
「…そう、じゃあこれがどうなってもいいの?」
「正義は決して屈指はしない!」
テレビからは目を離すことなく、妹に背を向けながら告げた。
全く、オレのカノンちゃんへの愛も舐められたもんだぜ。何を持って来たかは知らないが、みんなにカノンちゃんの魅力を知ってほしいというオレの思いを止められると思われてるとは
「…分かった。ならホントに捨てるからね」
「舐めるなよ。漢に二言はない」
「あとで泣いても知らないから」
俺が物を捨てられた程度で泣くような幼稚な奴だと思われてたとは、我が妹ながらなんて見る目のない子に育ってしまったんだろうか。
「一応30秒だけ待ってあげる」
俺の妹は一体いつからジブリの天空の王様の様な事を言う様になってしまったのだろうか。
このライブが終わったら兄としてしっかりと中二病の卒業の仕方について教えてあげなければいけないな。
そう思ってるとテレビがCMに入ったので振り向くと妹の手には一枚の色紙が握られていた。
「…ちゃうねん」
「…何が?」
妹が持っていたのは俺命より大事な物トップ5に入るカノンちゃんの直筆サインだった。
「…捨てるよ」
すでに俺はムーンサルト土下座を決めていた。
「調子乗って申し訳ございませんで致しました!金輪際まり様には逆らいません!何卒、何卒許して下さい。靴の裏でも脇の下でも舐めさせて頂きます!」
「……今すぐ止めて」
まり様は時計をちらりと見ると、
「5、4、3…」
この時のカウントダウンを聞いた瞬間の俺のクラウチングスタートならぬ土下座スタートは世界を取れたと思う。