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第六章 ③

「力が近しい者と戦う以上、危険を伴うことは避けられん。恐れて躊躇う臆病者か、逸って退かん愚か者か。聡い者はその度合いを見極めて踏み出すものよ。お主は愚か者か、それとも聡い者か?」


「自分で確かめな」


精悍な顔つき。心は凪いで。構えた《焔》が鈍く輝く。


刹那。


飛び出した身体は弾丸の如く。右、左、右。薙いで、切り上げ、振り下ろす。それらの動きは炎の見せた陽炎のごとき幻影。


早すぎた反応速度。幻影への対応に動き始めていた体は、気づいたところで言うことを聞かない。


死角に入ったルーミックはそのまま背後に回り込んで一閃。


ヒュン、と刃が捉えたの《覇者の鉄鎚》の柄の部分。


「ぬうっ……!」


紙を裂くように容易く受け止めた箇所が切断されて、短辺となった柄の下部を投げ捨てるヴァリー。一息つくのはまだ早い。ルーミックの動作は小さく、ステップは小刻みに。間合いの近さ故にハンマーを振ることは出来ず。まとわりついて繰り出される斬撃の嵐は躱すので精一杯。


初動を見逃さないために意識は相手へ注がれて……だからだろうか。


「ぬ!?」


忙しなさに翻弄されて足がもつれてしまう。


――今だ!


「火牙炎哮!!」


一筋の紅き斬撃が、訓練室を覆い尽くす!


――……。


飛散した火の粉が舞い落ちる。


一番の手ごたえを確信するルーミック。グッと握りしめた拳に、それでも。


「ふむ。今のは危うかったぞ」


喜びは束の間。火中から聞こえてくる声がある。


「どうして……」


ところどころ制服は焼け落ち、破れ化箇所から覗く肌にはヤケドの痕。あの攻撃を受けて、この程度のダメージ――?


「なんということはない。咄嗟にワシも攻撃を放ってお主の技にぶつけたまでよ。まぁ相殺とまではいかんかったがの。大した威力じゃ」


褒められたところで、だ。


「今度はこちらから行かせてもらうぞ」


部屋での面影はどこへやら。《覇者の鉄鎚》を構える表情は厳しく、空気は張り詰めて息苦しささえ覚えるほどに。


「っ……」


微かに震える指先をごまかすかの如く振るった剣は空を切る。


「ルーミックよ」


「……」


言葉が重い。感じる重圧は下手をすると生涯随一。


返事に期待はなく、だから、ヴァリーは一方的に告げるだけだ。


「次の一撃は躱せよ」


何様のつもりだと叫ぶ間もなく、警戒をすり抜けて、ルーミックは一瞬でその動きを見失った。


一切の小細工は不要。気づいた時には至近距離に。鎚頭が刹那の光を帯びる。


右足は前、左足は後ろ。振り上げ、振り下ろす。後ろから前へと力の伝導は淀みなく。その一撃を最大にせんと、重量と速度は威力へと姿を変えて。


「『グラン・モルグ』!」


轟音が木霊した。風圧にどうにか耐えたルーミックは舞い上がる煙の中に。


「マジかよ……」


戦慄。受け止めようとしていたら死んでいた。さっきまで自分が立っていた場所には隕石でも落ちたかのような巨大なクレーターが生まれている。


それも、避けようとして避けたわけではない。知らず知らずの内に、身体が動いていた。受けてはいけないと全身が警報を発したのだ。あの時芽生えたのは純粋な恐怖心。


「鎚頭に魔力を溜め、凝縮。インパクトの瞬間にそれを炸裂させることで強大な一撃を創り出す、これがワシの≪覇者の鉄鎚≫の能力じゃ」


ただそれだけ。余計な付加効果など存在しない。ただただ純粋な、『力』。


勝負はあった。二人は自分の魔装を消す。


「シングルになりたければあと二年待つことじゃ。二年と三年が抜ければお主なら十分に狙える範囲であろう」


「……そんなおこぼれでもらったような称号……」


「なら、強くなるしかあるまい」


膝をついたままのルーミックと、立って腕を組んでいるヴァリー。高さの差はそのまま力の差だ。


「『正騎士』と、同じ称号を掲げていても実力はピンキリ。フォーリティナの教員はかなりの練達だ。ワシらシングルと呼ばれている者なら並みの正騎士となら五分でやりあえるが、そこには及ばん。……ただ一人を除いてはの」


ふっと、ヴァリーが息を吐きだす。


「現在の一位はフォーリティナの歴史の中で最も強いとされておる。アヤツを倒して一位になるということは、すなわち、この学園の歴史の頂点に君臨するということじゃ」


その重みを、今のルーミックは知ってしまった。学年二位のエイリスと組んでも手も足も出なかったセフィア。そんな彼女と同等の力を持った学生がいる。


大人だから、を言い訳に出来ない壁の存在を知ってしまって。


これが五位。これで五位。


――なるほど、確かに。


ようやく、ルーミックはエイリスの心境を理解した。


「これは遠いな……」

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